理化学研究所(理研)と富士通が共同開発し、2021年3月より共用を開始したスーパーコンピュータ「富岳」は、世界のスーパーコンピュータの性能ランキングである第58回「TOP500」リストで、4期連続の世界第1位を獲得したと発表した。

また産業利用などの実際のアプリケーションでよく用いられる共役勾配法の処理速度の国際的なランキング「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」および人工知能(AI)の深層学習で主に用いられる単精度や半精度演算処理に関する性能ベンチマーク「HPL-AI」でそれぞれ4期連続の世界第1位を獲得。

これらのランキングは、現在米国ミズーリ州セントルイスのアメリカズ・センターおよびオンラインで開催中のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)に関する国際会議「SC21」において、11月15日付(日本時間11月16日)に発表されるという。

これら3部門における4期連続の第1位獲得は、「富岳」の総合的な性能の高さを示すものであるとのことだ。

また、新たな価値を生み出す超スマート社会の実現を目指すSociety 5.0において、シミュレーションによる社会的課題の解決やAI開発およびデータの利活用に関する技術開発を加速するための情報基盤技術の役割を「富岳」が十分に発揮できることを実証するものであるとしている。

1. 「富岳」測定結果

(1)TOP500

今回、「TOP500」リストに登録した「富岳」のシステムは、432筐体(158,976ノード)の構成で、ランキングの指標となるLINPACK性能は442.01PFLOPS(ペタフロップス)、実行効率は82.3%。

なお、2021年11月時点の「TOP500」リストのランキング世界第2位は米国の「Summit」で、測定結果は148.6PFLOPSとのこと。

すなわち、今回「富岳」は第2位と約3倍の性能差をつけたことになるという。

<関連リンク>
TOP500ランキング:https://www.top500.org/lists/top500/
TOP500:https://www.top500.org/

(2)HPCG

「HPCG」の測定には「富岳」の432筐体(158,976ノード)を用いて、16.00PFLOPS(ペタフロップス)という高いベンチマークのスコアを達成し、今回「富岳」は4期連続の世界第1位を獲得。

この結果は、「富岳」が産業利用などにおいて実際のアプリケーションを効率よく処理し、高い性能を発揮することを証明しているという。

なお、2021年11月時点の「HPCG」のランキング第2位は米国の「Summit」で、測定結果は2.93PFLOPS。すなわち、今回「富岳」は第2位と約5.5倍の性能差をつけたとのことだ。

<関連リンク>
HPCGランキング:https://www.top500.org/lists/hpcg/
HPCG:https://www.hpcg-benchmark.org/

(3)HPL-AI

「HPL-AI」は、倍精度演算器の能力を測定する「TOP500」や「HPCG」などと異なり、AIの計算などで活用されている単精度や半精度演算器などの能力も加味した計算性能を評価する指標として、2019年11月に制定されたベンチマーク。

この測定では、「富岳」の432筐体(158,976ノード)を用いて、2.004EFLOPS(エクサフロップス)の高スコアを記録し、4期連続で世界第1位を獲得。

これは「富岳」の高い性能を証明するとともに、「富岳」がAIの計算やビッグデータ解析の研究基盤としてSociety 5.0の推進に大いに貢献し得ることを示している。

なお、2021年11月時点の「HPL-AI」のランキング第2位は米国の「Summit」で、測定結果は1.41EFLOPS。すなわち、今回「富岳」は約1.4倍の性能差をつけたことになる。

<関連リンク>
HPL-AI:https://icl.bitbucket.io/hpl-ai/

2.スーパーコンピュータのランキングについて

(1)TOP500
「TOP500」リストは、LINPACKの実行性能を指標として世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までを定期的にランク付けし、評価するプロジェクト。1993年に発足し、スーパーコンピュータのランキングを年2回(6月、11月)発表している。

LINPACKは、米国のテネシー大学のジャック・ドンガラ博士によって開発された行列計算による連立一次方程式の解法プログラムであり、「TOP500」リストはこのプログラムを処理する際の実行性能を指標としたランキング。

多くの科学技術計算や産業アプリケーションで使用される倍精度浮動小数点数の演算能力を測ることで、コンピュータの計算速度ランキングを決定する。

なお、同ベンチマークで高いスコアを出すためには、大規模ベンチマークを長時間測定する必要があり、そのため、LINPACKによる高いスコアは、計算能力と信頼性を総合的に示していると一般的に言われているとのことだ。

(2)HPCG

「TOP500」は、密な係数行列から構成される連立一次方程式を解く重要な性能指標であり、演算能力を主に評価するベンチマークとして長年親しまれてきたという。

しかし、プロジェクトが発足した1993年から20年以上が経過し、近年、実際のアプリケーションで求められる性能要件との乖離やベンチマークテストにかかる時間の長時間化が指摘されている。

そこで、ジャック・ドンガラ博士らにより、産業利用などの実際のアプリケーションでよく使用され、疎な係数行列で構成される連立一次方程式を解く計算手法である共役勾配法を用いた新たなベンチマーク・プログラム「HPCG」が提案された。

2014年6月の「ISC14」で世界の主要なスーパーコンピュータ15システムでの測定結果の発表を経て、同年11月に米国ニューオーリンズで開催されたHPCに関する国際会議「SC14」から正式なランキングとして発表されているとのことだ。

(3)HPL-AI

「TOP500」と「HPCG」では、連立一次方程式を解く計算性能でランク付けしており、いずれも科学技術計算や産業利用の中で多く用いられてきた倍精度演算(10進で16桁の浮動小数点数)のみで計算することがルールに定められていたという。

そのため、近年、GPUや人工知能向けの専用チップで低精度演算(10進で5桁、もしくは10桁)の演算器を搭載し、高性能化した計算機が多数現れている。

これらの高性能演算能力が「TOP500」に反映されない実情があり、ジャック・ドンガラ博士を中心にLINPACKベンチマークを改良し低精度演算で解くことを認めた新しいベンチマーク「HPL-AI」が2019年11月に提唱。

「HPL-AI」はLINPACKが連立一次方程式を、LU分解を用いて解く際に、低精度計算で実施することを認めているが、倍精度計算よりも計算精度が劣ってしまうため、引き続き反復改良と呼ばれる技術で倍精度計算と同等の精度にすることを求めているとのことだ。

つまり、2段階の計算過程で構成されたベンチマークであるという。

HPL-AI用のベンチマークのプログラムは、ランキングの規則に従って理研計算科学研究センター(R-CCS)が開発したものであり、オープンソース化し公開している(https://www.r-ccs.riken.jp/labs/lpnctrt/projects/hpl-ai/index.html)。

<関連リンク>
理研 計算科学研究センター(R-CCS):https://www.r-ccs.riken.jp/jp/