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コロナショックから早1年。ワクチン接種が始まり、収束への道筋もわずかながら見え始めてきたが、ウィズ・コロナの生活は当分の間続きそうだ。
コロナ禍で労働環境が激変する中、社員の健康・安全管理の指揮をとる「チーフ・メディカル・オフィサー(以下、CMO)」を設置する企業が欧米を中心に増えている。
CMOとは経営幹部に属する医療の専門家だ。彼らは会社全体の意思決定に携わり、従来の産業医とは一線を画す存在だ。なぜ今、CMOが増えているのか?
オーストラリアの大手小売り「ウールワース」がCMO職を創設
2020年8月、オーストラリアの大手小売チェーン「ウールワース」がCMOのポストを創設。産業医として20年以上の経験を持つ、ロブ・マッカートニー医師がCMOに就任した。
同社のブライアン・ロングGMは「チームと顧客の安全が最優先事項」としたうえで、CMO創設の理由を「コロナ危機を乗り越え、社員・顧客の安全と幸福に対する長期的な意思決定をするため」と述べている。
世界的なパンデミックを乗り越えるには、専門家の知見が不可欠だ。ビジネスのあり方が劇的に変化している今、経営幹部に医療の専門家を迎えることは最大のリスクヘッジにもなる。
また、ウールワースのように消費者と直にふれ合う小売業では、安全管理をしっかり行うことは企業生命にも関わる。CMOを設置することで「コロナ対策をとっている」という対外的なアピールになり、企業イメージの向上にもつながるだろう。
200名の看護師を大量採用した「タイソンフーズ」
アメリカの食肉加工最大手タイソンフーズも、2020年12月にCMO職を新たに設置したと発表。
食肉加工品メーカーとして世界2位の売り上げを誇るタイソンフーズは、約14万人の従業員を抱える巨大企業だ。最近は人工肉の製造にも乗り出し、ビヨンド・ミートの対抗馬としても注目を浴びている。
タイソンフーズのCMOには、メットライフ生命など数々の企業でヘルスケアを指導し、米国空軍で航空医官の経験もあるクラウディア・コプレイン医師が任命された。彼女は最高人事責任者の直属となり、同社の健康・安全・ウェルネス面全体の指揮をとる。
タイソンフーズはコロナ対策に力を入れており、5億4000万米ドルをかけてウォークスルー型温度感知機などの設備投資をしている。症状のあるなしにかかわらず、全従業員に対して大掛かりなPCR検査を行っており、すでに過半数が検査済みだという。
従業員向けの医療サービスも拡充しており、現在国内7カ所の工場で従業員とその家族向けのクリニックを建設中だ。昨年は看護師と医療スタッフ200名を新たに雇い、同社の医療スタッフは総勢600名に達したという。CMOはクリニック建設の指揮や医療スタッフ全体の統括もまかされている。
コロナ対策は国や地域によって対応が異なり、今回のパンデミックで私たちは各国の医療システムの違いについても知ることとなった。国民皆保険でないアメリカは、医療サービスを受ける際に高額な医療費がかかる。これまでも潜在的にあった医療格差の問題が、コロナ禍であらためて浮き彫りにされた形だ。
多くのブルーワーカーを抱えるタイソンフーズにとって、安心して医療を受けられる体制を整えることは、従業員を定着させる狙いもあるだろう。なお、建設中のクリニックにはほぼ無料でかかれるという。
同社はCMOの設置やクリニック建設などを「チームメンバーの健康への投資」と位置づけている。社員に長く安心して働いてもらうための戦略として、ウェルネス面でのサポートは今後さらに重要になってくるだろう。
CMO設置、3つの理由
米国でコロナビールなどの販売を手がける酒類販売大手「コンステレーション・ブランズ」もCMOを迎え入れた企業の一つだ。同社はCMOと従業員がオンラインで直接対話できる機会を設け、コロナに対する不安の払拭を図っている。
同社はCMO職を設置した理由として、次の3つを挙げている。
まず、従業員の健康管理だ。スタッフは小売店やレストランで対面して仕事をする場面が多く、日々感染リスクにさらされている。彼らの健康を責任持って守り、気軽に専門家に相談できる枠組みをつくることは、企業として必要だと考えた。
次に顧客の安全。コロナ情報は日々アップデートされ、状況は刻々と変わっている。常に最新の信頼できる情報を獲得し、専門家の判断のもと行動管理をすることは、顧客の安全を守ることにもつながる。
3つめは、企業コンプライアンスの徹底だ。グローバル企業である同社は、米国のほかメキシコ、ニュージーランド、イタリアなどに支社を置く。コロナ感染状況は国によってばらつきがあり、対策も各国の政府・自治体に委ねられている。ゆえに、一貫した行動統制は困難であり、混乱も生じやすい。CMOの見解を全体で共有することで、多少なりとも足並みはそろえられ、コンプライアンスも守れるだろう。
企業理念に「ウェルビーイング」を掲げる楽天の試み
これまでは海外の事例を紹介してきたが、日本でも「社員の健康・幸せを守る」動きは加速している。
日本のECをリードする楽天もその一つだ。企業理念に「ウェルビーイング(よりよく在ること、幸せ)」を掲げている同社は、2019年にチーフ・ウェルビーイング・オフィサー(CWO)のポストを経営執行部に創設した。奇しくもCWO設置からほどなくしてコロナショックが襲来。リモートワークへの切り替えを余儀なくされ、働く環境は激変した。
楽天のCWOを務める小林正忠氏は、ウェルビーイングには社員のBeing(在ること)とDoing(行動すること)のバランスが大切だとしたうえで、「リモートワーク下はDoingが過剰になる傾向」を指摘している。リモートにより作業や会議(Doing)の無駄が省かれ効率は上がったかもしれない。その一方で、チームとしての一体感(Being)は著しく下がったと感じる人も多いだろう。
楽天ではチームのウェルビーイングを上げるため、「Huddle Empowerment」という取り組みをしている。CWO直轄のウェルネスチームが各部署・チームのオンラインミーティングに顔をだし、数分間ストレッチや軽い運動をナビゲートするというものだ。
たった数分間だが体を動かすことで爽快感があり、「ワンチーム」としての一体感も感じられるという。このほか、三木谷氏や幹部も参加するオンラインラジオ体操も行われている。
労働環境の急激な変化や「コロナ疲れ」によるストレスは、働く意欲の低下にもつながりかねない。従業員の身体的・精神的なケアをすることは、これからの企業経営に不可欠な要素となるだろう。コロナによるウェルビーイング意識の高まりは、パンデミックがもたらしたポジティブな一面かもしれない。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)
<参考>
What exactly is a Chief Medical Officer – and should you hire one?
Does Your Company Need a Chief Medical Officer?
Woolworths hires first chief medical officer
Tyson Foods Names Dr. Claudia Coplein As Its First Chief Medical Officer