ヘルスケア分野におけるVR、2027年まで41%で成長

任天堂の「マリオカート・ライブ・ホームサーキット」やオキュラス「クエスト2」の登場でより身近になったVR・AR。

テクノロジー専門調査会社IDCの最新レポート(2020年11月17日)によると、世界のVR・AR市場は2024年まで年率54%という驚異的なスピードで成長し、市場規模は2020年の120億ドル(約1兆2,400億円)から2024年には728億ドル(約7兆5,200億円)に拡大する見込みという。

2024年時点で予想される内訳で大部分を占めるのが、法人向けでは、企業の人材トレーニング(41億ドル)、産業メンテナンス(41億ドル)、リテール(27億ドル)はメインに、一方、消費者向けでは、VRゲーム・VRビデオ・ARゲームの3分野が主軸となり、その規模は計176億ドルに達するとのこと。

IDCのレポートではフォーカスされていないが、ヘルスケアのVR利用も今後急速な拡大が見込まれる領域だ。

Verified Market Researchのレポート(2020年7月2日)によると、2019年時点で21億4,000万ドル(約2,213億円)だったヘルスケアVR市場は年率41%で成長し、2027年には337億2,000万ドル(約3兆5,000億円)に達する見込みだ。

日本ではまだヘルスケア分野におけるVR活用と聞いてもピンとこないかもしれないが、欧米では病院やリハビリ施設でのVR導入事例が増えている。また、既存の手法に比べVRを活用した手法の効果が高いことを示す研究も多数公表されており、関心度合いは日増しに高まりを見せている。

ヘルスケア分野では主に「痛み緩和」「教育・トレーニング」「手術」「患者ケア」「リハビリ」「メンタルセラピー」でのVR活用が進んでいる。

注射の痛みから注意をそらし、手術の痛みを緩和するVR

注射や手術では痛みがつきもの。注射は大人であれば我慢できるが、子どもが相手となると医者も一苦労する。

カリフォルニア・パロアルトのルーシル・パッカード小児病院では、数年前から注射をする際、子どもたちにはVRヘッドセットを被せ、VRゲームに熱中している間に、注射するという施策を実施している。

同病院は、VRコンテンツ開発企業と連携し、注射の痛みから注意をそらすオリジナルゲームを開発。このゲーム、注射をする間際に、医者がゲームの難度を外からコントロールできる。こうすることで、子どもたちのゲームへの没頭度合いが高まり、注射による痛みから注意をそらすことができるという。

小児医療におけるVRの効果について、すでに多数の研究が実施されている。

デンマーク・コペンハーゲンの小児医師らによる研究(2019年7月)では、注射時における既存の痛み緩和手法とVRを使った手法を比較し、その満足度と痛み度合いを調べた。実験の結果、VRを体験した子どもたちの100%が既存手法よりもVR手法を選ぶと回答し、満足度が非常に高いことが示された。既存手法には、表面麻酔薬の利用や看護士による対応などが含まれる。

子どもだけでなく大人にもVRの効果が見込まれる。

英セント・ジョージ大学病院のレポート(2019年12月)によると、同病院で手術中の患者にVRヘッドセットを被せ、リラックス映像を視聴させたところ、痛みが和らいだと回答した割合が80%、手術の不安が緩和されたとの回答が73%に上ったのだ。

世界60カ国・2,000カ所の病院で利用されるメンタルヘルスVR

痛みや不安を緩和する可能性を秘めるVR。メンタルヘルス分野では、VRヘッドセット、コンテンツ、データマネジメントなどがセットになった、セラピスト向けのソリューションが登場し、幅広く利用されている。

EUの研究組織「欧州工科大学院(EIT)」傘下のEIT Healthの認可を受けたPsiousはその1つ。社交不安障害、うつ、摂食障害、閉所恐怖症などメンタルヘルスに関わるVR治療ソリューションを提供している。

Psiousウェブサイトによると、同ソリューションは欧州を中心に世界60カ国・2,000機関が導入、これまでに1万5,000人の患者に適用されたという。

Psiousは既存療法に比べどのような利点があるのだろうか。

たとえば、他者との会話などに大きな不安や恐怖を感じ、動機やパニック発作を起こしてしまう社交不安障害(social anxiety disorder)、その認知行動療法の1つに「行動実験」というものがある。不安や恐怖を感じる行動をあえて行い、不安感を軽減していく手法だ。

この行動実験は、実際に行うには多大なリソースが必要で、かつコントロールが難しく、患者にとっても心理的な障壁が高いという課題がある。

しかしVRを活用することで、リソースを最小限に抑えつつ、リアルに近いシチュエーションで、他者との会話やプレゼンテーションなど、恐怖や不安を感じる行動を実験することができる。Psiousでは、患者はVR空間のバーで他者と会話をしつつ、恐怖や不安を軽減させていく。

欧州のメンタルヘルス分野に関しては、医療分野の有力財団ノボノルディスクから支援を受けたデンマークのVR企業KHORAやオックスフォード大学からスピンオフしたOxfordvrなどに関心が注がれているようだ。

理学療法士の負担軽減するリハビリVR

VRセラピー/リハビリ分野では、米テキサスに拠点を置くNeuro Rehab VRも注目株の1つだ。

同社が開発しているのは、事故の後遺症などからの回復を支援するVRリハビリ・ソリューション。2017年設立の新しいスタートアップだが、同社のソリューションは米食品医薬品局(FDA)の認可を得ており、すでに米国内7州の病院で導入されている。

開発の初期段階から理学療法士らから詳細なフィードバックを得たソリューションであるため、医療現場ではスムーズに導入されているという。

事故などで大怪我をした患者の多くは、トラウマを抱え、以前と同じ身体機能を取り戻すのは無理なのではないかと心理的な障壁を持つことがほとんど。通常であれば、理学療法士がこの心理的障壁を取り除くために多大な時間を費やすことになる。一方、VRの場合、患者の心理的障壁を取り除くまでの時間は大幅に短縮されるとのこと。

VR空間で患者は、ショッピングや料理をこなし、日常の感覚を取り戻していくことになる。既存のリハビリでは、施設内の他者の存在が気になり集中できないことも多々あるようだが、VR空間ではそのようなことはなく患者の集中力は高まる傾向があり、リハビリの進行も速くなるようだ。

また医療現場では人材不足問題が常態化しているといわれており、理学療法士のリソースを開放できるという点でもVR導入のベネフィットは大きいといえる。

現在ヘルスケア分野では、VRとバイタルサインを組み合わせた、ハイブリッドソリューションの開発も進められている。リアルタイムで心拍数を測り、それに応じてVR内の状況を変化させ、リハビリ/セラピー効果を最大化させようという試みだ。様々な実用化・活用事例が報告されているが、ヘルスケア分野におけるVR活用は始まったばかり。今後どのようなソリューションが登場するのか、非常に楽しみなところだ。

文:細谷元(Livit