メッセージアプリとして世界一のユーザー数を誇るWhatsApp。シンプルで使いやすいそのアプリは、2021年1月の統計で、世界180カ国で月に20億人以上のユーザーがアクセスする超巨大メッセンジャーだ。

最も利用者の多い国インドでは4億人が利用し、世界全体ではミレニアル世代の54%、ベビーブーマーの36%が毎日WhatsAppを利用。2017年の大みそかには、新年を祝うメッセージが750億件送信された。

テキストメッセージや写真、動画の送信、ビデオ通話も可能で、LINEのような友だち登録機能やゲーム、ニュース、ステッカーなどはなく、電話番号だけで利用できるうえ、メッセージが暗号化される安全性も人気の理由だ。

この暗号化により、メッセージの内容が把握できないため、中国では現在WhatsAppが利用できないという事実も、このアプリがセキュアであることを証明しているだろう。

一方、日本でなじみの深いLINEはアジア圏内で主流だが、アクティブユーザー数は2020年の統計(Statista)で8400万人にとどまっている。

このWhatsAppは、2014年2月にFacebookが190億ドル(約2兆円)で買収したことでも話題になった。だが、この買収が今回のプライバシー騒動を生み出す結果となってしまった。

ビジネス利用も多いWhatsApp。ドバイではクリニックの予約や問い合わせなどHPの画面からWhatsAppでやり取りされる。(https://www.luciaclinic.com/ より)

騒動の発端となったプライバシーポリシー

WhatsAppは今年1月、新たなプライバシーポリシーを発表。これに同意しなければ、期限の2月8日以降アプリの使用ができなくなると発表した。

この新しいプライバシーポリシーは、親会社であるFacebook社との情報共有を許諾するもので、電話番号や電話帳、写真、メッセージの一部が自動的にFacebookへと流れることになり、拒否するオプションはない。しかしながら、予想以上に猛反発を受け、WhatsAppは2月の期限を一旦5月15日に延長するなど、対応を迫られている。

新しいポリシーに不信感や疑念を抱いた利用者は、一気に代替アプリへと流出した。慌てたWhatsApp側は、説明不足だった、誤解がある、として複数の声明を発表するなど、火消しに追われているが、このWhatsApp一強だったメッセージアプリの市場はその図を大きく変え始めている。

では、どの代替アプリが一番セキュアなのか。

鉄板の安全性を誇る「Signal」

https://signal.org/ より)

メッセージの安全性を考えたときに、各専門誌やサイトで圧倒的に支持されているのが「Signal」だ。

プライバシーを重視したアプリとして以前から注目されていたが、今年1月にイーロン・マスク氏がTwitterで「Signalを使おう」と投稿したことでも、話題となった。このツイートは、WhatsAppのプライバシーポリシー発表に反応したもので、この投稿により、彼のフォロワーたちを中心に、噂を聞きつけたWhatsAppユーザーがこぞってSignalをダウンロード。

その結果、GooglePlayでは72時間のうちに5000万ダウンロードを記録し、利用者数の急増によって、登録認証用SMSがなかなか届かないなどの技術的問題が発生する事態となった。

Signalではメッセージがエンドツーエンド暗号化(E2EE)される。(What is end-to-end encryption and how does it work? より)

SignalはWhatsApp同様に、電話番号の登録ですぐに利用できるため、新しいユーザー名の登録やパスワードに悩まされることもない。

メッセージはエンドツーエンド暗号化(E2EE)されるため、これまでのように政府やハッカーによってカギを握られ、オリジナルメッセージの解読をされる心配がない。もちろん、受信者のコンピューターがハッキングされる可能性はゼロとは言えないため、メッセージの安全性は100%確保できないものの、リスクはぐっと少ない。

このことを踏まえて2020年夏、アメリカの「ブラック・ライブス・マター」運動の際に、デモ参加者の多くがSignalを利用。それは、警察がメッセージの内容を把握したり、位置情報にアクセスしたりすることができないとされていたためで、一気に利用者数を増やした。

ニューヨークタイムズ紙によれば、同年5月に白人警察によって殺害された黒人男性ジョージ・フロイド氏の死以降、6月の第1週には5倍のダウンロードがあったとのこと。

このように、SignalがWhatsAppやSMS、Facebookのメッセンジャーと一線を画すのは、メッセージの安全性にあると繰り返される。

絵文字やステッカーの開発よりも、安全性やプライバシーに力を注いだアプリで、あのスノーデン事件のエドワード・スノーデン氏も推薦しているほどセキュアなアプリのようだ。

最大の特徴は「消える」メッセージ

「プライバシーにこんにちは」と他のアプリを揶揄するインドの記事。世界最大のユーザーを抱える国では早い時期からプライバシーに関する懸念の声が上がっていた。(https://www.theindianwire.com/social-media/can-signal-app-pose-a-warning-signal-for-whatsapp-and-telegram-285763/ より)

Signalは電話番号以外のデータ収集をせず、メッセージの保管もしなければ、政府やいかなる機関もこれを要求することができないため、メッセージの安全性は固く守られている。

さらに、メッセージ内容は「消える」ことが前提で、タイミングは5秒後から1週間の間で設定し、履歴は跡形もなく消えるようになっている。スクリーンショットで保存という抜け穴はあるものの、逆にそこまでしなければ履歴は残らない。

