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リモートワークは通勤の手間が省けて便利な反面、仕事とプライベートライフの境目がなくなるという弊害を生んでいる。新型コロナウイルスの影響でリモートワークが「ニューノーマル」になると、この傾向はさらに強まり、電話やメッセージで常に連絡可能であることが求められ、心身に支障をきたす人も増えてきた。
こうした現状を受け、欧州ではすでに労働時間外の業務連絡に対する「つながらない権利」の促進に着手。また、ドイツでは在宅勤務者の税控除を検討するなど、リモートワークという新たな就労体制に合わせたルール作りが進んでいる。リモート時代の労働者の権利保護や生産性の向上に向けた、さまざまな試みをレポートする。
「つながらない権利」欧州議会が承認
欧州議会雇用委員会は12月2日、「つながらない権利」を認める法的拘束力のない議決を可決したと発表した。「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外や休暇中に仕事を離れ、メールやメッセージなど仕事上の連絡への対応を拒否できる権利を指す。
2016年にフランスで初めて法制化されたのに続き、欧州ではすでにイタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクなどで同様の権利が認められているが、今回は欧州の全労働者を対象として「EU法」での明示を求める動きとなっている。同委員会の決議は、2021年1月に非立法決議で投票され、将来の法制化に向け、欧州委員会とEU各国に提出される見通しだ。
決議を主導したマルタの社会主義政治家、アレックス・アギウス・サリバ氏によると、ここ数カ月間のリモートワークにより、多くの労働者が孤独、倦怠感、鬱病、バーンアウト(燃え尽き症候群)、筋肉や目の病気などに悩まされている。サリバ氏は、「常に連絡可能でなければならない状況が増していて、無給の残業やバーンアウトの原因になっています」と指摘する。
また別の議員も「従業員が24時間スマホやメールで対応できるようにしなければならないのは、精神的健康と幸福に有害」とした上で、「労働者は雇用者の報復を受けることなく、オフラインにできるべきだ」と主張している(『DW.com』より)。
ドイツ:在宅勤務に税控除
一方、ドイツでは別の観点からも労働者の権利保護が検討されている。同国の連立政権はこのほど、在宅勤務者に対する全面的な税控除を検討していることを明らかにした。新たな法案が連邦議会で可決されれば、労働者は暖房費と電気代として1日5ユーロ、年間最大600ユーロまでを税金から控除できるようになるという。
現在はプライベートでは使用しない「仕事専用の部屋」があることが証明できる場合のみ、税控除が適用されているが、今回の措置はすべての在宅勤務者に適用される見通し。ロックダウンでキッチンテーブルや居間で仕事をしなければならなくなった人たちへの配慮といえる。
『DW.com』によれば、キリスト教社会同盟(CSU)の税理士、セバスティアン・ブレーム氏は、「現行の法律はもはや現在の勤務状況に合っていない」と指摘。「税控除の提案は、新しい現実に対応したフレキシブルな解決法だ」と述べている。
また、ドイツ財務相のオラフ・ショルツ氏は同措置について肯定的な見方を示しており、「大きな財政上の問題にはならないだろう」と述べている。ただ、税控除がこれまでの「交通費・その他」に対する従業員税控除から賄われるのか、交通費などの税控除に上乗せしたものとなるのかは、現時点では定められていない。
監視ソフトで残業抑制
アメリカや日本では、リモートワークでも従業員がちゃんと仕事をしているかどうかを監視するソフトウエアが盛況だ。こうした「監視ソフト」は、従業員がコンピュータで書類作成に当たっている時間、タイプしたキーワード、「Twitter」や「Facebook」などを閲覧した時間に加え、コンピュータのカメラで撮影された画像やGPSで追跡された行動範囲まで上司のダッシュボードに送信されるものもあり、春先のロックダウン以降、急速に需要が伸びているという。
こうした監視ソフトについては、「従業員が信頼されていない」「プライバシーが侵害されている」と不快感を持つ従業員が多いのも事実。実際に監視ソフト「Hubstaff」を上司と使ってみた『ニューヨークタイムズ』の記者Adam Satariano氏は、ソフトウエア導入3週間後、上司も自分も分刻みで監視したりされたりする状況が「過度に煩わしい」と感じたことを綴っている。さらに、次第に監視体制に慣れると、「Google Docs」を開きっぱなしの状態で休憩に入るなど、仕事をしているふりをしてソフトウエアを欺けるようになったという。
一方で、監視ソフトを使った自宅勤務状況の把握が、無給の残業を防ぐことにつながるとの指摘もある。リモートワークで結果を出すために、ついつい勤務時間を超えて頑張りすぎてしまう人も多いため、ソフトウエアによる労働時間の管理で、過重労働を防ぐという側面もあるのだ。監視ソフトは使い方によっては労働者の権利侵害にもなり得るし、権利保護にもなり得る「諸刃の剣」と言えるだろう。
企業レベルの意識改革を
リモートワークという新しい働き方に対応したルール作りは、国家レベルで進められているものもあるが、実際のルール適用に関しては各企業の裁量によるところが大きい。
クラウドサービス「Dropbox」のDrew Pearce氏が同社ブログの中で述べたところによると、「つながらない権利」が法制化されてすでに数年が経過しているフランスでも、実際の業務の中にこれを導入するのは至難の業だという。
小さな子供がいる場合、業務を早めに切り上げて子供の世話をし、子供が寝た後に再び数時間を仕事に充てたい人もいるし、国際企業に勤めている場合も、時差を利用して夜に会議をしなければならない人もいる。「午後6時以降は仕事の連絡をしてはならない」というような措置は現実的ではない。
結局、「つながらない権利」の行使は個人の働き方によって変わってくるため、顧客やパートナー企業とも協力しながら、個人の状況への理解や「つながらない権利は大切だ」という意識を高める必要があるのだろう。Pearce氏は、リモートワークにおける「つながらない権利」の浸透には、「フランス企業のマインドセットが変わらなければならない」と指摘している。
一方、青山学院大学法学部の細川良教授も同様の見方。日本ではまだ「つながらない権利」が法制化されていないが、同教授は法律化で一律に決めるよりも各企業が社員の働き方に合わせて考える方が実効性が高いとの見解を示している(『AERA.com』)。企業の上層部には、「勤務時間外にはつながらない」ということを前提に仕事を回せるようなマネジメントが求められるのだろう。
文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit)