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世界の共通目標であるSDGsの達成度や持続可能性の追求は、企業にとってますます欠かせない課題となっている。人、地球環境、社会への配慮を軸に就職先を探す「エシカル就活」という概念の登場も、そのひとつの表れだろう。
2019年1月に創業したサステナブル・ラボ株式会社は、気候変動対策やダイバーシティなどサステナビリティやSDGsを軸にした企業の社会課題解決の取り組みをスコア化した非財務ビッグデータ「ESGテラスト」を有料公開している。
同社は「経済的価値と同様に企業の社会貢献性が重要視され始めている。社会価値を重視しない企業は、10年後には淘汰されるかもしれない」と主張する。
とはいえ、欧州などと比べてSDGs推進の遅れが指摘される日本では、具体的な施策を打てていない企業も多いかもしれない。
大学在学中から環境エンジニアとしてサステナビリティ領域のベンチャービジネスに携わり、2019年1月にサステナブル・ラボを創業した平瀬錬司(ひらせ れんじ)さんへの取材をもとに「持続可能なビジネスのあり方」を探りたい。
先進国と比較して「開示」が甘い日本企業
この企画の背景には、筆者が居住する北欧地域と比較した日本の持続可能性への対策の遅れや意識の薄さが挙げられる。気候変動対策に多額の予算を割き、ワークライフバランスのよい働き方が一般的である北欧と比較すると、どうしても日本の遅れが目についてしまう。
そこでまず、「SDGsへの貢献」を観点に、欧州や欧米と比較した日本企業の問題点を平瀬さんに聞いてみた。
「先進国の企業に比べて、日本企業のSDGs貢献度が著しく遅れているとは思いませんが、『開示』や『説明責任』に対する考え方は非常に甘いと思います。例えば、先進国の企業は産休育休の取得率、職階ごとの男女比率、事業により排出される温室効果ガス量などが比較的開示されているのに対し、日本企業はほとんど開示されていません。
日本企業の大多数は『企業は利益を出す組織であり、環境情報の開示は二の次』と考えているような気がします。企業の社会課題への認識が低いんです」
平瀬さんは、「説明責任を負うのがSDGs貢献の第一歩」と続ける。
「日本人は『揚げ足を取られたくない』という気質が強く、都合が悪いこと、取り組みが不十分なこと、よく分からないことは隠しておきたいという気持ちが働くと思います。しかし、10年後、20年後の未来に向けてより良い社会構築を目指すSDGsでは、隠し事をせずに情報を開示するのが第一歩であり、社会的責任を負う企業の義務ともいえます」
SDGsを達成するための3つの視点とロードマップ
平瀬さんが指摘するとおり、欧州や欧米に比較して意識の違いは見られるものの、近年は大企業が気候変動対策を大々的に打ち出し話題となったり、レジ袋が有料化されたり、日本社会にも確実に変化が起きている。
とはいえ、SDGs推進・達成のための具体的施策は企業の状況により大きく異なり、国内の成功事例も少ないことから、立ち往生している企業も少なくないはずだ。そんな企業に向けて、平瀬さんは以下3つの視点を挙げた。
1. 10年後の企業価値を見据える
「競争の激しい現代では『安くて、早くて、おいしい』といった、目先の利益を追求した販売手法を選ぶ企業が目立つかもしれませんが、SDGsへの貢献という観点では、足元だけにとらわれた戦い方はおすすめできません。10年後、20年後を見据えて自社の企業価値を見極めることが重要です。完全に視点を切り替えるというより、視点を一つ増やすという考え方です」
2. 社会合理性を追求する
「経済合理性だけでなく、社会合理性を追求する視点がSDGsでは欠かせません。例えば、環境にやさしい材料を使用すると原料費は上がるかもしれませんが、社会性を視点にすると原料を変えたほうが商品・ブランド価値が高まるでしょう。特に中小企業は経済合理性では大企業に負けてしまうので、社会合理性を重視して差別化することで、結果的に企業寿命が伸びる可能性があります」
3. 情報を開示する
