私たちの暮らしに欠かせないコーヒー。カフェは町のあちこちに点在し、コンビニでも淹れたてのコーヒーが飲めるようになった。スターバックスなどの大手カフェチェーンは世界中に店を構え、欧米中心だったコーヒー消費はワールドワイドに拡大。「コーヒー人口」は、国や地域をまたいで増え続けている。
しかしその裏では、コーヒーから出る大量の「ゴミ」が問題に。コーヒー生産から消費の過程で排出される廃棄物は年間2,300万トンにものぼり、そのほとんどが埋め立て地に捨てられている。特に、抽出後に残る使用済みのコーヒー豆は、温室効果の高いメタンガスを生成することから環境問題にも発展している。
そんな中、この「コーヒーかす」問題をテクノロジーの力で解決しようとするスタートアップが登場している。本記事では、コーヒーに関連する世界のテックスタートアップを紹介する。
コロナ禍で注目、コーヒー由来のフェイスマスク
ブラジルに次ぎ世界2位のコーヒー生産国・ベトナム。米国農務省(USDA)の報告によると、2019〜2020年の年間コーヒー生産量は1933トンで、その量は年々増加している。
そんなコーヒー大国・ベトナムで、コーヒーのかすを使った特殊素材のフェイスマスク「AirX」が登場した。開発したのは、ベトナム人起業家Le Thanh氏が率いるテックスタートアップ「ShoeX Coffee」だ。
AirXは布とフィルターの2層構造のフェイスマスク。コーヒーの繊維から織られた肌触りのよい布に、コーヒーかすとシルバーナノテクノロジーを組み合わせたフィルターを設置。生分解性のあるサステナブルなマスクとして注目されている。繰り返し洗える再利用性や、すっきりとしたデザインも好評。着用するとほのかにコーヒーの香りが漂うユニークさもウケている。
欧米・日本でも人気、カジュアルシューズも
かつてフランスの植民地であったベトナムは、アジアでは有数のコーヒー文化の根付く国である。19世紀後半のフランス人入植後、中部高原を中心にコーヒー栽培が始められ、濃い目のロブスタコーヒーにコンデンスミルクを入れて飲む独自のスタイルが生まれた。
現在のコーヒー消費量は世界で10番目と上位にランク。最近は若者を中心にサードウェーブコーヒーが人気で、自国産のアラビカ豆を使ったスペシャルティコーヒーや、抽出方法を選べるロースタリーカフェも多数出現している。
ホーチミン市工科大学で化学工学を専攻していたLe Thanh 氏は、2012年にカナダに留学。卒業間近に参加したブラジルでのプロジェクトで、環境問題や持続可能な社会づくりについて考えさせられたという。
ベトナム帰国後は友人と革靴専門店をオープンしたが、「ベトナムらしいもの」で環境によい製品を作りたいと思うようになり、廃棄されているコーヒーかすに着目。コーヒーかすを素材に組み込んだカジュアルシューズ「ShoeX」の開発を成功させた。その後、ShoeXの技術を利用して作ったフェイスマスクAirXを発表。折しもコロナウイルスの流行と重なり、AirXは世界から脚光を浴びた。
現在、AirXの購買層は欧米や日本などの海外が中心だという。市場が「価格重視」であるベトナムでは、まだ一般レベルでの認知は進んでいない。しかし、Le Thanh氏いわく「ベトナムでは今、海外留学を経験した環境意識の高い若者たちが、サステナビリティ領域のスタートアップを次々と立ち上げている」とのこと。今後、彼らの活躍とともに社会の変革を期待したい。
コーヒーのリサイクルに特化した英国のテックスタートアップ
英国のコーヒーかす排出量は年間約50万トン。英国のテックスタートアップ「bio-bean」は、1,500以上の企業や店舗から使用済みのコーヒーかすを回収し、それを利用した製品の開発を行っている。
「コーヒーログ」は、コーヒーかすをリサイクルして作った丸太風のバイオ燃料で、1個につき25杯分のコーヒーかすを使用している。燃焼時間は1時間ほどと持ちが長く、しかも普通の木材よりも20%温度が高い。
bio-beanの創業は2013年。飲み残しのコーヒーに浮いている油を見て、コーヒーに含まれる油分が燃料になる可能性を見出した。そして使用済みのコーヒーかすが大量に廃棄されている現実を知り、コーヒー専門のリサイクル会社bio-beanを創業。
それからわずか2年後には、ロンドン郊外に世界初のコーヒーリサイクル工場を建設し、翌2016年にコーヒーログを発売した。
その後、コーヒーの高発熱量を利用したバイオペレット「コーヒーペレット」も開発。bio-beanはこのコーヒーペレットをカフェに売り戻し、コーヒーの焙煎や水を沸騰させるために使用する可能性を模索している。
さらに同社は、コーヒーかすから「香り」を取り出し、それを天然の香料として食品や飲料に再利用することに取り組んでいる。
コーヒー豆の成分は、コーヒー抽出後もその一部がかすに残留する。使用済みのコーヒーかすは、焙煎直後の1/3程度の揮発性の香りやフレーバーを保持しているという。bio-beanは使用済みの豆から香料を抽出し、食品や飲料向けの天然香料としてメーカーに提供することを計画している。
廃コーヒーを飲食料にアップサイクル
デンマークのバイオテックスタートアップ「Kaffe Bueno」は、使用済みのコーヒーかすから作られた、グルテンフリーのアップサイクル小麦粉「Kafflour」を開発した。
Kafflourはカフェインを含まず、低脂肪・高タンパクで食物繊維が豊富。パンやピザ、パスタなど、普通の小麦粉と同じ用途で使えるため、小麦粉に変わる新たな食材として注目されている。
また、ポルトガルのミンホ大学では、2013年にコーヒーかすからリキュールを作ることに成功している。乾燥させたコーヒーかすを163度のお湯で45分加熱。液体を抽出し、砂糖と酵母を加えて発酵させところ、40度のアルコールが生成されたという。
「廃棄物」を飲食料へ再利用することに抵抗がある人もいるかもしれない。しかし、もともと安全な食材であるコーヒーが、形を変えて再度私たちの口に入ると考えたら、おかしなことではないだろう。
あらゆる分野でサステナブルが叫ばれる今、使用済みコーヒー豆をアップサイクルする取り組みは、今後も活発化していくだろう。大切なコーヒーを「使い捨て」にするのではなく、末長く付き合っていく。そのための新しい関わり方を、作っていくことが求められているのではないだろうか。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)
<参考>
AirX: The Entrepreneur Who Engineered The World’s First Biodegradable Coffee Face Mask
Scientists discovered how to ferment coffee grounds into 80-Proof Liquor