今から30年後、2050年にはコーヒーが飲めなくなるかもしれない――。
コーヒー業界では何年も前から囁かれている「2050年コーヒー問題」。気候変動に伴う温暖化などが原因で、2050年にはコーヒーの生産量が現在の半分まで落ち込むことが危惧されている。
そんな中、“コーヒーの聖地”シアトルから、コーヒー豆を使わないバイオテックコーヒー「Atomo Molecular Coffee」が誕生した。コーヒー豆を分子解析して、味も香りも本物のコーヒーそっくりに再現されたバイオコーヒーとは、どのようなものだろうか?
農業廃棄物をアップサイクルして「コーヒー豆」を生成
豆を使わないバイオコーヒー「Atomo Molecular Coffee」は、植物の茎、根、種の殻など「廃棄植物」を組み合わせて生成されている。
Molecularとは「分子」の意味。コーヒー豆をリバースエンジニアリングして分子を徹底解析し、植物成分を使って分子配列を復元することにより、人工のコーヒー豆を作ることに成功した。
Atomo Molecular Coffeeを開発したのは、シアトルベースのテックスタートアップ「Atomo Coffee」。2018年、起業家のAndy Kleitschと食品科学者のJarret Stopforthが出会い、創業した。
彼らはまず、焙煎や粉砕・発酵が可能な「コーヒー豆に似た種子」を持つ果物や植物を探すことから始めた。次に、その中でも近隣の農家から廃棄物として出されるアップサイクル可能なものを選出。製造の過程で、農業廃棄物の削減と農家支援につなげることを意識した。
開発から数ヶ月後、バイオコーヒーは見事完成。2019年2月にKickstarterで初披露し、世界的な注目を集めた。2020年には900万米ドルの資金調達をし、シアトルのダウンタウンに “焙煎所”を建設することを決定。この焙煎所は、スターバックス本社からわずか数ブロックの場所にあるという。
「香り・ボディ・色・味・カフェイン」を個別に解析
これまでにも、たんぽぽコーヒーや大豆コーヒーなど、コーヒーに似せた「代用コーヒー」はいくつも登場してきた。Atomo Molecular Coffeeがこれらと異なるのは、最新のテクノロジーが実現した「アップサイクル食品」である点だ。
米国のUpcycled Food Associationによると、アップサイクル食品とは「人間が消費しなかった成分を使用し、検証可能なサプライチェーンで調達・生産された、環境にプラスの影響をもたらす食品」と定義されている。味やカフェインの有無など消費者の嗜好以上に、地球環境やサステナビリティに貢献していることが、大きな違いのひとつである。
Atomo Coffeeは、コーヒーの5大要素である香り、ボディ、色、味、そしてカフェインをそれぞれ個別に解析し、「最適化」している。
たとえば「香り」では、何百もの化合物がコーヒー独特のアロマを形成していることを突き止め、再現した。「カフェイン」は60種の植物成分から抽出。通常のコーヒーはカップ1杯に80〜120mg入っているところ、Atomo Coffeeは0〜300mgの間での調節を可能にした。
コーヒーの苦味は焙煎によって大きく左右されるが、「68%の人は苦いコーヒーが嫌い」という独自の調査結果から、苦味が控えめでよりスムーズな味に設定した。
「スタバよりもおいしい!」と好評価
気になる味はどうだろう?ワシントン大学で行われた目隠しをしての試飲会では、30名中21名が「スターバックスよりもおいしい」と評価。「おいしいコーヒー」として認められたようだ。
現在Atomo Coffeeでは、缶コーヒーの「Molecular Cold Brew」のほか、エスプレッソの「Alpha Espresso」やミルク入りの「Molecular Mocha」が完成している。創業者のAndyは「このコーヒーは、消費者にサステナブルなオプションを提示し、農家に大きな価値を提供することができるだろう」と自信を覗かせている。
Atomo Coffeeは2021年中に商品を市場へ投入し、専門小売店での販売を予定している。
コーヒーの2050年問題
冒頭で触れた「コーヒーの2050年問題」。これだけコーヒーが簡単に手に入る世の中で、にわかに想像しがたい未来かもしれないが、実際に起こりうる可能性は十分にある。
私たちが普段エスプレッソやストレートで飲んでいるコーヒー。この豆が採れるアラビカ種のコーヒーの木は、標高1000m級の寒暖差の激しい高地で栽培されている。
アラビカ種は病気や熱に弱く、気温上昇や降雨量の変化は「さび病」という深刻な病気を引き起こす原因となる。さび病は品質の低下や収穫量の減少を招き、状況如何によってはコーヒー農業から撤退する生産者も出てくるだろう。
このままの状況が続けば、2050年にはアラビカ種の生産高が現在の半分になると言われている。
米国のコーヒー研究機関「ワールドコーヒーリサーチ(WCR)」によると、世界のコーヒー生産量は、過去30年で600万トンから1030万トンと飛躍的に上昇した。しかしその8割がブラジル、ベトナムの2カ国によるもので、逆に生産量が減り、コーヒー産業の存続が危ぶまれている国も多い。
ちなみに、2017年の世界の年間コーヒー消費量は930万トン。2013年の890万トンから4年で40万トンも増えている。40万トンは、コーヒー約400億杯分に相当する。
コーヒーの2050年問題には、コーヒー業界もこぞって取り組んでいる。スターバックスは暑さに強い新しい品種を開発しており、2025年までに1億本の植樹を計画している。日本のキーコーヒーはWCRと共同で、気候変動に強く収穫高が見込めるコーヒー豆を、2017年よりインドネシアの自社農場で研究している。世界最大手のネスレもコロンビアや中央アフリカなどで、苗木の改善や植樹を精力的に進めている。
「持続可能なコーヒー」を実現するために
「持続可能なコーヒー」へのアプローチはさまざまだが、Atomo Coffeeはコーヒーに特化しながら、ゼロウェイスト、農業支援、脱炭素といった幅広い社会問題に対応しているところが興味深い。
AndyとJarretは、コーヒーがカカオに次ぐ世界で2番目にカーボンフットプリントの大きい農作物と知って、衝撃を受けたという。
コーヒーは、生産国と消費国が遠く隔てられている特徴的な農作物である。生産国は赤道を挟んで南北25度までの「コーヒーベルト」と呼ばれる熱帯域にある。一方、消費国の大半は欧州や米国、東アジアなどであり、特に北欧諸国の消費量は抜きん出ている。Atomoはシアトル近郊で調達できる食材を使うことで、カーボンフットプリントの削減も目指している。
コーヒー豆を使わないバイオコーヒーが私たちの目の前に登場するのは、もう少し先のことかもしれない。しかし、多方面でサステナビリティが求められる今、その存在価値が増していくことは確かだろう。Atomo Coffeeの今後の活動に注目していきたい。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)
<参考>
Atomo Coffee raises $9M and will build a Seattle roastery for its molecular brew near Starbucks HQ
Sneak Preview Of Atomo “Molecular Coffee”
Starbucks’ Howard Schultz says your morning coffee ritual is under threat