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「教員の時間外労働に残業代が支払われないのは違法」だとして、埼玉県の公立小学校教員の男性(62)が県に未払い賃金を求めた訴訟の判決で、さいたま地裁(石垣陽介裁判長)は、10月1日、「教員の働き方や給与体系」について異例の指摘をしたという。
男性の請求自体は棄却されたが、判決の「まとめ」において、「(現在の給特法という法律は)もはや教育現場の実情に適合していないのではないか」と発言したのだ。
給特法とは、残業代を支払わない代わりに月給4%分を一律で支給するもの。続いて裁判官は、教員の勤務時間管理システムの整備や、給与体系の見直しを求めたという。
一方、諸外国ではどうかというと、教育システムがうまく機能しているといわれる国の一つであるフィンランドでは、教員が人気職であり、OECDの調査によれば給与水準も高かった。
本記事では、OECDが実施した調査「TALIS – The OECD Teaching and Learning International Survey 2018」、およびフィンランド国立教育研究所のレポートから、日本とフィンランドの「教員の待遇」や「働き方」を比較して紹介したい。
フィンランドでは、教員は尊敬される人気の職業
OECDの調査によれば、教職の社会的な評価は多くの国で高くないようだ。
上記グラフは教職に対する社会の評価についての見解を示したもの。「教職が社会的に評価されているか」という質問において、「そう思う」、または「強くそう思う」と答えた中学校・高校の教員の割合を表している。
平均値が30%弱のところ、フィンランドは約60%と2倍の数値に。対して日本は約35%と、平均は上回っているが高いとはいえない。
フィンランド国立教育研究所のレポートによれば、教員は国内で人気の職業であり、教員になった後に職業を変えるのはめずらしいとのこと。教職の最大の特徴は自律的な性質であり、非常にやりがいがある職業だと考えられているそうだ。
一方、EU諸国全体で見ると教員の人気は低下してきており、その背景には教員の労働条件に課題があること、賃金の低下、社会の教員へのイメージの低下などが挙げられている。そんな中、フィンランドにおいては教員の高齢化など課題はあるものの、長年にわたり教員は尊敬される人気の職業のようだ。
同国では、ほとんどのレベルの教員に修士(大学院に2年以上在学し、所定の課程を踏んで試験に合格した者に与えられる学位)の取得が求められる。そのほかに教育学トレーニングの受講も必要で、修士課程にトレーニングを含め、学部の勉強と同時進行で受講するスタイルが一般的だ。
給与水準が高く、労働時間が短い特徴も
調査やレポートは、フィンランドの教員の給与水準の高さと労働時間の短さも示している。上記グラフは、中等教育の教員の収入と高等教育を終了した労働者の収入を比較したものだ。
同調査からは、教員が同程度の資格を持つ他の専門家と同等、またはそれ以上の報酬を得ている国はごくわずかだと分かる。フィンランドでは、教師と高等教育を終了した労働者の収入がほぼ変わらなかった。
一方、総務省『令和2年地方公務員給与の実態』によれば、日本の小・中学校の教員の月額平均給与(諸手当を含む平均給料)は40万9003円で、40代前半の平均給与と比較してさほど変わらないようだ。
ただし、日本の教員は部活動や事務作業などを含めた仕事量の多さが指摘されており、仕事量と収入を照らし合わせると、収入が見合わない可能性が高い。
上のグラフのとおり、教員の週間労働時間の調査では、調査に参加した国々の中でフィンランドがもっとも短かった。
平均値の週38時間に対し、フィンランドの平均週労働時間は32時間。同国では、教員に限らず全体的に労働時間が短い傾向があり、ワーク・ライフバランスの良さは世界的にも評価されている。
同レポートによれば、フィンランドの教員は、管理業務、同僚とのコミュニケーション、生徒のカウンセリングに費やす時間が少なかったという。
これは北欧諸国に共通しており、教員が課外活動(放課後のスポーツや文化活動など)に費やす時間は、週に最大1時間と報告されている。一方、日本では約8時間だった。北欧諸国と比較すると、日本の教員の仕事量がいかに多いかが一目瞭然だ。
フィンランドでは、ICT教育の導入・浸透も比較的早い傾向があり、OECDの調査では、2013年時点で18%、2018年時点で51%の教員が教育にICTを利用していると答えていた。パンデミックの影響で、現在はさらに浸透が進んでいるはずだ。
ICTツールの有効的な活用は、事務作業や情報共有などに費やす時間の削減につながっていると考えられる。
裁量が広く、教材や評価方針の選択も教員次第
フィンランドの教員は、「自立した専門家」と位置づけられており、仕事における裁量が広い特徴もある。
同国には日本の学習指導要領に相当する「ナショナルコアカリキュラム」があり、冊子の厚みは日本の学習指導要領よりもかなり薄いという。このカリキュラムを踏まえて、各自治体が独自のカリキュラムを決定するのが一般的だ。
ただ、自治体のカリキュラムをもとに、各学校で特別なカリキュラムを組むケースもあるそうだ。
上記のグラフは、「学校の方針やカリキュラム、指導に関する大部分の業務について、教員が重要な責任を負っている」と回答した中学校・高校の校長の割合。フィンランドは約55%、一方、日本は10%ほどと極端に低い。
この割合は、以下の6つのうち、少なくとも4つについて教員が重要な責任を負っていると回答した校長の有無に基づいて算出されている。
その6つは、「生徒の規律方針と手続きの確立」「生徒の入学承認」「生徒の評価方針の確立」「使用する教材の選択」「提供するコースの決定」「コース内容の決定」だ。
フィンランドは、イタリア(約90%)やエストニア(約80%)には及ばないものの、OECDの平均値と比較すると高い数値をマーク。フィンランド国立教育研究所も、「フィンランドの教員は裁量が広く、仕事における柔軟性が高い」と語っている。
しかし、教師の57%が「転職を検討している」との最新調査も
フィンランドの教員は仕事に対する満足度が高く、他の分野の専門家よりも転職回数が少ないとフィンランド国立教育研究所は話している。
しかし、2021年9月に発表されたOAJ(フィンランドの教育の労働組合)の調査によれば、2,619人の回答者のうち、57%が「過去1年間に転職について熟考した」と回答したそうだ。
「転職を検討する理由」としては、83%が「仕事のわずらわしさ」、67%が「仕事量の増加」、50%が「賃金水準」をあげた。
2021年6月に実施された同様の調査では、「転職を考えた」と回答した人は、3分の1ほどだったが、約3カ月の間に事態が急変している様子がうかがえる。OAJの会長であるOlli Luukkainen氏は、次のように調査結果を分析している。
「現場の教員やその上司は、パンデミックによる非常事態の間も学校、幼稚園、教育機関をオープンし続けていた。すでに膨大な仕事量に追われていた教員たちは、秋になって新型コロナの状況下で生じた学習や福利厚生の欠陥に追いつくために、どれほどの追加作業が必要かを目の当たりにした。彼らのリソースは尽きてしまい、仕事をマネジメントできるという感覚が薄れてしまった。このような理由から、多くの教員が自分はもうこれ以上やっていけないのではないか、あるいは、この仕事を続けたくないと考えているようだ」
教育システムがうまく機能しているといわれているフィンランドでさえも、仕事量、賃金、変化への対応に教員たちが強い不満を持ち始めている。
この事態を踏まえると、そもそも仕事量が多く、給与水準が仕事量に比例していない日本の教員は、さらなるストレスを抱えているかもしれない。冒頭で紹介した裁判官の指摘通り、今すぐにでも「教員の働き方改革」に着手しなければならないはずだ。
文:小林香織
編集:岡徳之(Livit)