日本では国内市場の飽和状態を背景に、多くの企業が新たな販路を求めて海外市場進出に乗り出している。

一方、中国では早期にコロナ禍の経済停滞から脱却したとされており、その中で注目されているのがEC(電子商取引)だ。かねてより中国は世界でも類を見ない速度でアリババや京東(ジンドン)をはじめとした巨大プラットフォームが誕生しEC市場が定着しているが、ECはリアルの購買と比較するとコロナ禍の影響も限定的で、逆に消費者のオンライン購買習慣を育てることにつながっている。

一方で、その熾烈な競争環境に日本企業が乗り出し、成功を収めることは容易なことではない。戦略なき中国進出はリスクも伴うため、信頼できる指南役が必要となるのだ。

多くの日本企業のサポートを行っているクンチ株式会社は、中国で1999年に創業し、トイレタリー、化粧品を中心とする国際ブランドの代理販売業務を行うクンチグループの日本法人だ。

クンチグループは、中国アリババ集団や京東集団などのオンラインプラットフォーム、中国で約4,000店舗を展開するドラッグストア「ワトソンズ」などのオフライン店舗、TikTok(抖音)やRED(小紅書)などニューリテールや情報発信チャネルなどのあらゆるチャネルで、日本製品をはじめとする国際ブランドの認知向上と販売促進を支援している。

支援するブランドの数は200以上、オフライン店舗は8,000以上に上り、その運営やコンサルティングなども含め、1,500名以上の社員で幅広いサービスを提供。

そのグループ会社であるクンチ株式会社は、日本ブランドの歴史や文化を深く理解し、よりブランドに寄り添える体制を作ることで、真の意味での「戦略的パートナーシップ」の構築を目的とし2016年11月に設立された。

活気づく中国EC市場では、今何が起こっていて、何が勝敗を分けるのだろうか。クンチ株式会社代表取締役の前田大介氏に話を聞く。

成熟を迎え消費動向が変化する、中国の巨大EC市場

クンチ株式会社代表取締役 前田 大介氏
前田 大介(まえだ だいすけ)
㈱資生堂に23年勤務、2度に渡り約10年の中国駐在、ロジスティクス及び経営管理を担当。2017年2月より現職

世界最大の市場へと成長する中国は、日本企業にとって不可欠な進出先と言われている。ただし、「最初の一歩を踏み出せない」「進出したものの成果を得られない」といった企業が多いことも事実だ。

そうした企業のために、日本と中国の“架け橋”の役割を果たしているのがクンチ株式会社だ。代表取締役の前田氏は、資生堂のサプライチェーン・経営管理担当として中国に10年の駐在経験を持つ、現地事情を知り尽くしたスペシャリスト。ここ数年の中国EC市場を振り返りながら、現在の動向を分析する。

前田氏「クンチグループがオンラインビジネスを始めたのが2011年。その時点でECビジネスは日本より中国の方が進んでいました。その後、アリババなどの巨大プラットフォームが牽引したEC市場は、2020年にEC小売額が12兆元(約200兆円)に達し、5年前の約3倍に。中国の小売総額に占めるEC小売額の割合も、5年前の10%強から30%近くまで高まっています。また、経済産業省の調査によると、日本から中国への越境EC購入額も2020年に2兆円に届くとされており、日本企業にとっては大きな魅力となっています。

日本製品は、古くから安全で高機能、高品質などの面が高く評価されていましたが、訪日客の増加や、そのクチコミの広がりとともに、化粧品やトイレタリー製品への人気も高まりました。もちろん越境ECだけでなく、一般貿易で中国に輸出した日本製品をオンライン販売する国内EC(訪客量は越境ECより圧倒的に多い)でも、日本のブランドの製品は引き続き堅調です。ただし、最近では中国国産ブランドの成長も著しく、日本製と書かれていれば何でも売れたのは、遠い過去の話になっています」

ブランドの大小にかかわらず、中国ではほとんどの消費者がSNSによって最初に商品を認知するという。

前田氏「中国の消費者はSNSを通じて最初にブランドに出会います。消費者の口コミやKOL(※)が発信する使用感などの体験や成分といった詳細な商品情報をもとに、製品を選別するようになっています。そうした情報発信者と売場であるプラットフォームとの連携なくして認知度向上、市場拡大はありえません。

ただ日本製だから、モノが良いからといったことだけでは、消費者にはまったく届かないんです。また、ライブコマースがEC売上の40 %を占めるという事例もあり、マーケティング手法はどんどん多様化しているので、次なる流行を継続的に観察する必要があるでしょう」

※SNS上でのキーオピニオンリーダー、日本で言うインフルエンサー、ライブ販売を行うライバーを含む

一方、プラットフォームの構造にも変化が現れているという。

前田氏「中国ではアリババやテンセントが独占的に巨大プラットフォームを展開していますが、2020年頃からはバイトダンス(TikTokの運営会社)、ピンドゥオドゥオなどの新興勢力が、ユーザー数において大手を凌駕する現象も見られるようになってきました。目まぐるしく変化する中国のトレンドは面白さでもあると同時に、リスクでもあるのです」

