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コロナ禍でリモートワークが普及する中、欧米の企業では新しい福利厚生の形が生まれている。アプリを使って会社がベビーシッターを派遣したり、オンラインのフィットネスプログラムを社員に提供したり。家に引きこもりがちな社員には散歩を促すためのインセンティブを与えるところも出てきた。新しい働き方に応じた福利厚生の「ニューノーマル」をレポートする。
身体を動かすのは一石二鳥
米ソーシャルネットワークサイトの「Pinterest」は福利厚生の一環として、サンフランシスコの美しい本社で従業員向けのヨガやエアロビクスクラスを提供してきた。しかし、新型コロナウイルスの拡大を受け、オフィス内のこうした活動ができなくなってしまったため、昨年春以降は「Zoom」などのツールを使って、オンラインのフィットネスクラスを提供している。各クラスが始まる15分前に「Slack」で通知が送られることになっている。
アメリカでは学校の閉鎖も長引き、家庭での自習が中心になっているため、昨年5月からは子供と一緒に参加できるダンスクラスも提供しているという。仕事と子供の世話の両方に追われる従業員を助けるプログラムだ。
家電量販店の「Best Buy」も1万6000平方フィート(4900平米)のジムが従業員にとって魅力的な福利厚生となっていたが、パンデミックにより2020年3月以降は閉鎖。ライブストリームによるフィットネスクラスに切り替えた。「Zoom」や「Microsoft Teams」を使って、パーソナルトレーナーによるオンライントレーニングも実施しており、現在は1100人がこれを利用しているという。
同社にフィットネスプログラムを提供する「HealthFitness」のバイス・プレジデント、Ann Wyatt氏は、「身体、経済、感情、社会、環境――すべての福祉の側面は相互に関係していますが、身体のウェルネスは現実的な出発点です」と指摘。身体を動かすことでメンタルヘルスや他のウェルネスにもポジティブな影響を及ぼすと説明している(『Human Resource Executive』より)。
歩けば歩くほど「フィットコイン」がたまる
会社からのフィットネスクラスの提供はあっても、なかなか腰を上げない従業員もいるだろう。一日中、コンピューターの前に座って、休憩時にはスマホをいじる生活パターンは、運動不足やストレスの蓄積、生産性の低下や生活習慣病の発症にもつながる。そんな生活パターンを改善するため、オランダでは従業員の散歩にインセンティブを与える試みもみられる。
自転車メーカー「Gazelle」、保険会社のONVZのほか、IBM、SAPなどで導入されているのが「It’sMyLife」というアプリ。社会保険銀行(SVB)の派生組織が開発したもので、従業員が運動をするたびに「Fitcoin(フィットコイン)」がたまるシステムだ。
歩いて1000歩、またはサイクリング10分間でフィットコインが1つもらえる。たまったコインは野菜・果物やシアターへの入場券など、カタログで選んだ商品やサービスに交換できる。企業によって内容をカスタマイズできるため、各社は提携企業の商品やサービスを組み込んでこれを提供している。
歩けば歩くほどコインがたまる――従業員にとっては、健康とコインを同時に手に入れることができる一石二鳥の福利厚生なのだ。
目標達成で保険料金の割引も
オランダの保険会社「Menzis」が提供するアプリ「SamenGezond」を福利厚生に利用する企業もある。同アプリは専門家に開発された有料のダイエットプログラムを提供しており、6週間で3~5kg減量できるという。パーソナルなプランを立てるガイダンス、日替わりメニュー例とレシピ、食事日記、Eメールによるコーチングなどにより、ユーザーがモチベーションを保ちながら無理なくダイエットできるプログラムだ。
アプリでは、「It’sMyLife」と同様、ポイントをためて商品やサービスと交換するプログラムも提供されている。こちらは散歩、サイクリング、ジョギングで1週間の目標を設定し、それが達成されるごとにポイントが得られ、オランダの人気オンラインショップ「Coolblue」や「HEMA」などの割引券と交換できる。
企業がこれを社員の福利厚生に利用する場合は、上記のサービスのほか、コーチングや心理カウンセリングなどからもメニューを選べるほか、ポイント交換の商品・サービスをカスタマイズすることもできる。社員がMenzisの保険を利用する場合、年間の保険料を60ユーロ割引することも可能だという。運動すれば健康も促進され、保険会社にとってもリスク軽減につながるという「Win-Win」状況を生み出せるのかもしれない。
ベビーシッターや家庭教師を会社が派遣
在宅勤務でいちばんチャレンジングな状況といえば、子供が家にいながら仕事をすることだろう。ロックダウンで学校が長期的に閉鎖されたオランダでは、「在宅勤務と子供の世話と家庭教育を組み合わせるのはムリ!」という声があちこちから挙がった。
アムステルダム拠点のベビーシッター派遣事業者「Charly Cares(チャーリー・ケアーズ)」は、働く親たちの声をいち早くキャッチし、企業向けのサービスを開始した。同社のサービスは、ユーザーが専用アプリをダウンロードして、月々の使用頻度に合わせてサブスクリプションメニューを選び、「エンジェル」と呼ばれるベビー/チャイルドシッターを予約できるシステムだ。
会社が福利厚生でこれを利用する場合は、社員1人に対して会社が固定料金を支払うという設定ができるほか、社員が制限時間内でベビー/チャイルドシッターをフレキシブルに予約し、使った時間のレポートを会社が受け取るという設定もできる。
「デロイトトーマツコンサルティング」や不動産管理会社の「Havensteder」などがこれを利用しており、社員の反応は上々だ。仕事に集中し、ストレスを軽減するのに役立っているという。オランダでは昨年12月中旬から始まった2回目のロックダウンで、同アプリの需要は500%アップした。
一方、オランダの中堅エンジニアリング会社「Everspartners」では、小学生の子供を持つ従業員数十人に対して3人の家庭教師を雇い、シフトを組んで派遣している。「Facebook」や「Linkdin」といったSNSを使って、教師の資格を持つ人材を探して実現させた。中高生の子供を持つ家庭には、オンラインの個人指導を提供しているという。仕事と家庭教育を両立させたい両親には、有難いサポートだ。
賃金そのままで労働時間を短縮
こうした物理的なサポート以外に、労働時間を短縮することで、ロックダウン生活のバランス保持を支援する企業もある。
オランダの通信最大手KPNでは、12歳未満の子供を持つ従業員に対して、有給の休暇時間を追加。従業員が4時間の休暇を取る際、会社が4時間分を追加して丸1日休むことができるようにした。それ以外の従業員に対しては、6時間の休暇に対して、会社が2時間分を追加することになっている。
金融サービスプロバイダーの「Aegon」でも従業員の労働時間を「1日最低4時間」とすることで、フレキシブルな働き方に対応。チーム内で時間を調整する必要があるが、時短による賃金の調整はなく、週末や夜など「できる時に仕事をキャッチアップするのは歓迎」というスタンスだ。勤務時間ではなく、成果で仕事を評価する仕組みがあればこその措置だろう。
自宅勤務のストレスを軽減し、社員がハッピーに働ける環境を提供することは、企業の新たな役割になってきた。従業員の働く環境の変化に応じて、各企業は組織の目的と、従業員や家族へのサポートのあり方を大胆に再定義していく時期にきていると言えるだろう。
企画・文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)