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新型コロナウイルスの感染拡大により、生活・ビジネスのスタイルに大きな変化を迫られる、私たちの社会。それはスポーツの世界も例外ではない。2020年は、スポーツにおける競技や観戦のあり方が問われ続けた一年でもあった。
代表例が越境だ。“国境という壁”を超えることが困難になったスポーツは、現在デジタルトランスフォーメションが進む。一方、空間的な制約が無くなることで、あらゆる国・地域の人々の参入が可能になり、新たなコミュニケーションも生まれつつある。
しかしスポーツが超えなければいけない壁は、国境だけではない。国籍、言語、宗教など、長い歴史の中で多様性を広げる先駆者であったスポーツは、現代に残存するあらゆる “壁”に対して、どのような役割を果たせられるかが試されている。
また、その壁を超えるために「テクノロジー」が一つのキーワードになるだろう。リアルとバーチャルという“壁”を超えることで拓かれる可能性は未知数である。そうした中、国内外の若者とタッグを組み、新たなアクティベーションに挑もうとしているのがパナソニックだ。
オリンピック・パラリンピックのワールドワイドパートナー(映像・音響機器、白物家電、電動アシスト自転車)でもある同社は、「GOING BEYOND BARRIERS」というテーマを掲げ、スポーツをテクノロジーの力で発展させるためのプロジェクト「SPORTS CHANGE MAKERS」を始動させた。
パナソニック「SPORTS CHANGE MAKERS」 サイト
来たるニューノーマルの時代、スポーツを「する側」「観る側」そして「支える側」に、どのようなイノベーションが生まれるのか。プロジェクトを推進する、パナソニック株式会社 ブランド戦略本部 オリンピック・パラリンピック課 プロジェクト担当の福田泰寛氏(以下、福田氏)に話を伺った。
若い世代が感じる“壁”を、技術の力で超えていく
パナソニックがオリンピック・パラリンピックをサポートしてきた歴史は長い。オリンピックは1988年のカルガリー1988冬季大会、パラリンピックは1998年の長野1998冬季大会以来、機器・技術の提供によって大会運営を支えてきた。撮影用ビデオカメラ、放送用モニター、AVセキュリティ機器など、映像・音響機材の多くは、同社の製品が使用されている。
そして現在、パナソニックは、国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会の協力を得て、開催するプロジェクト「SPORTS CHANGE MAKERS」を、2019年より進めている。スポーツをテクノロジーの力で発展させるアイデアを公募するコンペティションで、第1回の応募課題は「スポーツとテクノロジーであらゆる壁を超えろ。(GOING BEYOND BARRIERS)」。パナソニックの映像・音響機器技術を使って、オリンピック・パラリンピックのスポーツを“拡張”させるアイデアを、若い世代から募集した。
パナソニック公式YouTubeチャンネルより
福田氏「パナソニックでは、2016年のリオデジャネイロ2016大会が終わった頃から、東京2020大会に向けてどのように貢献するかを検討してきました。これまでパナソニックは、映像音響機器・技術を起点として大会に貢献してきたのですが、オリンピック・パラリンピックにおけるパートナーシップの意義を、もう一度原点に立ち返って考えたのです。
一方、2014年に国際オリンピック委員会で提言が決議された改革計画『オリンピック アジェンダ2020』では、若者との交流が謳われていました。若い世代とのエンゲージメントを高めていくことは、パナソニックの中でも顕在化しつつあった課題。そこで、若者とともに、スポーツを通じてより良い世界をつくっていこうと着手したのが、『SPORTS CHANGE MAKERS』です」
“壁”という言葉には、国籍、性別、民族、言語、経済格差など、あらゆる意味が含まれる。どの壁を課題の対象にするかは、参加する学生それぞれが決める。パナソニックの調査では、オリンピック・パラリンピックの価値は単純なスポーツイベントにとどまらないと考えている若年層は一定数いる一方、大学生がオリンピック・パラリンピック競技大会に参画する機会は限定的であった。
誰もが参加できる大会を目指し、選手や観戦者、ボランティアといった既存の関わり方以外の方法で、若者を受け入れることが、スポーツの将来につながる。それがパナソニックの考えだ。募集課題を“アイデア”としているのも、技術系を専門とする学生以外に間口を広げるという狙いがある。
若者のアイデアを募り、テクノロジーの力でスポーツをさらに発展させるという試みは、国内外含め、オリンピック・パラリンピックのパートナー企業による革新的な取組の一つの事例となった。
福田氏「『SPORTS CHANGE MAKERS』の特徴は、東京2020大会のみならず、その先の未来までを見据えていることです。参加学生は、東京、北京、パリ、LAで予選をして募っていますが、いずれも今後のオリンピック・パラリンピックの開催予定国。
秀逸なアイデアで予選を勝ち抜いたチームは、東京2020大会開催予定のこの夏(8月)に、国際オリンピック委員会、国際パラリンピック委員会、パリ2024組織委員会などに対して、プレゼンテーションを行う権利を獲得します。そのアイデアのブラッシュアップやデモ制作をパナソニックがバックアップし、実装を共に目指していきます」
国内外約200名の学生が挑んだ予選は、二次審査までが終了。各国・地域の代表グループが出揃った。最終プレゼンテーションは、2021年8月23日に行われる予定だ。
スポーツ×テクノロジーの可能性を広げる自由な発想を
パナソニックは、スポーツ×テクノロジーという方法で、あらゆる社会課題の解決に挑んでいる。映像機器・映像解析などを通じた競技力の向上などにも、取り組んでいる。スポーツ映像判定システムによる審判の正確なジャッジの支援は、身近な例であろう。