「重複になりますが、まずは情報開示が基本です。昨今は企業対顧客、企業対株主という図式が崩れ、企業と顧客・株主が一緒に価値を創造していこうという共創関係ができつつあります。そのためには、人間関係を作るときと同じように自社の内側を開示する必要があります。現状、満足な数値に達していなくても、さまざまな内部情報を開示してステークホルダーを巻き込みながら、達成を目指すマインドが求められます」
平瀬さんが提示した、SDGs貢献の取り組み方の指標となるロードマップは上記のとおり。1〜2年をかけて現状把握・戦略立案を行い、3年目以降から施策を実行、変化を観測しながら随時、軌道修正を行い、まずは5年後を目指して、腰を据えて取り組むのが良いという。
「SDGsの貢献に必要なのは“辛抱強さ”です。短期的な結果を求めるなら、むしろ取り組まないほうがいいと思います。持続的に取り組むコツとして、単純に数値目標を追い求めるのではなく、目標に向けた長期的な取り組みにより予想されるメリットを意識するとモチベーションを維持しやすいかもしれません。
例えば、ダイバーシティ重視の施策推進によって、採用の窓口が広がり採用効率が上がる、採用コストが下がるなどのメリットが。女性活躍の推進によって、女性社員の離職率が下がる、企業イメージが向上するなどが考えられるでしょう。目標設定と同時に、将来のキャッシュフローに対する仮説を立てて、取り組んでみてください」
14項目で上場企業2000社をランキング「ESGテラスト」
SDGs推進に取り組むにあたり、平瀬さんは「自社を含めた周辺情報を知ることが重要だ」とも指摘する。サステナブル・ラボが提供する、SDGs推進度をスコア化した非財務ビッグデータ「ESGテラスト」は、SDGsを推進したい企業、あるいは推進中の企業が現状を把握する目的で使用するケースも多いという。
スコアの基準はエネルギー、水、気候変動、ダイバーシティ、労働者の権利、働き甲斐・働きやすさ、リスク管理などの14テーマだ。公式サイト上では、各テーマ別・業種別に東証一部上場の2000社のトップがランキング形式で紹介されている。
サブスクリプションモデルの有料サービスに申し込むと、1企業20ページを超える詳細なレポートを受け取ることが可能だ。レポートには一般向けに広く公開されている情報と有料の非公開情報が含まれ、「スマートデータ」と呼ばれるリアルタイムの電気使用量も閲覧できるそうだ。
「SDGs推進に積極的に取り組む企業でさえも、温室効果ガスや廃棄物の量などを定量的に把握できている企業は多くないと思います。何となく環境に良さそうだからではなく、多面的な数値を把握すると建設的な議論や計画立案につながります」
開示するだけでトップ10にランクインする企業も
ESGテラストのランキングでは、「今現在のランキング」と「前回のランキング」が掲載されており、データは随時更新されているそうだ。
前回と現在の順位を比較すると、圏外から一気にトップ10に躍進した企業もいくつか見られる。これは前回は開示されていなかったデータが開示されたことによる変化だという。
分かりやすい事例だと、ヤマハ株式会社は「水」のランキングで前回1471位だったが、現在は2位にランクインしている。
「水のテーマでは、水の使用量や水質汚染への対応などが具体的な基準です。ヤマハさんは前回、水関連の情報を開示されていなかったことから順位は低かったのですが、情報を開示した途端、一気に2位となりました。この事例が示すように、情報を開示することではじめて見える事実もあります。
補足として、水の使用効率が良い企業は二酸化炭素の排出量や廃棄物も総じて少なく、なおかつ営業利益率も高い傾向が見られます。トヨタさん、ヤマハさんもまさにそうで、水をムダ使いしない企業を目指すと、売上高あたりの環境負荷が低く、結果的に利益率の向上につながるのではないかと思います」
将来の予測がしづらい現代社会において、5年後、10年後の変化を目指して地道な施策を続けていくのは、忍耐が伴う。しかし、何の対策も講じなければ気候変動やエネルギー不足の課題が進行するのは明らかであり、それを無視して自社利益だけを追求するのは無責任ともいえる。SDGsは地球に生きるすべての人に関わる問題なのだから。
<取材協力>
サステナブル・ラボ株式会社
https://suslab.net/
取材・文:小林香織
編集:岡徳之(Livit)