睡眠問題が及ぼすSDGsへの影響

日本でも「睡眠負債」という言葉が定着し、睡眠への関心は高まっている印象がある。一方、持続可能な開発目標(SDGs)の文脈で、睡眠の重要性が語られることは少ない印象だ。

睡眠は人間が心身ともに健康を維持するために必要であるだけでなく、勉強や仕事でのパフォーマンスを高める上でも重要だ。SDGsの目標に照らし合わせると、目標3の「健康と福祉」、目標4の「質の高い教育」、目標8の「働きがいと経済成長」など、複数の目標に影響する要素となる。

SDGsでは「睡眠」に関する直接的な言及はないが、睡眠の質の悪化は、これらの目標に間接的に影響を及ぼし、目標達成を困難にするかもしれない。

たとえば、睡眠が健康に及ぼす影響に関して、米シンクタンク・ランド研究所がOECD5カ国のデータを分析したところ、睡眠時間が6時間未満の人の死亡リスクは、睡眠時間が7時間以上の人に比べ13%高いことが判明している。

睡眠負債が健康を阻害することを示唆する数字であるが、このことは国の経済にも多大な影響を及ぼす。ランド研究所は、この睡眠負債の影響を、経済損失(職場における生産性低下)として算出。職場における生産性低下は、睡眠不足に伴う体調不良による欠勤(Absenteeism)、また疾病就業(Presnteeism)によって起こるという想定だ。

全体平均では、睡眠6時間未満の人の場合、年間労働日数250日のうち6日分の生産性が失われ、睡眠6~7時間の人は3.7日分が失われる。

これを国全体で捉えると、年間の経済損失額は、米国ではGDPの2.28%に相当する4,110億ドル(約42兆円)に達する。一方、日本ではGDPの2.92%に相当する1,380億ドル(約14兆円)、ドイツではGDPの1.56%(600億ドル)、英国では1.86%(500億ドル)、カナダでは1.35%(214億ドル)が睡眠不足によって失われているとの推計だ。

上記は2015年の推計値。ランド研究所は、この推計値をもとに2020年、2025年、2030年の予測値を算出している。2030年、最も悪いシナリオでは、米国の年間損失額は、GDPの2.59%に相当する4,657億ドル(約48兆円)、日本の損失額はGDPの3.3%に相当する1,562億ドル(約16兆円)に達する。

SDGsが定める、健康、働きがい、経済成長に関する目標達成で、睡眠の質向上の重要性を示す数字といえるのではないだろうか。

SDGs「教育の質向上」、良質な睡眠なくして学習の質は向上せず

SDGsが定める教育の質向上という視点でも、睡眠は無視できない。

医学ジャーナルJAMAで2020年9月、睡眠時間と認知能力の関連を示す論文が掲載され注目を集めた。

英国と中国の被験者2万以上を対象に実施されたこの研究では、睡眠時間が7時間以下、またはそれ以上の人に認知能力の低下が観察された。

同論文によると、睡眠時間と認知能力の関係は逆Uの字になっている可能性があるという。睡眠時間が7時間の場合、認知能力は逆Uの字の頂点にプロットされる。つまり、睡眠時間が7時間の場合、最も認知能力が高い状態を維持できることになる。一方、7時間以下、またはそれ以上の場合、逆Uの字の頂点から離れるとともに認知能力も低下していくという関係性だ。睡眠時間が4時間、または10時間以上の人に、特に顕著な認知能力の低下が観察された。この研究は、45歳以上の人を対象に実施されたものだが、学生の学習効率への影響を示唆するものといえる。

実際、MITの研究者らによる研究(2019年)では、大学生の睡眠の質・時間・一貫性と成績に一定の相関があることが判明している。

SDGsなどで「教育の質」が語られるとき、学習内容や質など教育のサプライサイドの視点からの議論が多い。しかし、これら最新研究は、学生の健康状態も教育の質に影響することを示しており、睡眠や栄養を含めた包括的な視点の必要性を示唆するものといえるだろう。

アマゾンも独自ウェアラブル販売開始、盛り上がる睡眠テック市場

SDGsの達成や経済損失の回避に向け、睡眠の質・量を改善していくことが求められるところ。政府・企業・消費者の睡眠に対する意識の高まりは、睡眠テック市場の起爆剤となるかもしれない。

Zion Market Researchの推計では、2018年に117億ドル(約1兆2,000億円)だった睡眠テック市場は、年率12%以上の伸びとなり、2025年には266億ドル(2兆7,300億円)と2倍以上に拡大する見込みだ。

2020年12月14日には、アマゾンが独自のウェアラブルデバイス「Amazon Halo」の販売を米国で開始。睡眠の質を詳細にトラックできる同デバイスの投入は、アマゾンが睡眠テック市場への関心を高めていることを示す動きと見て取れる。

現在、睡眠テック市場は、世界初といわれる臨床的に検証済みのウェアラブルデバイス「ScanWatch」や脳派測定と睡眠誘発トレーニングを行うヘッドバンド「URGOnight Sleep Traning Band」が登場、スリープテック2.0とも呼べるような様相となっている。

ScanWatchは、睡眠の専門家だけでなく循環器学の研究者などが開発に携わった腕時計型のウェアラブルデバイスだ。2020年9月には、医療機器として欧州の安全基準を満たすことを示すCEマークを取得。CEマークは、同ウェアラブルデバイスの不整脈検知の機能に付与された。

一方、URGOnight Sleep Traning Bandは、自身の脳波の状況を確認しながら、睡眠誘発トレーニングを行うヘッドバンド。ヘッドバンドと連動したスマホアプリでリアルタイムの脳波状況を確認しながら、睡眠に入りやすい感覚を習得するものだ。

またVRによる睡眠誘発効果に関する研究も進められており、睡眠テックは、医学、脳科学、VRなど様々な分野の知見/テクノロジーと融合しながら進化を続けている。

睡眠への意識の高まり、テクノロジーの発展は、睡眠に関する問題を根本的に解決することになるのか。今後の行方が気になるところだ。

文:細谷元(Livit

参考
ランド研究所・レポート
https://www.rand.org/randeurope/research/projects/the-value-of-the-sleep-economy.html

MIT研究者らによる睡眠と学習効果に関する研究
https://www.nature.com/articles/s41539-019-0055-z

JAMA、睡眠時間と認知能力の関係
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2770743