本格的な冬が到来し、新型コロナウイルスがいよいよ猛威を振るう中、ホームレスの窮状が一段と深刻になっている。世界で1億人に上るといわれる路上生活者は、コロナの影響で増加している上、ウイルスの感染拡大防止のためにシェルターでの収容人数は制限され、路上で氷点下の夜を過ごす人も大勢いる。

そんななか注目されているのが、オランダ人の若手デザイナー、Bas Timmer(バス・ティマー)氏による「シェルタースーツ」。友人の父親が路上で凍死したことを受けて、2014年に初めの1枚が古いジャケットと寝袋を利用して作られた。この切実なニーズから生まれた製品は今や世界を巻き込み、ティマー氏は2020年、『タイム』誌の「次世代リーダー」にも選ばれている。

命を守るシェルタースーツ

「シェルタースーツ1万着を提供して、1人でも命を救うことができれば、それは十分に価値があります」

バス・ティマー氏は世界に向けて力説する。彼はオランダのファッションアカデミーを卒業した後、自分のファッションブランドを立ち上げて冬用ジャケットを販売していたが、ある時、友人の父親が路上で凍死したことを知り、大きな後悔に苛まれた。

「多くの人が生き残るための暖かい服を買えないというのに、高価なファッションを販売することに違和感を感じたんです。誰も凍死の恐ろしい運命に値する人はいません。僕はそこで何かをしなくちゃと思いました」(ティマー氏)。

シェルタースーツはジャケットと寝袋を組み合わせて作られている(写真:Tony Dočekal)

この悲しい出来事を機に、ジャケットと寝袋を使って、最初の「シェルタースーツ」をつくったのが2014年のこと。

「それをホームレスの1人にあげたら、その人が『ほかのホームレス2人とシェアしてもいいか』と聞いてきたので、さらに2枚をつくりました。それがそのうち100枚になり1,000枚になり……」

現在はオランダ、南アフリカ、アメリカに工場を持ち、さまざまな支援団体を通じて、オランダ、ドイツ、イギリス、イタリア、アメリカのホームレスのほか、ギリシャに亡命してきたアフリカ・中東の難民にこれを提供している。

シェルタースーツの外側はテント素材を使っており、雨風をしのぐ一方で通気性も確保。裏地は柔らかく暖かい寝袋でできている。上がジャケット、下が寝袋のような構造になっており、下はジッパーで取り外し可能。畳んで丸めてダッフルバッグに入れられるようになっている。また大きなフードは雨風や外灯が入り込まないように工夫されており、口元を蔽うためのスカーフも内蔵されている。

シェルタースーツはシリアなどからの難民に収入のある仕事を与え、彼らが社会になじむのにも役立っている(写真:Melvin Winkeler)

製作費はオランダで約100ドル、南アフリカでは約30ドル。材料は工場の余り布のほか、寄付された寝袋を使い、製作費は寄付金で賄われている。製作に当たっているのはシリアなどからの難民たちで、同プロジェクトは彼らが収入のある仕事を得て、現地の社会に溶け込むのにも役立っている。

コロナで増加するホームレス人口

世界のホームレス人口は約1億人。新型コロナウイルスの影響で大幅に増加したとみられている。(写真:Tony Dočekal)

世界のホームレス人口は約1億人とみられているが、新型コロナウイルスの影響で職や住まいを失う人が続出する中、その人数は目下、急増していることが推測される。

全米で活動するホームレス支援団体の「National Alliance to End Homelessness」によると、2019年時点で全米のホームレス人口は56万8,000人に達した。コロンビア大学のある試算では、2020年にはこれが45%増加したと見積もられている。

欧州の状況も深刻で、ロンドンとその周辺を管轄する地域当局「Greater London Authority」によれば、ロンドンのホームレス人口は2020年4~6月時点で約4,200人を数え、このうち初めて路上生活を始めた人たちが63%(2,680人)に上った。これは前年の数字を77%も上回ったという。

日本も例外ではない。2020年1月のホームレス人口は3,992人と、前年を12%下回ったが、その後のコロナウイルスの広がりにより、この数字が拡大していることが推測される。『BuzzFeed Japan』によると、2020年夏以降、生活困窮に関する相談が増加しており、池袋の炊き出しに並ぶ人は2020年12月に290人に達し、前年の2倍近くまで膨れ上がった。特に、コロナの影響で職を失った30~40代が増えているという。

シェルターの収容人数は削減

コロナで厳しい冬を過ごすホームレスの男性。「もし家があれば、『ステイ・ホーム』します」(写真:Tony Dočekal)

一方で、ホームレスを収容するシェルターでは、コロナの感染拡大を防ぐために収容人数を減らさざるを得ない状況に陥っている。米『NBC』によると、シカゴで大規模なシェルターを運営する「Franciscan Outreach」では、ベッドの間に十分なスペースを確保し、パーテーションを導入。これにより、収容人数を25%減らさなければならなかったという。

ロサンゼルスやデンバー(コロラド州)などでは、ホームレスの滞在場所を確保するためにホテルを買い取る動きもみられたが、それもすべてのホームレスに行きわたるわけではない。支援団体「National Coalition for the Homeless」のディレクター、ドナルド・ホワイトヘッド氏は、「現在、アメリカですべてのホームレスの人々に十分なシェルターを提供できる都市はひとつもありません」とコメントしている。

日本でも東京都が年末年始にかけて、ホームレスや生活困窮者のためにビジネスホテルなどの部屋を確保した。この措置は2月初旬まで延長されることになったが、周知が行きわたらず利用が進んでいない上、局部的・暫定的な措置にとどまっている。公園で寝泊まりするある男性は、厳しい寒さの中、「このままでは死んでしまう」と、危機感をあらわにしている(2021年1月2日付『AERA.dot』)。

カリフォルニア州サンディエゴでは、大規模なシェルターでコロナ感染が広がり、190人のコロナ陽性者を出したと伝えられている。こうした中、シェルターに寝泊まりすることに対するホームレスの恐怖感も高まっている。冬の寒さに加え、コロナという新たな脅威が加わり、ホームレスはダブルの危機に直面しているのだ。

暖かさと尊厳を

「誰もが暖かさと保護、尊厳に値する。」バス・ティマー氏の活動は、世界中で多くの共感を呼び、今年はスケールアップする見通し。(写真:Tony Dočekal)

「シェルタースーツよりも、ホームレスに必要なのは家だ」 

「シェルタースーツは『バンドエイド』の上に『バンドエイド』を貼るようなもの」

ティマー氏の活動については、こうした批判も飛び交っている。しかし、政府によるホームレス対策が練られている間にも、路上で凍死する人は後を絶たない。

「シェルタースーツは彼らを路上から救い出すことはできないけれど、これははじめの第一歩です。僕は、誰もが暖かさと保護、尊厳に値すると信じています。だから、路上で寝ている人に緊急のシェルターを提供するのです」(ティマー氏)

彼の考える理想的なシナリオは、各地のシェルターがこのスーツを買い取り、それをホームレスの人々に無料で貸し出すこと。彼はそこでホームレスとシェルターとの継続的なコミュニケーションが生まれることで、ホームレスが路上から脱出する機会を得られれば……と期待感を示す。

ティマー氏は2020年10月、『Time』誌の「次世代リーダー」に選ばれ、その活動は一気に世界の注目するところとなった。多額の寄付金が集まったため、彼の活動は2021年、スケールアップする見通しだ。短期的には、ホームレス問題が深刻なアメリカでの支援を強化する方針で、今年はアメリカに製造拠点を追加。世界で1万4,000着を提供する。また、一般消費者向けの商品を販売する予定で、この利益をシェルタースーツ事業の資金源としたい考えだ。

新型コロナウイルスの出現は、日常の「あたり前」が予測不能な事態によって簡単に奪われることを私たちに知らしめた。私たちが今夜、暖かい家で寝られるのも、実はほんの少しのラッキーが重なった結果かもしれない。「コロナ」と「寒さ」で、路上生活者に二重の命の危険が迫るこの冬、私たちの助け合いの力が一層求められている。

バス・ティマー氏は2020年、『Time』誌の「次世代リーダー」に選ばれた(写真:Tony Dočekal)

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取材・文:山本直子
編集:岡徳之(Livit