あなたのワードローブに、「Made in Cambodia」のタグがついた服はないだろうか。

東南アジアの国・カンボジアは世界中のアパレル製品の工場が集まる「世界の工場」。衣類・靴は同国の輸出品の7割を占め、その中には私たちの知っているブランドが少なからず混ざっている。しかし、安価な労働力に頼る集約型の大工場では、劣悪な労働環境による問題が頻発している。

その一方、労働環境・地球環境に配慮したエシカルブランドも誕生している。いずれも欧米出身の起業家によるソーシャルエンタープライズが運営。社会的なミッションを掲げ、デザイン・品質面においても高い評価を受けている。

廃棄布を利用したゼロウェイストファッション「tonlé」

世界では毎年1,500億点の衣服が生産されているが、その多くが廃棄処分となる「衣服ロス」が問題となっている。ファッション業界が作り出した「数回着て終わり」の「常識」は、大量のゴミを生み出し、環境に悪影響を与えている。

カンボジアの首都プノンペンに工房を置く「tonlé」は、「ゼロウェイスト」を掲げるエシカルファッションブランドだ。2008年に同国に渡ったアメリカ人起業家Rachel Fallerは、2013年エシカルブランドtonléを立ち上げた。

tonléの商品は、女性向け、男性向けファッションからアクセサリー、生活雑貨など多岐に渡り、ECや北米の小売店を中心に販売されている。

tonlé公式サイトより https://tonle.com

tonléの衣服は、縫製工場から出る廃棄布を使って作られている。プノンペン郊外に広がる工業地帯には、多くの縫製工場が軒を連ねる。工場から出る廃棄布は、プノンペン市中の市場に流れて転売されるという。tonléはそれらを買い取って加工し、着心地の良い服にアップサイクルしている。

「ゼロウェイスト」は、生産現場でも徹底されている。一着の服を作る際に出るハギレは、パッチワーク風に服に縫いつけたり編み込んだりと、無駄なく使われる。細かい糸くずは古紙と合わせ、手漉き紙を作ってギフトカードに加工されている。

「循環型エコシステム」を目指して

Rachelは、現在のファッション業界は、「トップ」のブランドが「ボトム」の人々を搾取する、植民地主義的なビジネスモデルで回っていると指摘する。

実際、カンボジアで稼働するアパレル工場でもさまざまな問題が露呈している。2015年、ナイキやプーマなどの製品を請け負う32の工場では1800人以上の労働者が卒倒し、病院に担ぎ込まれる事故が相次いだ。調査に当たったデンマークの調査機関Danwatchは、精神的・肉体的問題、化学薬品の使用、長時間労働などが原因であると結論づけている。

tonléは、この不均衡なサプライチェーンを問題視し、関わるすべての人々が幸せになる「循環型エコシステム」の構築を目指している。倫理的・人道的な生産環境を提供し、知識を共有しながら働くこと。愛着を持って使い続けられる商品を作り、持続可能な地球環境に貢献すること。巨大なアパレル産業の中で、小さなチャレンジを続けている。

カンボジアを襲ったコロナショック

今回のコロナショックは、カンボジアにも大打撃を与えている。2020年6月時点で256の縫製工場が閉鎖され、13万人以上の労働者に影響が出たと報告されている。

縫製業と並ぶ主産業である観光業も、大きくダメージを受けた。特に、世界遺産アンコールワットのある観光都市シェムリアップは、住人のほとんどが観光産業に従事している。年間数百万人ともいわれる外国人旅行客頼みの収入源は絶たれ、多くの旅行会社やホテル、土産物屋が休業や廃業に追い込まれた。

そんな中、シェムリアップに拠点を置き、手編みのルームシューズを生産する「Kingdom of Wow!」は好調に売り上げを伸ばしているという。

サプライチェーンに頼らないものづくり「Kingdom of Wow!」

Kingdom of Wow!(以下、KOW)は、2015年にオランダ人Godievan de Paal(以下、Godie)が設立したソーシャルエンタープライズだ。

Godieは上海で外交官をしていたが、夫の赴任に帯同してシェムリアップに移住した。彼女は外交官時代、サプライチェーンが直面する多くの問題を目の当たりにしてきたという。

ブランドが下請け企業に与える影響の大きさや、既存システムの中で倫理的な生産を実現することの難しさを身にしみて感じた。彼女はカンボジア移住が決まったとき、現地でエシカルな雇用と商品の創出をしようと決心したという。

KOWの主力商品は、アイスランドの羊毛や竹の繊維などで編みあげたブーツ型のルームシューズだ。素材のすべてが自然由来で、ボタン部分は地元産のヤシ殻を使っている。現在は欧州や米国向けのEC販売を中心に、堅調にファンを増やしていっているそうだ。

コロナ禍の巣ごもり需要もプラスに働き、2020年12月からは日本販売も開始した。

新たなビジネスモデルの創出


KOWの工房は、緑に囲まれたヴィラ風の建物の中にある。現在13名いるスタッフたちは、ここでおしゃべりをしながら編み物をし、お昼にはチーム全員で無料のまかないランチをとる。小さな子どもがいるスタッフには、デイケアも用意している。

Godieは「西洋の国と同じように」KOWを運営しているという。公正な賃金を払い、福利厚生を備え、快適な職場環境を提供する。「当たり前」のことをしているだけで賞賛されることに、彼女は戸惑いを覚えるという。

KOWは観光産業に依存している地元産業の、新しいビジネススタイルのモデルでもある。さまざまなリスクが予見される今、現地の状況に依存しない販路を開拓することは、雇用を守りながら安定的な運営をするためには不可欠だ。

コロナショックは多くの企業を窮地に陥れたが、これを機に、イノベーティブなビジネススタイルが生まれることを期待したい。

ソーシャルエンタープライズの役割

篠田ちひろさん    

ソーシャルエンタープライズが与えるインパクトについて、最後に「人材の内面的変化」を付け加えたい。

シェムリアップで地元産ハーブを使ったアロマ製品の製造販売を行っている「kru khmer」。2009年に同社を立ち上げた代表の篠田ちひろさんは、運営していく中で「スタッフの内面的な成長」を実感しているという。

どこの国でも、社会的弱者は自信を得る機会が少ない。しかし、基本的なスキルを身につけさせ、できるスタッフには裁量のある仕事を任せていくことで、彼らは次第に自信をつけていくという。篠田さんは、自信を持って生きることの重要性を説く。一過性の労働力ではなく、彼らの後の人生まで考えた育成をすることも、ソーシャルエンタープライズの一側面だろう。

kru khmer の商品。石鹸、ハーブの入浴剤、ルームスプレーなど多彩

ソーシャルエンタープライズの多くは、顧客との「対等な関係」を望んでいる。途上国では、意識しなくとも「施す側」と「施される側」に分かれがちである。「ものを買う」という行為ひとつをとっても、「かわいそう」「買ってあげる」というフィルターが入り込みやすい。すると、見えない部分で上下関係が発生する。

エシカルブランドは、品質やデザイン性、オリジナリティで勝負できるものづくりを目指している。篠田さんは「よい商品を作って売ることで、企業としての責任を果たし、社会に貢献していきたい」という。途上国という“ブランド”に甘えず、顧客とフラットな立場で相対する。そんな企業としての真摯な姿勢が、ひいては社会変革につながっていくのかもしれない。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit

<参考>
Success Worldwide : The Kingdom of Wow!
Founder’s Story with Rachel Faller: tonlé, a zero waste, ethical fashion brand on a big mission