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20年前と今の新卒給与が変わらない衝撃
「失われた30年」といわれるように、日本の経済はこの30年間成長していない。20〜30年前と現在の給与水準を比べるとその一端が見える。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、1990年の大卒初任給は16万9000円、2000年では19万6900円だった。一方、2020年の大卒初任給は22万6000円。それぞれの初任給をボーナスなしと仮定し、年収換算すると1990年は202万8000円、2000年は236万2800円、2020年は272万2000円となる。
名目での比較では、2020年の新卒給与は90年に比べ33%増、2000年に比べ14%増にとどまるものだ。特に2000年から20年も経過している一方で、14%しか増加していない状況はかなり深刻と捉えるべきだ。
海外の新卒給与と比べると、その深刻度は一層明確となるだろう。
かつてGDPで世界一二を争った米国の新卒給与は、日本のそれを遥かに超えるものとなっているのだ。
National Association of College and Employers(NACE)が新卒給与データをまとめているので、それを参考に見ていきたい。
まず1990年の米国の新卒年収は2万7526ドルだった。90年の平均為替レート1ドル145円で換算すると約399万円となる。
一方2000年の新卒年収は、3万9296ドルと90年から約43%増している。2000年の平均為替レート1ドル107円で換算すると420万円ほど。
そして2020年、コロナ禍多くの感染者と死者を出した米国だが、驚くことに新卒給与は過去最高水準を記録したのだ。
まず新卒年収の全体平均は5万5260ドル。2020年の平均為替レート1ドル106円で換算すると585万円ほどとなる。同年の日本の新卒年収は272万円だった。2倍以上の差があるのだ。
米国、理系新卒の年収700〜900万円
日本では極一部で高額な新卒給与が提示される場合があるようだが、概ね大学での専攻や職種による給与差はほとんどないといえるだろう。
一方、米国では理系専攻の新卒は平均よりかなり高い給与が支払われている。
NACEの2020年のデータによると、新卒年収を専攻別に見た場合、最も高いのは石油工学(Petroleum engineering)で8万7989ドルとなったのだ。同年の平均為替レート換算では約932万円となる。
このほかトップ10はすべて理系専攻が占める結果となっている。
石油工学に続くのは、コンピュータプログラミング(8万6098ドル)、コンピュータエンジニアリング(8万5996ドル)、コンピュータサイエンス(8万5766ドル)、電子・電気工学(8万0819ドル)、オペレーションリサーチ(8万0166ドル)、コンピュータ・情報科学(7万8603ドル)、統計(7万5916ドル)、応用数学(7万3558ドル)、ケミカルエンジニアリング(7万2713ドル)。
変動しないことが普通になってしまった日本の新卒給与とは異なり、米国の新卒給与は、産業別の需要を反映し大きく変動することが多いようだ。
NACEのエグゼクティブ・ディレクターであるショーン・バンダージエル氏によると、2020年はパンデミックで看護師需要が高まり、新卒給与の上昇につながったと指摘している。
米国の2020年の看護師新卒年収は、5万8626ドル(約612万円)と前年の5万7416ドルから2.1%増加。増分は1210ドル、およそ12万円も増加した計算となる。
一方、日本の大卒看護師給与はどのように変化したのか。
日本看護協会が毎年発表している「病院看護師実態調査」によると、2019年の新卒看護師の手当を含む初任給総額は27万2018円だった。2020年はこれより増えていることが想定されるが、実際は27万292円と2000円ほど下落してしまったのだ。年収換算では、2万4000円ほどの下落となる。
政府の財政支出、旺盛な企業の投資意欲、まだまだ拡大する米国経済
コロナ禍でも米国で新卒者の給与が上昇しているのはなぜか。上記でも触れたように、経済全体の需要が供給を上回っており、インフレギャップが起こっているためだ。
この状態では、需要を満たすために企業は設備投資や人材雇用を拡大することになる。特に、パンデミックによってデジタル化が進んだことで、デジタル人材の需要が爆発的に増えた。
一方で、労働市場でも供給が追いついていないために、給与が上昇傾向にあるのだ。NACEの新卒給与調査で、コンピュータ系の専攻が上位に入っていることがそれを示唆しているといえるだろう。
米国は日本とは異なりこのところインフレ基調が続き、企業の投資意欲も旺盛だ。またパンデミック対策での財政支出が増えたほか、クリーンエネルギー/ゼロ排出車の開発投資に、連邦政府が毎年5000億ドル(約55兆円)を投じる計画などが明らかにされており、米国経済はさらに拡大する兆しがある。
日本の経済が拡大しなければ、米国との給与差はますます開いていくことになるだろう。「失われた40年」にならないために、適切な政策が実行されることを願いたい。
[文] 細谷元(Livit)