新型コロナウイルスにより世界中の人々の生活や働き方が一変してから、一年以上が経過した。この間に日本でも在宅勤務の導入が大きく進み、リモートワークに対する制度や補助などを整備する企業も急増している。

例えばパナソニックは2021年4月から在宅勤務手当として月3,000円を支給する一方、通勤交通費については定期券代の支給を止め、実費精算とする新制度を発表している。ソフトバンクやNTT、ホンダなどもすでに同様の制度の運用を開始している。

日本では今のところ、在宅勤務時の光熱費や通信費の負担増を賄うための在宅勤務手当を支給し、その代わり通勤交通費を減らすという月数千円~数万円レベルの調整が多くを占めている。

一方、アメリカではリモートワーカーの報酬体系を刷新する企業も増え、アフターコロナの在宅勤務のあり方について議論が深まっている。

新型コロナウイルスの影響でリモートワーカーの割合が急増

新型コロナウイルス流行後、アメリカの多くの州では日本より厳しいロックダウンが行われ、企業のオフィスも業種によっては半年以上の完全閉鎖が命じられた。

その結果、アメリカで完全在宅勤務を行う人の割合は、コロナ流行前には8%だったところ、流行後には35%まで上昇している。今後ワクチンの普及によってオフィスワークに戻る人たちも増え、100%在宅勤務者の割合は減少すると予測されているものの、コロナ前の水準にまで戻ることは無いだろうとされている。

すでにグーグルやフェイスブックといった大手テック企業は、コロナ後も恒久的な在宅勤務の継続を認め、週に数日オフィスに出勤し、残りはリモートワークとするハイブリッド型の勤務体系も計画していると明らかにしている。それに合わせ、オフィスワーカーとリモートワーカーで別々の福利厚生を設定する動きも出てきている。

アメリカの都市部から生活コストの安いエリアへの移住が加速

アメリカで在宅勤務の増加に伴って発生したのが、生活コストの高い大都市から、割安な地方への人の流出だ。日本と同様、アメリカでも都市部では家賃などの生活コストが高く、同時に平均給与も高水準になる。地方はその逆だ。

アメリカの場合、税金も各州によって大きく異なるため、どこに住むかは家計に大きな影響を与える。例えば、カリフォルニア州は全米一所得税が高く最大13.3%だが、その隣に位置するネバダ州は所得税ゼロだ。また、消費税が10%前後の州もあれば、0%の州もある。

都市部にあるオフィスに出勤する必要がないならば、生活コストの抑えられるエリアに住みたいと考えるのはごく自然なことだろう。そこで生じるのが、生活コストの安い地域に住みながら、都市部基準の高給でリモートワークをする「良いとこ取り」は可能なのか?という議論だ。

郊外に移住したリモートワーカーの給与をカットする企業も

リモートワーカーの待遇を決める際には、3つのアプローチが存在するという。企業の本社やオフィスがある場所を基準にするか、従業員の住んでいる場所を基準にするか、それともマーケットのトレンドで決めるのか、だ。

アメリカではこの数カ月で、生活コストの高いオフィス周辺から郊外に移住したリモートワーカーに対し、体系的な給与カットを提示する企業が増えてきている。例えば、不動産テック企業のRedfinは約1,000人の本社勤務従業員に対し、オフィス再開後も100%リモートワークを認める条件として、「ローカライズした待遇」を受け入れることを提示している。

この制度を作るにあたり、Redfinは約7,500もの都市の給与水準と生活コストを調査し、大きく高・中・低の3つに分けた。まず生活コストが最も高いアメリカ西海岸のサンフランシスコやロサンゼルス、そして東側のニューヨークやボストンといった大都市に住む従業員は、シアトル本社と同等の給与水準となる。

中間層にあたる都市群は、上記の大都市からの移住が多いエリアで、オースティン、ボルチモア、シカゴ、ヒューストンなど。従業員がこのエリアに住んでリモートワークをする場合、10~15%の現金報酬カットと、10~20%の株式報酬カットがされる。