この激しい変化の背景にあるのは、日本以上に口コミを重要視するという購買習慣だ。中国の消費者は、知人・友人の紹介する商品に信頼を寄せる傾向にある。もともと口コミを重視するという習慣が、ここ10年のEC市場の拡大に寄与しているのだ。近年、知人・友人と同じく消費者目線のリアルな体験を発信するライブコマースが流行したのもそのためだと、前田氏は考察する。

中国では EC市場の成熟とともに、社会全体の消費傾向も変化しつつある。では、今後はどのような形で中国EC市場は盛り上がっていくのだろうか。

前田「これまで中国の消費者はブランド力を重視していました。しかし近年、市場の拡大によって消費者が多様化したことで、細かなニーズに応えられる商品が人気になってきています。今後はブランドストーリーや商品の独自性を重視する消費者が増えていくはずです」

日本企業の成功のカギは

こうした状況下で、日本企業はどのようにして中国市場に進出すればいいのだろうか。

前田氏は「中国のEC市場で成果を上げるには、まずブランドへの認知をしっかり高めることが大切だ」と語る。

前田氏「消費者は商品またはブランド指名買いです。見たことも聞いたこともないブランドでは、消費者には届きません。日本における自社ブランドの価値を、どう表現したら中国の消費者に受け入れてもらえるのかを考え、SNSで情報発信すると共に、KOLやプラットフォームの機能を利用して、表現、認知を高めていくことが求められます」

中国に現地法人などの拠点のない企業は、中国側のパートナーにブランドの情報発信や販売方法を委ねることで間違ったブランド認知が根付いてしまうことを危惧し、有望市場であることは分かっていても、つい中国市場への進出をためらってしまう日本企業も少なくない。そのため、日本クンチのような指南役が不可欠で、ブランド企業が「日本にいながら正確に中国をグリップ出来る体制」をとることが必要となる。

14億もの人口がいて、SNSでは様々な情報が飛び交い、新たなプラットフォームや新しいKOLがどんどん生まれる中国市場を自社単独で攻略するのは至難の業となるためだ。

前田氏「一方、消費者に目を向けると、各世代の中でもとくにオンライン消費を牽引しているのは“Z世代”(※)であり、彼らのニーズは前の世代より独自化・細分化されつつあるため、SNSからの情報発信に大きく影響を受けるんです」

※2021年に11歳から25歳を迎える世代。中国においては両親も一人っ子政策下の世代、2組の祖父母と両親の6ポケットを持つと言われる消費力の高い世代

ECのマーケティングにおいて、プラットフォーム主催のセール時に、KOLにSNS上での情報発信を依頼し、プラットフォーム上ではSEO対策を行う手法は王道とされている。これも、製品購入時にKOLの情報を重視する中国の消費者、とりわけZ世代の消費行動を意識した戦略だ。

前田氏「この戦略を使ってブランド認知や売上を拡大するためには、新しく勢いのあるプラットフォームやどんどん生まれてくる新しいKOLとの緊密な関係づくりも不可欠です。基本的にはお客様に最も近い現地・現場でマーケティング手法を作り上げるのがベストですが、現地に何もリソースのない日本企業が、一から作り上げ、発信することは簡単なことではありません。中国での最新のマーケティングの手法を熟知し、ブランドコンセプトを深く理解すると共に、日本的なリスク管理やガバナンスも理解できるパートナーと一緒に取り組むのが望ましいと言えます。

もうひとつ日本企業が中国市場で展開する際のハードルは、市場や消費者、法規制などの様々な面で中国のスピードについていけるかどうか、ということです。その変化のスピードについていけなければ商機を逃します。とりわけ日本企業はその変化に対応した判断には慎重で時間がかかります。とくに現地法人を持たず情報の少ない中では当然のことです。このため、日本クンチではブランドが出来るだけ早く決済できるよう、その背景や情報・データなどを詳しく説明し、ブランドが決断できる環境を整えるのも重要な業務と思っています。」

チャンスの広がる中国EC市場だが、現地のニーズを察知することは、進出において必要不可欠となるようだ。加えて、実際に進出する際は、細かな手続きを進めたり、プラットフォーム側からの要求に24時間対応したりするなど、プロセス面で手数のかかることも多い。こうした一連の業務をサポートしてくれるのが、クンチ社のような販売代理店だ。

クンチ社のビジネスのベースは、日本企業から商品を買い取り、中国に販売していくいわゆる卸売業だ。しかし実際に手がけている内容は、単純な販売代行にとどまらない。日本企業に対し、あらゆる面でのバックアップやコンサルティングを行っている。

クンチグループは受賞歴も多数

まず販売戦略では、ビッグデータを活用し、プラットフォームから口コミサイト、SNSまで、あらゆるタッチポイントを分析・予測しながら、いち早く立案。また、8万平米の倉庫をはじめとした独自の物流網を持っているため、安定性の高い商品供給も可能になる。

