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通勤や商談、福利厚生など、あらゆるシーンでビジネスパーソンの身近な存在にあるコーヒー。近年ではリモートワークや在宅勤務など、新たな生活様式とともにその需要が大きく変化している。
そうした市場の中で、全自動コーヒーマシンを飛躍的に成長させているのが、ヒーターなど幅広い家電製品でも知られるデロンギだ。国内のコーヒーメーカー金額シェアNo.1と、日本のコーヒーカルチャー全体をリードしている。
様々なブランドがある中、なぜデロンギがコーヒー市場を牽引する存在にまで成長できたのだろうか。 そして次の時代、人々の生活空間に対し、長い歴史を持つ欧州のブランドはどのような価値を提供し、ビジネス展開を行なっていくのか。 デロンギ・ジャパン株式会社の代表取締役社長・杉本敦男氏に話を聞いた。
変化する自宅環境への「投資」。家電業界に求められる体験価値とは
イタリアを本拠地とする家電ブランド・デロンギは、2020年に日本での売り上げを飛躍的に向上させた。人気を博したのは全自動コーヒーマシンをはじめとした、コーヒー関連製品だ。その販売数は2019年度比で4割増となったという。高まる需要の背景には、何があったのだろうか。
「デロンギグループはグローバルでの“Double-digit growth(2桁成長)”を目指し、そのためにどう動くかを、各国のスタッフが常に試行錯誤しています。グループ全体でその目標が達成され、私たちデロンギ・ジャパンもそれに近い成長を遂げることができたのが、2020年でした。それまでゆっくりと進んできた社会変化が、新型コロナウイルスによって一気に加速したことが、成長を後押ししたのでしょう」
日本でいわゆる“巣篭もり生活”が浸透した2020年の3〜5月。自宅を充実させようとする需要により、家電業界の伸長が始まった。さらに実店舗に足を運ばなくても、ECで購入するスタイルの浸透も加速している。杉本氏は、こうした市場の変化を正確に観察していた。
「『自分の時間をもっと価値のあるものにしたい』。お客さまのそうしたニーズにまず応えたのが、コーヒーマシンを中心とした調理家電だと考えています。もう一つの主力製品であるヒーターは、気温によって売り上げが左右されますが、既に2020年秋頃から空気清浄機などの家電が業界全体で伸びて、比較的暖冬であったにもかかわらず堅調な売り上げでした。2020年を振り返ると、業界全体で世界的にニーズが高まったことが大きいですね」
ヒーターで知られる同社だが、現在はコーヒーマシンやエスプレッソメーカー、グラインダーなどのコーヒー関連機器のほか、電気ケトル、トースター、ハンドブレンダーなど幅広い家庭向け調理機器を提供している。これら多くの売り上げが、巣篭もり需要によって向上した。コロナ禍での人々の行動パターンの変化は「外で行っていたことの転換」にあったと杉本氏は考察する。
「例えば、映画館に行けなくなれば家で鑑賞できる環境を整える、外食ができなくなれば家での料理を充実させる。外出しなければできなかったことを、家でも楽しめるようにするというのが大きな流れです。その一つがカフェでした。生活リズムの中に身近に存在していた“お店のおいしいコーヒー”を、どのように家で再現するか。コーヒーマシンは、その要望に応えたのだと思います。コーヒーと一口にいっても、淹れ方や飲み方は千差万別。アメリカン、カプチーノ、アイスコーヒーなど、好みは人によって全く異なります。慣れ親しんだ味にカスタマイズできるデロンギのコーヒーマシンは、自宅環境をより良くする投資として有意義だったのでしょう」
デロンギの全自動コーヒーマシンは、水量・豆量を測りコーヒーを抽出して、カップに注ぎ、抽出後のマシンの内部を洗浄するまでの全ての工程を、ボタン一つで行えることが特徴だ。
コーヒー豆の挽き具合、抽出量、抽出温度などを調整でき、エスプレッソ、レギュラーコーヒーなどブラックメニューからカフェラテ、カプチーノなどのミルクメニューといった多彩なメニューを楽しむことができる。
