ビットコインの登場から10年以上が経った今、その基盤にある技術・ブロックチェーンは様々な界で応用できることから、世界中の企業で活用が進みつつある。ブロックチェーンがその汎用性を高める上で課題となっているのが、異なるブロックチェーン同士に互換性がないという、「インターオペラビリティ(相互運用性)」の問題だ。

現在、インターオペラビリティの実現を目指す「Polkadot」「Cosmos」などのプロジェクトが注目されており、Polkadotは異なるブロックチェーン間の通信を可能にするプロトコルを実装している。

一方、日本ではブロックチェーンのビジネス化が進んでおらず、海外から遅れをとっている状況だ。そうした中、Polkadotとの互換性が担保されている日本発のパブリック・ブロックチェーン「Plasm Network」の開発を進めるのが、Stake Technologiesだ。

パブリック・ブロックチェーンがもたらす新たな経済システムと、その先にあるWeb3.0の世界、『Microsoft for Startups』参画によって生まれるシナジーについて、Stake Technologies株式会社CEOの渡辺創太氏(以下、敬称略)に話を聞いた。

日本発のプレイヤーとして、世界で通用するブロックチェーン事業を実現させる

――仮想通貨以外の領域への応用が期待されるブロックチェーンですが、現在どのような課題を抱えているのでしょうか。


Stake Technologies株式会社CEOの渡辺創太氏

渡辺 ブロックチェーンの大きな問題としてはまず、ユーザビリティの低さやトランザクション処理の限界などがあげられます。そして、ブロックチェーンのネットワーク自体がつながっていないという、「インターオペラビリティ(相互運用性)(※) 」の問題も障壁になっています。

※インターオペラビリティ(相互運用性)
複数の異なるものを接続、組み合わせて使用する際に、正しく全体が動作すること。

インターネットが世界中でつながっていることは言うまでもありませんが、インターネットの普及以前は企業や研究機関が独自のプロトコルやネットワークを使用しており互換性を前提に設計されたものではありませんでした。現在のブロックチェーンはこれに近い状況で、それぞれに互換性が基本的にないんです。インターネットは共通の基盤となるレイヤーが生まれ、標準化が進んだことで、相互運用が可能になったわけですが、ビットコインとイーサリアムは別のブロックチェーンで、共通レイヤーがありません。私たちは、この部分のレイヤーをつくろうとアプローチしています。

――ブロックチェーン同士がつながることで、どのようなことが可能になるのでしょうか。

渡辺 例えば、PowerPointなどのファイルを他者に送付するとします。実際に送られるのは原本ではなく、複製されたデジタルデータです。そのため手元にも同じデータが残ります。デジタルデータの複製は、情報の民主化を促す素晴らしい技術です。しかし、世の中には複製されては困るものも多くあります。紙幣や国債、株などはその代表例で、1,000円を送る際、それが複製されて2,000円になってしまっては成り立ちませんよね。

この複製をデジタル上で中央集権的な存在や誰かにトラストを置かずインセンティブ設計と暗号によって現実的に不可能にするのが「パブリック・ブロックチェーン」です。ビットコインの登場以来、デジタル空間上で“価値”を送ることが可能になりました。今後もいろいろな価値がブロックチェーン上で交換されていくはずです。

この「価値の移転」において、効果を発揮するのがインターオペラビリティです。一昔前は、日本人が海外でクレジットカードを使用できないということがありましたが、現在はもちろん可能になっています。これは、決済から送金までの流れがすべてネットワークでつながっているからです。それと同様に、ブロックチェーンも全てがつながれば、異なるネットワーク間で価値の移転がよりスムーズになっていくわけです。

――日本発のブロックチェーン事業に取り組み、グローバルに展開しようとされているのは、なぜでしょうか。

渡辺 日本という国がガラパゴス化していることに強い危機意識を抱いているからです。近い将来、パブリックブロックチェーンは間違いなく世界のスタンダードになっていくでしょう。その時に日本にプレイヤーが少なければ、かつてスマートフォンやSNSで起こったような、「いつの間にか海外のプラットフォーマーが大部分を占め、寡占されている」という事態になりかねません。

現在、私たちが開発を進めている「Plasm Network」は、日本発のパブリック・ブロックチェーンです。日本でパブリック・ブロックチェーンに取り組んでいる人はごく一握りなのですが、海外でパブリック・ブロックチェーンは活気づきつつあり、国内外の認識のズレを感じます。実際に、日本で最初からグローバル展開をしようと事業化している人達は本当に少ないです。国内のマーケットが中途半端に大きい。パブリックブロックチェーンではなくDXと言ったほうが儲かる。など理由は多々あるんだと思いますが、世界の最先端はDXに興味ないので、その領域で勝負する日本人が増えなければいけないと思います。