前田氏「クンチ社は“よろず相談所”と自称していますが、企業規模の大小、商品のカテゴリーにかかわらず、あらゆるプロセスをサポートできる体制を整えています。特にデジタルマーケティングでは、クンチグループ内のビッグデータ専門の会社『美琦客(メイチーカー)』の解析結果を活用しながら、現地の最先端トレンドと結びつけて行うことが強みです。加えて、100人以上のデザイナーも在籍しているので、視覚的に誘引効果の高い最適なクリエイティブを提案できます。

近年、KOLとの提携も強化しているという。クンチ社にはKOL管理専門の部門があり、トップKOLとのコネクションをつくる一方、一般人に近いライブ配信者とも連携することで、最適なKOLのポートフォリオで商品PRを行う体制も整備しているという。

日本企業が中国でデジタルマーケティングをしようとすると、「どうしても新規の顧客獲得ばかりに注力してしまいがち」と前田氏はいう。KOLで獲得できるのは新規のユーザーだが、それだけではリピーターを生むことは難しい。なぜなら動画の視聴者が信頼しているのは、ブランドではなくKOLだからだ。そのため、一過性のライブコマースにとどまらない、消費者との地道な関係づくりが必要になる。

前田氏「リピーターづくりの成功例として、当社がお手伝いをさせていただいた『龍角散』があります。ブランドの情報発信と密接に連携したECでの店舗プロモーション活動で新規顧客を拡大すると共に、層別にセグメントされた顧客コミュニケーションや会員特典などを通じて、リピート会員へと育成することに成功し、相乗効果を生み出しました。その結果、越境ECの食品カテゴリーの中でナンバー1を獲得しています。

龍角散ブランドでMaoscarを受賞

どんなことでも相談できる、中国進出の“駆け込み寺”

クンチ社が掲げるのは、中国と日本の架け橋となること。日本企業が中国のことを正しく理解し、相互に成長していくことを目指している。前田氏は、資生堂時代の経験を回想する。

前田氏「私にとってキャリアの大きな転機となったのが、資生堂時代の中国駐在でした。そこで素晴らしい友人ができ、中国の魅力に触れることができたのです。

しかし、日本に帰国すると、どこか中国への誤解が多いように感じました。こうした経験から私は、両国間のビジネスが活発化することで、お互いが文化や社会への理解を深め合うきっかけをつくりたいと考えています。

今後は、販売だけでなく、物流や法規制など、なんでも相談してもらえる“駆け込み寺”のような企業へと成長したいですね。より多くのきっかけをつくることができれば、私も中国に対する恩返しができるので、それが何よりの喜びです。

そのため中国進出に関する相談事なら、どんな悩みでもうかがっていますので何でもご相談いただければと思っています。実際、中堅企業からのご相談も多く、中国ビジネスに強いみずほ銀行やJETRO(日本貿易振興機構)などから企業様をご紹介いただくこともあるなど、幅広い顧客層のニーズにもお応えしています」

二国間の架け橋的存在となる日本クンチ

お互いなにかと誤解が生じることの多い日本と中国だが、ビジネスを通じて正しく理解し合える機会をひとつでも多く作ることが出来ればといった想いから、前田氏はクンチグループへの転身を決意したようだ。

前述の発言にもあった通り、日本クンチを中国向けの「よろず相談所」と称し、クンチグループとしてビジネスにならずとも、中国向けの疑問・課題へのソリューションをひとつでも多く提示し、「日中の架け橋」となるべく活動していきたいとしている。

ビジネスにおける中国という存在は、今後日本にとってステークホルダーとしての側面がさらに重要視されることになるだろう。中国における日本企業進出の機会創出を実践する日本クンチの今後の活動が、二国間の相乗効果を高めていくことに期待したい。

日本クンチは、大手メーカーおよび流通業で中国駐在の経験を持つ日本人メンバー3名と、日本の大学院卒業および日本企業業務経験のある在日中国人4名で構成

日本クンチメンバー

鎌形顧問
㈱伊勢丹に30年勤務、静岡伊勢丹社長、上海の伊勢丹の責任者などを歴任 2017年にクンチグループへ参画、2019年より日本クンチ

永井顧問
㈱資生堂に33年間在籍そのうち23年間中国に駐在といった中国市場のプロフェッショナル2016年にクンチグループへ参画、2020年より日本クンチ

古川 本部戦略部門総裁助理(クンチグループ本部所属)
中国ツムラ、ライオンの総経理を長年に渡って歴任、中国法人管理のプロフェッショナル、2019年よりクンチグループへ参画。中国側で戦略を担当、日本クンチを側面的にフォロー

その他メンバープロフィール
スタッフとしては、もと化粧品大手、IT、EC運営、物流大手など日系企業の経験豊富な中国人スタッフを揃え、日本の企業風土を踏まえ、現地とのコミュニケーションを円滑に行っている。

(※)出典:経済産業省「令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる 国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)