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世界各国での新型コロナ・ワクチン接種回数は着実に増えている。
オックスフォード大学の統計サイト「Our World Data」によると、人口100人あたりで1回目のワクチン接種を受けた人の割合が最も高いのはイスラエルだ。2021年2月13日時点の最新データでは、イスラエルは72.58人と他国を圧倒。これに、アラブ首長国連邦50.61人、米国15.14人、バーレーン14.24人、セルビア13.97人、チリ9.9人、イタリア4.8人などと続く。
ワクチンの普及に伴い増えると見込まれるのが、オフィスワークに戻る企業の数だ。完全に戻るのではなく、1週間のうち数日間のみなど、リモートワークと組み合わせた「ハイブリッド」型のワークスタイルの導入を計画する企業が増えているといわれている。
社員にワクチン接種の有無を確認することは違法になる?米国の議論
そんな中、米国などではオフィスワークに戻るにあたり、社員にワクチン接種の有無を聞くことが認められるのかどうかという議論が噴出。多くの経営者らの頭を悩ませている。
米国では、雇用主が従業員の持つ「ハンディキャップ(disability)」に関する情報を聞き出すことを禁じる法律「Americans with Disabilities Act(ADA)」が存在する。雇用主が社員のワクチン接種の有無を確かめることは、ADA違反になるのではないかという懸念が広がっているのだ。
雇用主側としては、社内の感染リスク低減や顧客への安全性アピールという利点があり、ワクチンを接種していない社員には、ワクチン接種を推奨したい考え。一方、ワクチン接種の有無を確かめることが違法となる可能性があるため、明確な指針を定めることができないでいる。
この議論は、米国雇用機会均等委員会(EEOC)が2020年12月16日に発表したガイドラインによって、一定の決着を見たかたちになっている。
同ガイドラインの項目「K.3」は、雇用主が社員に対しワクチンを接種したことを証明するレシートの提示を求めることが、障害関連の情報を聞き出すことに相当するのかという疑問に対し、「該当しない」と回答。一方、「なぜワクチンを接種していないのか」という質問は、間接的に障害に関する情報を聞き出すことにつながる可能性があると指摘している。
このガイドライン発表を受け、米国では雇用主が社員に対しワクチン接種の有無を確認することが「普通」になるとの見方が優勢だ。法律事務所Crowell & Morningの弁護士トム・ギーズ氏はワシントン・ポストの取材で、今夏までに雇用主が社員にワクチン接種の有無を聞くことが標準になるだろうと語っている。
また、ワクチン接種は強制ではないものの、すべての社員がワクチンを接種することが企業の競争優位につながるとの考えもあり、ワクチン接種を推奨する動きが活発化する可能性も指摘している。
社員のワクチン接種は安全性アピールできる「競争優位」に
ギーズ氏が指摘する、社員のワクチン接種を競争優位として捉える考えは、他国の事例にすでにあらわれ始めている。
シンガポール航空は、パイロット、キャビンクルー、ゲートスタッフなど乗客と接する社員全員にワクチン接種を促していることを声明で発表。他国に先駆け社員全員のワクチン接種を完了し、世界初の「ワクチン接種済み航空」として安全性をアピールする狙いがある。
シンガポール地元紙ストレーツ・タイムズ2021年2月11日の記事によると、シンガポール航空では社員の90%以上がワクチン接種プログラムに登録したとのこと。また同日、パイロットとキャビンクルー全員のワクチン接種が完了した初のフライトがシンガポールージャカルタ間で実現したことも伝えている。
ロイター通信やCNNトラベルなど大手メディアもシンガポール航空の取り組みを大々的に報じており、追随する競合企業が増えることが見込まれる。
実際、アラブ首長国連邦のエティハド航空も社員のワクチン接種を促進していることを公にし安全性をアピール。
2月10日エティハド航空はツイッター公式アカウントで、乗務員の100%がワクチン接種を完了したとするツイートを発表。シンガポールよりひと足早く、世界初のワクチン接種完了航空になったことになる。
100% of our crew are vaccinated. We’re the first airline in the world to vaccinate all pilots and cabin crew on board against #COVID19 pic.twitter.com/LUeAH7Q4pL
— Etihad Airways (@etihad) February 10, 2021
企業のワクチン接種への姿勢は様々
しかし、現時点で社員のワクチン接種に対する姿勢は、国・産業・企業ごとに異なっており、シンガポール航空やエティハド航空の事例がすべてを物語っている訳ではない。
ストレーツ・タイムズ2020年12月20日の記事は、シンガポール国内では社員にワクチン接種を強制する企業は少数だろうという専門家の声を紹介。客室乗務員のように感染リスクが高い職業であれば、ワクチン接種は強く推奨されるかもしれないが、シンガポール国内の感染はほぼ抑制されており、他の職業では比較的緩い推奨にとどまるのではないかという。
一方、ワクチン接種を強く推奨する企業も少なくないと見られており、ワクチン接種を促すインセンティブが増えてくることが見込まれる。インセンティブには、ワクチン接種後の休暇やフレキシブルワークの提供などが含まれる。
シンガポール政府はファイザーのワクチンを購入。シンガポール国民と長期滞在者全員に無料で提供する計画だが、ワクチン接種は必須ではなく任意となっている。
日本でもようやくワクチン接種が開始されようとしている。ワクチン接種に関して、雇用主と従業員の間でどのような議論が起こるのか注目したいところだ。
文:細谷元(Livit)
参考
https://www.washingtonpost.com/road-to-recovery/2021/01/03/rtr-officetrends/
https://www.washingtonpost.com/travel/2021/02/11/airline-singapore-etihad-covid-vaccine/