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ソーシャルディスタンス、各国ごとに距離は様々
日本でのソーシャルディスタンスは2メートルだが、海外では1メートル、1.5メートル、6フィート(約1.8メートル)と各国様々な距離が採用されているようだ。
どの距離が安全なのか、気になる人も多いかもしれないが、統一した見解は得られていない状況だ。
それもそのはず。ソーシャルディスタンスの最適距離は、空気の温度・湿度、気流、屋外・屋内、マスクの着用有無など様々要素によって変動する可能性があり「2メートルが最適」などと固定化することができないからだ。
そもそも日本や英国などで採用されている2メートル、米国などで採用されている6フィート(約1.8メートル)という距離は、昔の研究を基に設定された基準であり、最新研究では状況によってはこれらの距離も十分ではない可能性が示唆されているのだ。
最新研究は、ソーシャルディスタンスにどのような示唆を与えているのか。「正しく恐れる」ためのヒントを探ってみたい。
米国などで主流の1.8メートルが安全という説の起源
世界のソーシャルディスタンス状況を概観すると、1.8~2メートルという距離を採用する国が多い。
その根拠はどこにあるのか。
まず6フィート(1.8メートル)説の起源について見ていきたい。
6フィート説の起源は1930年代までさかのぼる。
2020年11月に開催されたアメリカ物理学会・流体力学部門の第73回年次会合で、このトピックについて議論されている。
同会合で指摘されたのが、現在米国で強く信じられている6フィートが安全という考えは、1930年代に実施された一連の実験に基づくということだ。これらの研究では、呼吸器飛沫が蒸発するまでの時間や距離が計測され、6フィートなら、飛沫による感染リスクを減らせるということが示唆されたという。
しかし、物理学における流体力学シミュレーションなどの最新技術による研究では、飛沫の感染能力は1930年代の研究が示すよりも、長く継続する可能性が示唆されている。オランダ・トゥウェンテ大学で実施されたシミュレーションでは、飛沫の寿命は1930年代の研究が示すよりも100倍以上長い可能性が示唆された。特に、気温が低く、湿度が高い場合、飛沫の蒸発速度は遅くなり、感染リスクも継続することになる。また飛沫が蒸発しても、ウイルスが残り、感染を誘発するリスクも指摘されている。
同会合では、コンピュータを駆使した最新研究で、マスクの有効性も示さされている。インド理科大学院とカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者が実施した研究では、飛沫の中でも大きさが10~50マイクロメートルのものの感染能力が高いことが判明。一方、マスクによって、飛沫の大きさを5マイクロメートル未満に抑えることができれば、感染速度を低減できる可能性があるという。
同会合で特に注目されたのは、マサチューセッツ工科大学・感染流体力学研究所所長のリディア・ブルイバ氏の発表だ。
ブルイバ氏による流体力学シミュレーションでは、人間の呼気は「雲」のようなメカニズムで変化することが判明。気流によって変化することに加え、通常の呼気、くしゃみ、咳によってもそれぞれ異なる形で変化するという。ブルイバ氏は、それぞれのケースで感染飛沫の広がり方も異なるため、状況に応じたソーシャルディスタンスの距離や感染防止策が求められると指摘している。
一方、北欧理論物理学研究所の研究者らは、香水の香りの発散モデルを応用した感染シミュレーションを実施。それによると、屋内では感染者から3メートル離れていても、1分ほどで飛沫が到達する可能性があることが判明。この結果を受け、同研究を率いたドゥルバディヤ・ミトラ氏は、屋内では一般的なソーシャルディスタンスの距離は意味をなさなくなると指摘している。
ソーシャルディスタンス、2メートル説の起源は1940年代
2メートル説についてはどうか。
オックスフォード大学・エビデンスベース・メディシンセンターのウェブサイトで公開されている論文が2メートル説について切り込んでいる。
同論文は、2メートル・ルールはウイルス感染が大きな飛沫か小さな飛沫による空気感染で起こるという古いモデルに基づいたものであると指摘。その上で、実際の複雑な感染メカニズムを考慮し、複数の要素/状況に応じて距離を設定する必要があると主張している。
2メートル・ルールの出処の1つとされているのが1942年の研究だ。同研究では高速写真によって飛沫の飛距離が計測されたが、飛沫のほとんどが1メートル内に着地したため、1~2メートルが安全との認識が広がったという。その後も、ライノウイルスや髄膜炎菌などに関する研究でも1~2メートルが妥当とされたため、2メートル・ルールが定着していった。
しかし、当時の技術では微小の飛沫を捉えることができていない。飛沫は小さくなるほど、遠くに飛ぶことができ、2メートル・ルールの妥当性も崩れてしまう。
1946年、英エジンバラ大学の研究者らがガラス板に咳をする形で飛沫を採取する実験を行ったが、このとき5マイクロメートル以下の飛沫は確認されなかったとされている。この結果は、近年のサンプリング技術を活用した分析結果とは大きく異る。
同論文でも、MITのリディア・ブルイバ氏の最新研究(2020年3月)に言及し、目に見える大きな飛沫の浮遊範囲が1~2メートルである一方、小さな飛沫は6~8メートル離れたところでも観察されると指摘している。
こうしたことを踏まえ、ソーシャルディスタンスの実施においては、空気の状態、換気状況、屋内の状況、アクティビティの種類など様々な要素を考慮する必要があると結論づけている。
ソーシャルディスタンスで2メートルの距離を保っているから大丈夫と思い込むのではなく、何がどうなれば感染リスクが高まるのか「正しく怖がる」ためには、上記のような研究結果を基にした議論が求められるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)
参考
アメリカ物理学会・流体力学部門の第73回年次会合レポート
https://scitechdaily.com/social-distancing-isnt-enough-to-prevent-infection-how-to-detect-covid-19-super-spreaders/
オックスフォード大学・エビデンスベース・メディシンセンターウェブサイト
https://www.cebm.net/covid-19/what-is-the-evidence-to-support-the-2-metre-social-distancing-rule-to-reduce-covid-19-transmission/