もちろんこれは簡単なことではありません。ブロックチェーンに携わる人って、ビットコインやパブリック・ブロックチェーンの“思想”の部分に惹かれて始めることがほとんどなんですが、実際ビジネスにしようとすると、現実も見えてきます。パブリック・ブロックチェーンは、既存のビジネスの延長線で測れないので、現状、収益性が低く考えられています。

だからこそ、私たちが結果を出し、「パブリック・ブロックチェーンでもビジネスができる」という日本発の前例をつくっていきたいと思っています。

“時間に対する合意”が、パブリック・ブロックチェーンのカギ

――Plasm Networkとはどういったものか、教えてください。

渡辺 Plasm Networkは、Polkadotというエコシステムの中で開発をしています。Polkadotは、各ブロックチェーンをつなぐ、大元になるネットワークです。ハブのようなもので、空路で例えるならハブ空港であるシンガポールのチャンギ空港をイメージするといいかもしれません。このハブに金融やIoT、プライバシーに特化したものなど、個々のあらゆるブロックチェーンがつながっている状態です。

Plasm Networkはその一つで、契約を自動的に実行する、スマートコントラクトに特化したブロックチェーンです。例えるなら羽田空港のようなローカルの空港。ローカル空港がハブ空港によって世界にアクセスできるように、Plasm NetworkもPolkadot を通じることで世界中のブロックチェーンとつながります。これにより、Plasm Networkの上にさまざまなアプリケーションやプロダクトを乗せれば、全世界にアクセスできるのです。

現在はテスト段階ですが、200を超えるノード(※) が同期しており、コミュニティーの数も増え、開発者グループは9,500人を上回りました。


2020.12時点

※ノード
情報通信ネットワークにおける「点」を指す。すなわち、コンピューター、ルーター、ハブ、モデムなどの代表される個々の機器

――Plasm Networkでは企業に対して、どのようにソリューションを提供しているのでしょうか。

渡辺 Plasm Networkの強みの一つになっているのが、トランザクション処理です。エンタープライズ向けにブロックチェーンを実装する場合、トランザクションは重要です。既存のパブリックブロックチェーンのプラットフォームを使うと、大量の処理を捌くことができません。もし捌けたとしても高額になってしまい、システムを維持するだけで億単位のコストが必要になります。

この「スケーリング」の問題に対して、私たちはソリューションを提供しています。そのためPlasm Networkは、地域通貨やポイント、決済サービスなど、1秒間に処理しなければならないトランザクションが多いビジネスに向いていると言えます。

日本国内でのビジネスにおいて国産ブロックチェーンは、開発の透明性や日本語によるサポートといった点で、優位に立てる可能性が高い。こうした優位性を生かし、国内ではPlasm Networkを主にB to Bで展開しています。一方、海外では、私たちのブロックチェーンの上に、それぞれのブロックチェーンを乗せる形で、B to Cビジネスとして展開するケースが多いです。近年話題のNFTで活用された事例もあります。

クライアントがエンタープライズの場合、欠かせないのがセキュリティです。Plasm Network はPolkadotとつながるとPolkadotの高度なセキュリティを利用できるようになります。セキュリティの強さとネットワークの広がりにより、エンタープライズの需要をカバーすることができます。

――パブリック・ブロックチェーンは、企業インフラとなる可能性があるのでしょうか。

渡辺 むしろ、パブリックブロックチェーンこそが企業インフラとなります。現在、多くの企業が使っているのは「コンソーシアム・ブロックチェーン」という、限られた人しか入れないネットワークです。これが将来的に、パブリック・ブロックチェーンに移行していくと考えています。

インターネットやアプリケーション、ブラウザなども同じですが、勝利してきたのは、常に開かれたネットワークであったという歴史があります。今はパブリック・ブロックチェーンの方に問題があるので、コンソーシアム・ブロックチェーンが使われている状況ですが、スケーリングなどの問題が解決されれば、形勢が大きく変わるタイミングが訪れるでしょう。

――では、パブリック・ブロックチェーンを導入すると、企業はどのような価値を得ることができるのでしょうか。

渡辺 一言でいうと、信頼できない複数の参加者の間で、「時間に対する合意」ができるようになります。

私たちは同じように生きていますが、一人一人時間の感覚は異なります。シンガポールと日本では時差があり、コンピューターが示す時間もそれぞれ違います。そのため、自分だけで管理しているサーバーであれば、データを勝手に入れ替えることができてしまいます。

しかしパブリック・ブロックチェーンを使えば、「いつ」「誰が」「どのように」「何をした」という履歴を、確実に残すことができます。この情報は、仮に管理者がいなくなっても残り続けます。時間に対して合意することで、永続的に信頼できる情報をつくることができるのです。このことは不正の軽減、契約の簡素化、スピーディーな決済、保証や鑑定の信頼性向上などに応用できます。株主総会や選挙、防犯などにも役立てられるはずです。

思想・目線が一致するからこそ生まれるシナジー

――マイクロソフトの『Microsoft for Startup』プログラムに参画された理由を教えてください。


Microsoft for Startupsのメリット(Microsoft HPより)