スポーツ関連機材において、既存のアセットを抱えている点が、パナソニックの強みである。これらの技術に、若者の自由なアイデアを取り入れることで、相乗効果が生まれる。そこに「SPORTS CHANGE MAKERS」の魅力があるのだ。
福田氏「例えば、パリ2024大会の種目に追加されることが決まっているブレイクダンスでは、新型コロナウイルス感染拡大以前からオンラインの活用が進んでいました。ブエノスアイレス2018ユースオリンピックの代表選考プロセスで、参加できる能力を持つにもかかわらず経済的事情によって予選大会に渡航できないといった不公平を避けるため、パフォーマンスを録画してエントリーするという方法が採用されていたのです。このように、テクノロジーによって“壁”を超えるアイデアがより普及すれば、より多様性に富んだスポーツ大会を開催できるはずです。若い世代の柔軟な発想力が求められるでしょう」
パナソニック株式会社 ブランド戦略本部 オリンピック・パラリンピック課 福田泰寛氏
新型コロナウイルスが猛威を振るい、空間的な移動が制約される中で、スポーツもバーチャルの導入がますます不可欠となった。一方で、スポーツにおけるリアルの魅力もある。バーチャルとリアル、二つの空間の融合は大きな課題であるが、それを解決するアイデアは、「SPORTS CHANGE MAKERS」で生まれるかもしれない。
福田氏「固定概念に縛られず、楽しみながら生まれる学生のアイデアはユニークです。社会課題に対する視点も、社会人とは少し異なり、出身国によっても特徴が表れます。例えばアメリカの学生は、多様性を前提とし、誰もがフラットに活用できる仕組みに熱を注いでいますね」
リアルとバーチャルが融合したイベントを開催
2021年8月に開催予定の最終プレゼンテーションを前に、2021年3月9日、「SPORTS CHANGE MAKERSプレイベントin Mirror Field」が開催された。プレイベントでは、パナソニック初となる、リアルとバーチャルを融合させた「Mirror Field」という新たなイベントモデルも披露した。
この「Mirror Field」という新たなイベントモデルに、バーチャルを取り入れているのは、コロナ禍においても“壁”を超え、学生の熱い想いを伝えるためだ。イベントは、オンラインで誰もが参加し、アバターで会場内を移動することができる。どこか可愛らしくもある、シルエット状のシンプルなアバターは、性別などをあえて表現しないことで“性別の壁”を感じさせないように工夫されている。
プレイベントの様子はMirror Fieldで会場、登壇者の様子など細部まで再現された。
もちろんリアルからの参加も可能で、会場参加者はその場にいながら、タブレット端末を通じてバーチャルの世界を見ることが可能。
つまり、リアル空間のアドレスである「住所」と、オンライン空間のアドレスである「URL」が、一体化した世界となる。今年8月に開催する最終プレゼンテーションでも、この「Mirror Field」を活用し学生のアイデアを披露する予定だ。
また、最終プレゼンテーションの参加学生である日本代表の横瀬健斗さんは、本イベントで自身の「スポーツの原点」である少年時代のかけがえのない記憶をアイデアに反映させていると語った上で、より魅力的に人々に届けられるようにプレゼンテーションに挑みたいと意気込みを伝えた。
福田氏「今回のイベントでは新しいイベント手法にチャレンジしましたが、この技術を見せつけることが目的ではありません。バーチャルとリアルを融合させたのは、学生のアイデアを最適な方法で表現するためです。
これまで、先進的な技術はリアルな空間だけだと十分に表現できないという課題があったのですが、バーチャルをミックスさせることで、魅力を最大限伝えることができました。もともとはリアルを前提としていた企画でしたが、コロナ禍によって取り入れたバーチャルが、奇しくも可能性を広げた形です。コロナにおける影響が全てネガティブなわけでなく、デジタルに対する寛容さが生まれたなど、プラスになる側面もあるということも実感しました」
事業と社会貢献を両立させる、ユース・エンパワーメントという考え
オリンピック・パラリンピックのパートナーシップというと、どうしても自社商材のPRをイメージしてしまう人も少なくないだろう。
パナソニックは、オリンピック・パラリンピック、そしてスポーツ文化の本質を見据え、各関係者に寄り添った貢献を目指すことで、新たなムーブメントを生み出そうとしているのだ。実際に、パートナー企業が主体となって、国際オリンピック委員会、国際パラリンピック委員会と前向きに協力しながら、大会そのものの未来をつくり出そうとする姿勢も画期的なこと。
さらに福田氏は、「将来的にはパナソニック単独の企画にとどめず、あらゆるオリンピック・パラリンピックのパートナー企業さんとも協業して、『SPORTS CHANGE MAKERS』を運営していきたい」と構想を語る。一連のプロジェクトは、パナソニックにとってどのような価値をもたらすと考えているのだろうか。
福田氏「若者に権限を与え、その力を発揮してもらうことで、より良い世界をつくる。いわゆる『ユース・エンパワーメント』のきっかけになればいいと考えています。
最終的には、世代におけるダイバーシティの推進につながるわけです。既存の顧客にとどまらない、幅広い人々と対話を進めることは、中長期的に見ればパナソニックの事業にも還元されるはず。若年層のマーケティングというと、これまでは新卒採用という文脈で語られることがほとんどでしたが、これからは未来を担う若い世代にもしっかりとブランドを理解してもらい、距離を近づけていくことで、企業活動を持続させながら社会に貢献することが可能になると考えています」
「GOING BEYOND BARRIERS」の名のもと、最初に超えたのは“世代の壁”であった。この一歩からイノベーションが生まれ、スポーツがあらゆる壁を超えるのだろう。
今年の8月に予定されている「SPORTS CHANGE MAKERS」最終プレゼンテーションも含め、次なる展開に、今後も注目したい。