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イノベーションから必需品へと姿を変えたスマートフォン。2021年に通信キャリア各社が格安新料金プランを発表するなど、その業界構造は日々激しい変化にさらされており、サービス拡充の中で大手・新興勢力の境界線も曖昧になりつつある。
この状況下で通信各社がしのぎを削るのが広告だ。なかでも、ブランディングの最前線に立つCMは、コミュニケーション戦略の大きな柱の一つ。CM総合研究所が発表した2020年の調査によると、上位3社の中には通信大手がランクインしている。個性あふれる映像を発信する各社の中でも、注目すべきキープレイヤーの一社が、2014年にブランドを発足した UQ mobileである。
お馴染みとなった、ピンク・レディーの『UFO』のリズムに乗せて「♪UQ」と口ずさむCMをはじめ、生活者との密なコミュニケーションを図ってきた同ブランドは、2021年5月末時点でユーザー数300万人を突破。MVNO(※1)から出発し、現在はKDDIでauと同じネットワークに対応するMNO(※2)となり、メインブランドの一翼を担うまでに成長した。
急成長中のUQ mobileが、次の一手として世間を驚かせたのが、2021年8月31日に発表した新CM「UQUEEN」だ。さまざまなキャリアが乱立し、各社が独自のメッセージを打ち出す中で、なぜ新たなブランドメッセージの展開に舵を切ったのか。 KDDI株式会社・宣伝部メディア・クリエイティブ企画室室長の合澤智子氏に話を聞く。
“シンプル”というUQ mobileの魅力を、よりシンプルな表現で伝える
インターネットの台頭により、広告のデジタルシフトが進み、マスメディアの影響力は小さくなったと言われて久しい。しかし、KDDIのマルチブランドにおいて広告全般を統括する合澤氏は、このような一般論に対する考えがあるようだ。
合澤氏「マスメディアとデジタルメディアは常に統合してプランニングしています。CMでいうと、若者のテレビ離れなどが叫ばれていますが、やはり一定のリーチ力・影響力はあると思います。一方で、多様化するデジタルメディアの活用は、コミュニケーションにおいて不可欠です。それぞれのメディア特性を見極め、使い分けていくことが必要になっているのではないでしょうか」
マス・デジタルを含む、多方向のコミュニケーションにおいて起点となるのがCMだ。なかでも通信各社においては、個性的な“シリーズもの”が特徴といえる。auを例にするならば、「三太郎」や「意識高すぎ!高杉くん」シリーズを、知らない人は少ないだろう。
合澤氏「マルチメディアを使い分け、ターゲットに最適化させたコミュニケーションをすることは重要です。一方で、ブランド全体の魅力を伝えることが、マスメディアで展開するCMの大きな役目の一つ。KDDIはその部分に力を入れています。特にブランドの象徴となるキャラクターは重要で、自ずと“シリーズもの”に行き着くんですね。長期的に展開されたCMを見て、その瞬間に企業名がわかる。それほどまでに定着させることが、ブランド訴求における成功だと思います」
ブランディングにおいてUQ mobileが重視するのは「シンプルさ」だと合澤氏は言う。
合澤氏「競合他社との差別化という観点からも、シンプルさは重視しています。豊富なサービスを享受できるauの『ワクワク感』とは異なり、UQ mobileは『安定した通信そのものを利用したい』『合理的な価格設定を好む』『必要なものだけを主体的に選んでいきたい』といったお客さまが多い傾向にあります。格安スマホが登場した頃の『安い』『悪い』といったイメージに対し、『スマートでセンスのある選択肢である』ことを伝えるために、ストレートでシンプルなメッセージ訴求を続けてきました」
UQ mobileは2021年9月2日から5Gに対応(一部エリア)し、くりこしプラン+5G加入の場合、対象のインターネットサービス(ネット+電気)利用で、家族全員スマホの料金が月額900円(税込990円)(※)からUQ mobileを利用できる割引サービス「自宅セット割」を開始する。メッセージも当然ながら、料金面においてもより一層磨きをかけたシンプルさを設計している。
※「くりこしプランS +5G」で「自宅セット割」適用の場合。通話料(税込22円/30秒)など別途かかります。ご契約回線数には上限があります。
新CM「UQUEEN」が示すこれからのメッセージ
2021年8月31日、UQ mobileは新たなCMシリーズを発表した。タイトルは「UQUEEN」。荘厳な宮殿を舞台に、満島ひかりさん演じる煌びやかな女王様「UQUEEN」が、松田龍平さんを中心とした執事や侍女たちに囲まれながら、スマートフォンについてのさまざまな取り決めを行っている。
通信各社がシリーズCMを放映しつづける中、このタイミングでのリニューアルは何を意味するのだろうか。
合澤氏「MVNO市場では、新たなブランドが次々と立ち上がっています。また、サービスの充実化したMVNOは価値そのものも向上し、大手キャリアとの区別も曖昧になってきました。こうした中、業界への参入では一歩遅れたものの、チャレンジングなCMコミュニケーションを進めてきたこともあり、UQ mobileはトップクラスのシェアを誇るブランドへと成長しました。
そしてMNOとなった今、これまで注力してきた『ブランド認知』から一歩踏み出し、魅力的なサービスや価値そのものを訴求できるポジションにいます。この“強み” をシンプルに伝えることができるコミュニケーションが今のUQ mobileには必要だと思い、リニューアルに踏み切りました」
「強さ」がダイレクトに表現されているのが、CM第一弾の「登場」篇だ。多くの執事を前に、主人公UQUEENが「これからのスマホはすべて、この私が決める。」と、高らかに宣言する。メインメッセージは「NEW UQ、スタート」。具体的なサービスや料金は一切訴求されていない。
合澤氏「UQ mobileがコミュニケーションをアップデートしたと伝えることが『登場』篇の狙いです。それ以外の要素は全て除外し、まずはキャラクターを前面に出しました。UQUEENは、大胆で無茶な言動を繰り返す女王様ですが、ウィットに富んだ一面の持ち主でもあります。
執事に対し『反対意見のある人は、足の指を上げてください』と命じる表現もその一つ。言いたいことをズバッとシンプルに言いつつ、それが視聴者にとって嫌味にならずに受け入れられるようなキャラクターになっています。満島ひかりさんをキャスティングしたのも、荘厳さと迫力、品格や余裕すらも感じさせ、ウィットな一面も垣間見せる、威圧感のない演技をしていただけると考えたからです」
強いメッセージと共感を両立させる、緻密なCMコミュニケーション設計
近年のCMは、視聴者に気を配りすぎ、緩やかな表現をしようとするあまり、メッセージ性が弱まる傾向にある。しかし、メッセージを強く打ち出すと、“上から目線”に対する抵抗感が生まれ、共感を得ることが難しくなってしまう。わずか数秒のコミュニケーションで、強いメッセージと共感を両立させるためには、舞台設定や演出における緻密な設計が必要になるのだ。
合澤氏「UQUEENには『UQUEEN10ヵ条』というポリシーのような裏設定があります。その一つ目が、『国民の声を聞いていないようで聞いている。』です。実はUQUEENの強い想いは、独断ではなく、多くのユーザーの声を聞いて考えられたもの。それをうまく表現することで、視聴者に共感していただきたいと設計しました」
この手法が画期的なのは、消費者と企業の関係性が凝縮されていることだろう。どこか親近感のあるUQUEEN がKDDIの企業姿勢を代弁し、消費者が抱くスマホ業界および社会全体への不満・不安・課題を解消することで、共感へとつなげていく。このUQUEENというキャラクターはどのように生まれたのだろうか。
合澤氏「今回のコンセプトである “強さ”“シンプル”を表現しようと模索し、たどり着いたのが女王様という設定です」
一見、現在とはかけ離れた世界にも見える「UQUEEN」の設定だが、現代的なスマホユーザーに対する配慮が散りばめられている。
合澤氏「実は宮殿は、現代の日本のどこかにある設定なんです。本当に近世ヨーロッパの王宮のようにすると“今っぽさ”が出せず、共感が弱まってしまうと思いました。執事が口でドラムロールを奏でたり、UQUEENがスマホで動画視聴をしながら遊んでいたりするのは、そうした意図もあります。見ていて楽しいCM作りをしたかったという思いがありました」
UQ mobileを全ての世代へ。変化するブランドポジション
細部まで戦略的に作り込まれた「UQUEEN」であるが、合澤氏によると年齢や性別といったデモグラフィックは設定していなかったそうだ。
合澤氏「UQ mobileのお客さまは、若者が多いかというと、そうでもないんです。少し前まではSIMカードの差し替えを使いこなす若いユーザーが多かったイメージですが、現在は幅広い層にご利用いただいています。もちろん、オールターゲットを対象にした宣伝には、メッセージが弱くなるという側面はあります。そこで、年齢や性別ではなく、『シンプルに合理的に使いたい』という体験価値の違いをお客さまにわかりやすく伝えるというのが、今回の戦略です」
今回発表した新たなCMを通じ、UQ mobileは最終的にどのようなコミュニケーションを目指しているのだろうか。合澤氏は「培ってきたシリーズを大きく変えることには恐れもあった」と振り返る一方で、「UQ mobileが過去の格安スマホのイメージから変わり、メインブランドのひとつとして浸透するのも遠い未来ではないはず」と戦略を語る。
合澤氏「時代の変化によって、従来のように『なんとなく』『いい感じだから』と製品を選ぶ人は少なくなり、『比較した上で、自分に合ったものを』という合理的な方向にシフトしているように思います。ブランディングも依然として重要ですが、『本当の価値を理解してもらうこと』と『その価値に共感してもらうこと』も考えていかなければなりません。全てのバランスをとりながら、膨大な情報の渦の中で伝えていくことは至難の業。しかし工夫によって実現できれば、強いコミュニケーション戦略になるのではないでしょうか」
“等身大”の親近感と、強いメッセージ。相反するように見える二つの要素を、融合させることに成功したのが、UQ mobileの新CMであった。今回の「登場」篇だけではなく「UQUEEN」シリーズから今後どのようなメッセージが発信されていくのか、ぜひこれからの展開に注目してほしい。
※1 仮想移動体通信事業者とは、無線通信回線設備を開設・運用せずに、自社ブランドで携帯電話やPHSなどの移動体通信サービスを行う事業者のこと
※2 移動体通信事業者とは、携帯電話やPHS等の物理的な移動体回線網を自社で保有し、直接自社ブランドで通信サービスを提供する事業者のこと
取材・文:相澤優太
写真:西村克也