大学でもインターンでもない第3の進路「アプレンティスシップ」 グーグルも注目する英ブレア元首相・長男が創設した教育スタートアップの取り組み

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Students in apprenticeship attending computing class

パンデミックで強まった大学への逆風

「良い企業に入るには、良い大学を出る必要がある」。日本を含め、国内外で広く浸透している定説だが、この数年大学ではない別の進路に注目が集まり始めており、近い将来定説ではなくなる可能性が高まっている。

大学以外の進路として最も注目されているのが企業によるオンラインコースだ。グーグルは2020年7月頃に「Google Career Certificate」という6カ月のオンラインコースを開始することを発表。これに伴い、同社では同コースの修了者を4年制大学の卒業生と同等に扱う旨も明らかにしている。

デジタルエコノミーの拡大で、求められるスキルが大きく変化している中、大学が学生に対し十分なスキルトレーニングを提供できていないとの批判が強くなっており、「大学不要論」が噴出しているのは周知の通り。

テスラのイーロン・マスク氏も、テスラの入社で大卒は必須条件ではないというスタンスを堅持している。

大学に対する向かい風は、新型コロナの影響によって、さらに強いものとなっている。

新型コロナによる社会・経済変化の1つとして挙げられるのがリモートワークの普及による企業のデジタルトランスフォーメーション需要の高まりだ。テック企業だけでなく、非テック企業においても本格的なデジタルトランスフォーメーションが必須となっており、デジタルスキルを持つ人材需要もこれまでになく高くなっている。

パンデミック以前から、デジタル分野のスキルトレーニングの不十分さが指摘されてきた大学教育だが、新型コロナの影響で、その問題が一層際立ったものになっているのだ。

学生にとっては、勉強を頑張り、高い授業料を払って「良い大学」に入り卒業できても、企業が求めるスキルを持っていないために、職につけないというケースは少なくない。

また、学費が高騰する国においては、学生らはアルバイトをしながら生計を立てているが、パンデミックによる飲食店などの閉鎖でバイトは激減し、休学・中退を余儀なくされる学生が増加。こうした背景から、大学ではない別の手段に対する関心が高まっている。

インターンシップではなく「アプレンティスシップ」

2021年以降はオンラインコースに加え「アプレンティスシップ(Apprenticeship)」に対する注目が集まるかもしれにない。

「職業実習訓練制度」などと訳されるアプレンティスシップ。英国では、そのアプレンティスシップのプラットフォームを提供する「Multiverse」がこのほど、グーグルなどから大型の資金調達を実施、同国EdTechスタートアップとしては史上最大となる4,400万ドル(46億円)を調達したとして話題となっている。

同社の創業者が英国元首相トニー・ブレア氏の息子ユアン・ブレア氏ということも話題性を高める要因になっているようだ。

2016年に設立されたMultiverseが提供するのは、大学でもインターンシップでもない「アプレンティスシップ」を通じたデジタル人材育成と就職支援だ。

Multiverseに登録した企業と求職者をマッチングし、企業がその求職者を職業実習生として育成すること、そして実習生が十分なスキルを習得できるように支援している。受け入れ先企業には、グーグル、フェイスブック、エクスペディアなどのテック大手企業が名を連ねている。

一見インターンシップのようだが、実際はまったく異なる仕組みになっている。

まず、インターンシップはほとんどの場合、大学生であることが前提となるが、Multiverseのアプレンティスシップは、大学生である必要はない。GSCE(英中等教育一般資格)などの学業資格試験で一定以上の成績をおさめた人なら誰でも応募できる。

またインターンシップは、有給もあれば無給の場合もあるが、アプレンティスシップでは、正社員ほどではないが必ず給与が支給される。

スキル習得にフォーカスした点も大きな違いだ。インターンシップでは、企業の受け入れ体制が整っていない場合、インターン生はお茶くみやコピーなど終始簡単な作業しか任せてもらえないことも多いといわれている。

一方、アプレンティスシップでは、その期間のスキル習得にフォーカスし、勤務時間以外でもパーソナルコーチによるアドバイスやトレーニングを提供。アプレンティスシップが修了した時点で「認定書」を発行し、実習生のスキルレベルを担保することも行っている。

Multiverseの創設者ユアン・ブレア氏(Multiverseウェブサイトより)

給与をもらって「使えるデジタルスキル」を習得

具体的な応募要項を見るとイメージしやすいだろう。

たとえば、英国保険大手Chubbのアプレンティスプログラムでは、以下のように記載されている。

実習生のポジションは「データアナリシス」。市場分析やリサーチのサポートを行う。プログラムの期間は18カ月、給与は2万ポンド(約280万円)。応募条件は、GSCEのC〜Aグレード、またはそれに相当する学業資格を有するものとなっている。修了後には「Level 4 Data Analysis」という認定書を取得できる。

このほか、広告代理店での「デジタルマーケティング」のポジションも公開されている。このプログラムも期間18カ月で、給与は1万5,000ポンド(約216万円)。Photoshop、After Effectsなどを活用したコンテンツ制作、SEO、広告戦略などのスキルを習得する。

Multiverseによると、実習生のうちアプレンティスプログラムの期間中により重要な仕事を任せられたという割合は100%、またプログラム期間中に昇給があったとの回答は91%に上った。また、アプレンティスプログラム修了後に、フルタイムのポジションをオファーされた割合も70%と高い値だ。

Multiverseの最新資金調達ラウンドでは、マイクロソフトの会長ジョン・トンプソン氏や英メディア大手Skyの会長ジェレミー・ダロック氏など、テック/メディア業界の大物らがエンジェル投資家として参加。同社は調達した資金で、米国市場参入を計画しており、教育産業のディスラプターとしてその動向が注目されている。

Multiverseの取り組みが教育産業をどのように変えていくのか、その動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit

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