さらにラテクレマシステム(自動ミルクフロッサー)を搭載モデルでは、カフェクオリティのきめの細かいミルク泡でカプチーノなどのミルクメニューを簡単に作ることができることも可能だ。また、コーン式と呼ばれる構造のグラインダーを採用しているため、豆を徐々に小さく挽くことで均一なパウダーに仕上げるため、香り高い一杯ができあがる。
「普段カフェで飲んでいたコーヒーとは何かを追求すれば、自然と自分に合ったコーヒーを選んでいることに気づくはず。それをボタン一つで届ける“Bean To Cup”が、全自動コーヒーマシンが提供する価値です。コーヒーは飲み物ですが、そこにある空間や時間も大事な要素。ふと一人になった時に、自分が好きなコーヒーを求め、より良い体験にしていくことを、お客さまは求めているのだと思います」
日本のコーヒーカルチャーを牽引するデロンギが実現させる「選択肢」の拡張
2020年はデロンギ・ジャパンにとって挑戦の1年でもあった。
11月には、全自動コーヒーマシンを無料で貸し出し、コーヒー豆を毎月届けるサブスクリプション「ミーオ!デロンギ」をスタート。6万円代のマシンを家に置き、自分の好きな豆が分量に応じて毎月届くサービスだ。一時は新規受注を停止するほど注文が殺到したという。
「『ミーオ!デロンギ』を始めたのは、まずはデロンギのコーヒーを多くの人に飲んでいただきたかったからです。コーヒーの価値は飲んでもらわなければわかりません。店舗で試飲をすることはできますが、コロナ禍によってそれも限られてしまう。ECであっても、デロンギのマシンは高価格帯に位置するため、気軽に購入できるものでもない。それ以外のタッチポイントを作る必要性は、以前から感じていました。
また、自宅でコーヒーを飲む習慣がまだまだ定着していない日本では、豆の選び方に不安がある人も多い。これらの障壁を少しでも取り払い、自宅空間で“Bean To Cup”を体験していただくために考えました」
コーヒー豆の提供も行うデロンギでは、長年販売を続けてきた北イタリア・ピアチェンツァのブランド「Mussetti(ムセッティ)」に加え、南イタリアの「KIMBO(キンボ)」、そしてデロンギのオリジナルブランドをラインナップに追加した。日本のユーザーに向け、選択肢を広げる形だ。
「デロンギでは『この豆を飲んで欲しい』と強制するのではなく、お客さまが豆を選ぶことを大切にしています。好きな豆を選んでいただいた上で、全自動でコーヒーに仕上げていくのがマシンです。一連の体験を通じて、自分に合った一杯に出会う。そのためには、豊富なラインナップが必要だと考えました。豆にもいろいろな楽しみ方があることを、製品を通じて伝えていきたいと思っています」
伝統の中に新たな付加価値を。上質な時間と空間を作り上げる思い
コーヒーマシンの競合他社と比較すると、デロンギの製品は高価格帯に位置する。それでもなお消費者の支持を得る要因は、どこにあるのだろうか。そのヒントは企業理念にある。
デロンギが掲げる「Better Everyday」というブランドスローガンには、「家で過ごす時間を、より愉しく、心地よいひとときに変える」という思いが込められている。
「Better Everydayが指す定義は、今日、明日、10年後と、変化していくでしょう。唯一共通するのは、“Better(より良い)”という言葉が表しているように、 “明日はさらに良い時間を”という考えです。デロンギの製品があることで、人々の生活が毎日少しずつ良くなっていけばいい。その思いをブランド全体で共有しています」
さらに今年には、ビジュアル・アイデンティティを刷新。ブランドロゴがリニューアルされた。新たなブランド展開について杉本氏は次のように語る。
「『新しいデロンギをつくる』という思いをビジュアルに込めています。もちろんロゴを変更すれば何かが生まれるわけではないのですが、社員が一丸となって、新しい会社をつくっていくというシンボルになる。デロンギという会社の中心にあるのは、起業家精神です。自分でビジネスを起こし、市場を切り開いていく姿勢をベースに、日々イノベーションに挑んでいます。コロナの影響でわかったことは、成熟していたと思っていたマーケットが、実はそうでなかったこと。まだまだ発展の余地があると考え、常に成長しようとする姿勢は、やはり企業にとって一番大切です」