ボルチモア

さらにそれ以外のエリア(アトランタなどいくつかの大都市も含まれる)に移り住んだ従業員は、20%の現金報酬カットと25%の株式報酬カットとなる。同じニューヨーク州内でも、マンハッタンから郊外へ移り住むだけで20%の給与カットとなる人もいたという。

2020年9月にこのポリシーが打ち出されてからRedfin社内でも様々な議論が持ち上がったが、この制度を活用し自分にとってより好ましい生活環境を手に入れることを選択した従業員もいた。

例えば、スノーボードが趣味のプロダクトマネジャーは、シアトルからスキーリゾートの街ベンドに移住した。ベンドの平均給与水準はシアトルより22%低かったため、移住による10〜15%の給与カットも、彼にとってはリーズナブルだったという。

リモートワーカーの待遇は人材市場の需給次第

FacebookやTwitterも、無期限の在宅勤務を認めるアナウンスをすると同時に、本社のあるサンフランシスコ・ベイエリアから流出した従業員に対しては、給与のカットも行う方針を示している。

決済プラットフォームのStripeは、ニューヨーク・サンフランシスコから離れる従業員に対し、2万ドルの引越し費用を会社が負担する代わりに、今後10%の給与カットを適用するとしている。

このようにリモートワーカーの居住地に応じて給与を調整し、生活コストの高い都市部に住み続ける必要のあるオフィスワーカーとのバランスを取ろうとする企業がある一方で、ソーシャルメディアの大手Redditのように、従業員の居住地を理由とした給与カットはしないと宣言している企業もある。

さらに、地方に移住したからとすぐに給与カットはしないものの、今後の昇給幅を抑えて徐々に移住先の給与水準に近づけていく、というやり方を取る企業も多いという。

というのも、働く場所に縛りが少なく100%リモートワークが可能になりやすいのは、テック業界でもITエンジニアやデベロッパーといった人たち。高度な技術を持った彼らは依然、採用市場で需要が高い人材のため、地方に移住したからと待遇を悪くすれば他社に流出してしまう可能性が高い。

そのため、生活コストの安い地域に移住してフルリモートで働いているからといって、一概に給与カットに踏み切れない企業も多いそうだ。

リモートワークによってアメリカ全土で一つの採用市場が形成

働く場所にとらわれないリモートワークの広まりと共に、アメリカの採用市場にも大きな変化が起きている。

従業員が別の場所に移住してもリモートで働き続けられるということは、裏を返せば企業にとっても採用の裾野が大幅に広がっていることを意味する。つまり、全国のどこかで、より安く優秀な人材を確保できるならば、サンフランシスコやシアトルで高額の報酬を支払い人を雇う必要性が無くなるということだ。

さらに住んでいる場所にとらわれず採用できると、これまでより多様な人材を集めることも可能になる。特にITエンジニアやプロダクトマネジャーなどのポジションでは、コロナによるリモートワークの浸透と都市部外への人材の流出により、アメリカ全土で一つの採用市場が形成されつつある。

これがさらに加速すると、住む場所による給与水準の差も淘汰され、全国統一の水準に向かっていくのではないかとも想像される。

一方、大企業と中小企業のさらなる格差拡大を懸念する声もある。例えば、Facebookなどの巨大テック企業がアメリカ全土を対象にリモートワーカー採用を始めれば、各都市で地場の中小企業はそこと人材を取り合わなくてはならない。必然的に中小企業側は優秀な人材をキープすることが難しくなり、格差が拡大するのではないかとも危惧される。

このように、アフターコロナの働き方はまだ不透明な部分も多く、アメリカでも企業の対応はまちまちだ。しかし、一度これだけ普及したリモートワークが完全に無くなることは考えにくく、オフィスワーカーとリモートワーカーの混在した組織や、一部リモートワークを併用したハイブリッド型の勤務形態など、多様な変化が起きることは確実だろう。

アフターコロナの時代に向けて、日本企業も様々な可能性を視野に入れておく必要がありそうだ。

文:平島聡子
企画・編集:岡徳之(Livit