渡辺 実はマイクロソフトはブロックチェーンに取り組んでいて、「DID」という分散型IDの領域では最先端を走っているんです。このような大きな会社がパブリック・ブロックチェーンに取り組んでいることはインパクトが大きく、その先見性にリスペクトを感じました。

マイクロソフトには「個人のデータは個人のもの」という考えが根底にあり、個人のデータを抽出してマーケティングに応用したり、広告ビジネスを展開したりするようなことをしません。プロダクトそのものでマネタイズしようという方向性が、いわゆる「GAFA」とは大きく違うんですね。私たちと思想が一致しているわけです。

――スタートアップ企業の立場として、『Microsoft for Startup』の支援するどんなサービスが役立ちましたか。

渡辺 Office 365やGitHubはもちろんですが、やはりAzureの存在が大きかったです。ブロックチェーンはサーバーが至る所にあり、それらが同期することで成り立つわけですが、私たちの場合は約200あるサーバーが同じデータを保有しているわけです。個々のラップトップにはデータが入りきらないので、この時にAzureが不可欠になります。Azure上にノードをつくっている人たちは多く、そうした人たちに私たちが技術的な指導したりすることもあります。

――どのような企業が、『Microsoft for Startup』との親和性が高いと思いますか。

渡辺 日本ではブロックチェーン業界がまだまだドメスティックなので、DXの文脈で、エンタープライズ向けにブロックチェーンを導入するのが主流だと思います。そのようなケースでは、Azureは強いインフラの一つになるでしょう。

もう一つは、パブリック・ブロックチェーンの理想に向き合い、本気でやっていこうとしているスタートアップです。ブロックチェーンを応援してくれるマイクロソフトとは相性がいいと思います。

実際に協業してみると、そもそもマイクロソフト自体が「スタートアップっぽい」と感じたのが正直なところでした。もともとはビル・ゲイツの小さな会社から始まったわけですから、マインドが受け継がれているのかもしれません。困ったことをすぐに相談でき、例えば「中国に進出したい」と言えば、世界中のネットワークを活用してバックアップしてくれます。とにかくカジュアルに話を聞いてくれるし、協力してくれる存在ですね。

Web3.0で、世界は大きく変わる

――Stake Technologiesのビジョンを教えてください。


Stake Technologies HPより

渡辺 私たちが目指しているのは、次世代のウェブにあたる「Web3.0」です。これまでウェブは、初期のウェブサイトにあたる、「読む」ことができるWeb1.0から、現在のSNSに代表される、「読み書き」ができるWeb 2.0へと進化してきました。

Web 2.0で問題点となるのが、データの独占です。現在のウェブはHTTPというプロトコルで成り立っています。これは例えば、Twitterに自分の管理画面を持っていても、そのデータはTwitterのサーバーに管理してもらっているという構造です。そのため、利用すればするほど、自分のデータを失っていくことになります。

このように特定のサーバーに収集したデータからアルゴリズムを組み、最適の広告を私たちに提供しているのが、Web 2.0の巨大プラットフォーマーです。しかしマネタイズの中心が広告になると、どうしても目を引く過激なコンテンツほど目立つようになります。すると、ウェブ自体への信頼度が下がるという、構造上の問題があるんです。

一方、ブロックチェーンのような技術を使えば、「分散型のウェブ」であるWeb3.0を実現することができます。プログラムと個人が中間管理者なしに直接つながることができるようになります。その結果、ユーザーは「何にアクセスしていて」「何を支払い」「その対価として何を受け取っているのか」を検証することができるようになります。企業でなく個人がよりデータを管理することが可能になるんです。これで変化するのは、データ管理だけではありません。メッセンジャーアプリを通さないと送れなかったメッセージ、銀行を通さなければ送金できなかった通貨も、個人間で行うことができます。特定の組織を信頼しなくても、やりとりができるような仕組みが生まれるのです。

――Web3.0によって世界はどのように変わるのでしょうか。

渡辺 Web3.0は、よく「分散型のウェブ」と訳されますが、完全にそうはならないと思います。どちらかというと「分権」と呼ぶのが適切でしょう。つまり、中央集権が残りつつも、分散化された機能も生まれていく。政治でいう地方分権ですね。ではWeb3.0のメリットは何かというと、デジタル空間上の営みに選択肢が増えることだと思います。中央集権はスピード面で優れていますが、人のプライバシーなど、守らなければならない部分は分散させて守っていく。私が創りたいのは、そんな未来です。

その中核になる技術がブロックチェーンです。インターネットもそうですが、インフラというのは開かれていることが重要です。だからこそ今世界に必要なのは、「誰もが使えるパブリック・ブロックチェーン」だと考えています。私たちは、しっかりとブロックチェーンをつなげた上で、将来的にスケーラブルなアプリケーションやインターフェースを生み出していくつもりです。長い戦いになりますが、今はその土台づくりに全力を注ぎたいと思っています。

文:相澤 優太