FBIやCIAにとっては厄介な存在であることはたしかだが、欧米の有力誌、ガーディアンやワシントンポストなども、記者への安全なコンタクトにSignalを利用するよう推奨している。

ちなみにSignalの執行役員はWhatsAppの創設者の一人。元からあったテキストメッセージと音声メッセージのシステムを融合し、暗号化を取り入れるなどの過程を経て、Signalとして正式に発足したのが2014年。

2018年にSignal財団を設立し、この執行役員が提供したスタートアップ資金5000万ドル(約54億円)を元に、現在も寄付金だけで運営されている非営利団体によるアプリで利用料は無料。なお、動画の送信はできないが、ビデオコールは可能だ。

有力候補その2「Telegram」

「Telegram」もSignal同様、メッセージや画像、動画、ファイルの送信は送受信者の双方で暗号化され、こちらも会話履歴が自動的に消えるため、会話を始める際に消える前提の会話、としてスタートする必要がある。

またSignalと異なる点は、ユーザーネームを設定することができ、最大20万人のグループへのメッセージ発信が可能なこと。そして、メッセージの暗号化は1対1の会話のみに適用され、こうしたグループメッセージには適用されないということだ。

それでもその秘匿性の高さから、数多くの独立メディアがTelegramを利用しており、2018年から2年間ロシアでは利用が禁止されていたほどだ。

TelegramがSignalより優位性を誇る点は、2GBまでの大きなファイルの送信が可能なこと(Signalは最大100MB)、クラウドであるためデバイスを変更しても会話履歴が持ち越されること、そして動くステッカーなどのユーザーインターフェースが充実しているため、よりSNSの雰囲気を擁していることだ。

2020年のTelegramの新規利用者は1日あたり約150万人と発表されていたが、今回のWhatsAppの騒動で、同社は72時間のうちに2500万人の新規登録者数を獲得し、月間の利用者数は5億人の大台を突破した。

しかしながら、利用者のおおよその位置情報を表示する機能を備えていたこのアプリは、その情報があまりにも正確過ぎると物議を醸したこともある。同社はオプトインの機能だとして利用者の自己責任を促し、今後有料サービスの拡充計画を進めるものの、プライバシー保護に妥協はしないと強調している。

軍や政府が認める「Element」

ヨーロッパで開発されたElementは利用料永遠に無料とうたう。(https://element.io/ より)

WhatsAppユーザーの大量流出で利用者数を爆発的に増やした上記二社だけでなく、欧州発のアプリ「Element」にも注目が集まっている。

日本ではあまりなじみがないが、同社はSignalやTelegramよりも安全性が高いとして、欧州各国政府やドイツ軍で導入されている実績があり、2020年のユーザー数は2700万人。さらに今回のユーザーの大移動によって1月の新規登録者数は400%増加したとしている。

安全性が高いとする根拠は、データ保存のサーバーを自分で選ぶことができること。初期設定では、イギリスのケンブリッジにあるサーバーへの保存、となっているものを自分の信頼しているサーバーに変更できる。それは自分自身のサーバーでも良いし、他人所有のサーバーや購入したサーバーでも、どこでも可能だ。

Elementの創設者の一人は「Signalのデータが安全だと言われているものの、保管されているサーバーは一か所で、世界的にも最も価値あるターゲットとなり得る」とその危険性を示唆。現在ドイツとフランス政府、アメリカとイギリス政府の一部がElementを利用しているが、データはそれぞれの国のサーバーに保存され国境を越えないとしている。

パンデミックによる利用者の増加とセキュアへの意識

こうした動きは、パンデミックによるテレワークの拡大も影響している。

パンデミック開始後の初期段階には、全世界で1日150億分ものWhatsApp通話が利用された記録がある。ステイホームによって、なかなか会えなくなった家族や友人とのコミュニケーションもそうだが、テレワークを通じて、これまでメッセージアプリを利用してこなかった層や会社が、コミュニケーションツールとしてアプリを使用せざるを得ない状況になっているからだ。

法人の利用に関しては特にデータ送信の安全性が厳しく吟味され、アプリを選択する傾向にある。中でも政府機関や法執行機関、バイオテクノロジーや製薬会社などでは、他国のサーバーにデータを送るようなことはできないだろう。そういった点でもElementが選ばれるのも納得がいく。

2021年3月、LINEの個人情報が中国や韓国で閲覧できる状態であったことが発覚し、日本で大きなニュースとなっている。LINE側は声明を発表し、「説明不足であった」と釈明したものの、メッセージアプリの安全性、メッセージ内容の秘匿性について政府と人びとが認識を新たにしたことも事実だろう。

終わりの見えない新しい生活習慣に、必須となるコミュニケーションツールのメッセージアプリ。日本でもLINE以外の選択肢がそろそろ増えてきても良いころかもしれない。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

参考

https://sifted.eu/articles/element-whatsapp-exodus/

https://www.popularmechanics.com/technology/apps/a25736/signal-app-guide-how-to-use/

https://savedelete.com/software/best-messaging-apps-in-2021/399772/

https://element.io/

https://www.androidpolice.com/2021/01/12/whatsapps-new-terms-of-service-are-a-facebook-or-die-ultimatum/

https://www.cnet.com/news/after-musk-tweet-signal-and-telegram-see-millions-of-new-downloads/