ただし、「“新しいデロンギ”といっても、過去を否定するという意味ではない」と強調する。
デロンギのルーツは、イタリア北部の街トレヴィーゾでクラフトマンワークショップ(職人の作業場)として1902年に創業した家電ブランドだ。1974年、最初の電気機器として製造したオイルヒーターの成功により飛躍的に成長。1990年代に暖房器具の製造で使われる技術を応用し、コーヒーマシンの開発・製造に参入した。
常に新しさを追求しながらも、“生活の中のより良い時間”という付加価値は一貫している。長い歴史の中で守り抜かれた理念があるからこそ、コロナ禍のような大きな社会変化の中でも人々のニーズに応えたのだろう。さらに今後のビジネス展開を次のように語る。
「デロンギのコーヒーマシンは世界でトップのシェアを誇ります。実は日本でも売上高においてトップなのですが、あまり認知度は高くないですよね。コーヒーにおけるブランド力を高めるためには、まず日本のコーヒーカルチャー全体を充実させる必要がある。そうした条件がそろったのが2020年でした。次なる課題は、より多くの人にデロンギを知っていただくことです。
例えば、メニューの提案。アフォガート(※バニラアイスなどにホットコーヒーをかけるデザート)のような、アレンジメニューとしての面白さもコーヒーは提案できます。本場イタリアのカプチーノとは違う、日本独自のカプチーノがあってもいい。そうしたことも含め、コーヒーマシンにおけるカスタマイズの魅力を普及していきたいです」
本質的なデザインを追究し、イノベーションを起こしていく
長い伝統を礎に、イノベーションに挑むデロンギ。“伝統と革新”という言葉はあらゆる業界で唱えられているが、体現するのは容易なことではない。なぜデロンギは、一貫した哲学とイノベーションを両立させているのだろうか。
「デロンギの強みはデザインです。ここでいう“デザイン”が指すのは、色や形だけではありません。機能性や感性をトータルで満たすための、あらゆる要素を含みます。
例えば、カップであれば、手に持った感触が優れていて、もう一度飲みたくなるようなものでなければならない。コーヒーマシンのサイズも、キッチンに対して収まりの良い大きさがあり、単にコンパクトであればいいというものではありません。良い製品には、色や形だけではない、空間や時間をより良くする工夫が施されています。
デロンギ・ジャパンも、日本の住環境や生活スタイル、文化や歴史などを徹底的に追究しています。そうした“見えない部分”を細かな製品設計によって“見える部分”、つまりデザインに落とし込むことで、ようやく価値を提供できるのです」
デロンギ・ジャパンの社員は、このような「見えない価値」を見つけ出すため、業務の多くをリサーチやブレインストーミングに割いているという。イノベーションを起こすためには「なぜ」という視点が大切なのだと、杉本氏は語る。
「主に社内で議論するのは、商品の役割です。『なぜ人はコーヒーを飲むのか?』を日常的に話し合っています。すると、コーヒーマシンは『豆を挽いて、コーヒーを淹れる道具』ではなく、『自分の時間を豊かなものにするもの』だということにたどり着く。では『豊かな時間のためには何が欲しいのか?』。その答えがカスタマイズです。さらに『カスタマイズを実現するために、豆の挽き方や抽出量、温度はどうするのか?』『それを全自動でできるためには?』とアイデアがどんどん具体化し、技術が革新します。最初にお客さまの本質的な考え方に近づくことができれば、自ずとイノベーションが生まれるはずです」
デロンギが目指すイノベーションは、“感性”に訴えることで可能になるが、その感性は人によって異なる。だからこそ、普遍的で揺るぎのない“本質”をつかむことが重要になるのだろう。
「デロンギの製品の多くは、長く使用するもの。一過性のトレンドではなく、時代が変わっても色あせない本質性が大切なのです。『購入した後、月日が経ち、自分の考え方や感じ方が変わっても、そばにあるのはいつもデロンギ』。そんな製品を届けられれば、私たちは何よりうれしいですね」
人の感性に触れつづけていなければ、イノベーションは実現できない。社会変化に左右されない“本質を見極める力” こそが、変化の時代に求められているのだろう。