INDEX
現在ほぼ「2強独占」状態のオランダのスーパーマーケットチェーン市場
「ケチ」と言ってもいいほど堅実で有名なオランダ人を相手にビジネスをするオランダのスーパーマーケット業界。
数社の巨大企業が競い、ローカル展開の数社は地元密着で企業努力し、オーガニックフードなど特定の分野に特化する企業も…といった構図は、日本と同じだろうか。
同国では2003年から、価格競争により4年間で多くの倒産・統合を招いた「スーパーマーケット戦争」が起きた。現在「Albert Heijn(現在国内984店舗)」と「JUMBO(583店舗)」のほぼ2強状態となっているのはその結果だ。
日本でいえば前者が「イオン」、後者が「セブン&アイ・HD」という感じだろうか。ちなみに近年、日本でいう「OKストア」のような存在のドイツ資本格安スーパーチェーン2社が業績を伸ばし、店舗数ランキングで3位と4位につけている。
時代を先取る取り組みを次々と打ち出す「2番手」JUMBO
中でも現在2番手につけている「JUMBO」は、1979年創業と比較的歴史の浅い企業でもあり、軽快なフットワークで次々に打ち出す社会問題への取り組みをブランド力にしている。
今年の大テーマは、以前から積極的に取り組んできた「孤独撲滅」と「持続可能性」、そして外すことのできない「アフターコロナのニューノーマル」の3点。スーパーがそれぞれの課題にどうアプローチしているのか、いずれも日本においても意義の深そうな取り組みをご紹介したい。
オランダ社会でスーパーに期待が寄せられる「高齢者の孤独対策」
少子高齢化に伴う高齢者の孤独の問題は、先進国が共通して抱える課題だ。
同社は従来より、無料のコーヒーを持ち込んで座れる「おしゃべりテーブル」をほぼ全店舗に設置。高齢者が日常生活のちょっとした困りごとと連絡先を書き残せる伝言板や、高齢者向けの情報を掲示できるボードなどを配置するなど、孤立しがちな高齢者と地域社会をつなぐ場作りに取り組んできた。
その試みが好評を得たため、昨年はそれを一歩先に進めて一部の店舗に「おしゃべりレジ」を設定。既存のレジの中から1台に比較的ベテランの店員を配置し、支払いなどに手間取りがちな高齢者が焦る必要がなく、店員とちょっとしたおしゃべりをしながら清算するためのレジとし、「急いでいる方は他のレジにお回りください」と呼びかけた。
地域によっては「高齢者だけ特別な配慮をされてずるい」という声が聞こえてきそうなものだが、同社はさらに数年前から清算の迅速性を保証するために「すべてのレジに3人以上並んでいて、不可避的に清算の順番待ちの4人目になってしまったらその回のお買い物は無料」ポリシーを全店で実施している。全年代の人に利益のあるサービスとの組み合わせにより、大きな不満もなく受け入れられているようだ。
もっとも高齢者の孤独問題に取り組んでいるのは同社だけではない。オランダ高齢者基金代表のTamara Bok氏は、「スーパーの社会的意義が変化してきている」と語る。
高齢者のみならず誰もが物理的な社会的孤立に陥る可能性がある現代(特にコロナパンデミックにより多くの人が社会的接触を控えた今年)、ほぼすべての人にとって必要な物資である食料を販売するスーパーは、個人と社会をつなぐ重要なインターフェイスだ。そんなスーパーは、さまざまな人に「居場所」を提供する役割が求められているという。
スーパーチェーン各社が高齢者基金などへの協力を開始する中、業界最大手のAlbert Heijnも各店舗に「御用聞き用店員」を配置。店舗によってはもう一つの高齢者の「居場所」となりがちな病院と月に2回話し合いを持ち、地域の高齢者支援のアイディアを出し合っている。
その中から実演販売用の可動ミニキッチンを店舗内スペースで開放し、料理が得意な高齢者が「おばあちゃんのケーキ」を焼いてふるまう日を設けたりといったイベントも生まれた。
同社Breda支店店長のAndré Boersma氏はこう語る。
「営利企業であっても、成長するにつれ期待される社会的役割は大きくなります。もちろんこれらの取り組みは利益を生みません。でも困っている人にとって居心地がいい店は、すべての買い物客にとって居心地のいい店ではないでしょうか」
ちなみにコロナ禍において孤独の問題がますますクローズアップされた今年、JUMBOは10月の孤独撲滅週間に合わせてグリーティングカードつきで完成品を誰かにプレゼントしに行くことを前提とした食材のキット「おしゃべりボックス」を発売した。
同社のランニングタスクでもある「サステナビリティ」
サステナビリティ(持続可能性)は同社のフラッグシップポリシーだ。新しい技術と手を組むフットワークが非常に軽く、フードロスや生産過程の環境負荷といった食品を取り巻く問題にアグレッシブに取り組んでいる。
環境負荷が低い植物ベースの食品を推進するため、従来より豆腐やベジミートなどの肉代替品を豊富に扱ってきたほか、植物性の原料から製造したフェイクシーフードを開発する同国食品会社Vegan ZeaStarの「こんにゃく製サシミ」など、新しい植物性の食品を他社に先駆けて導入し続けている。
もちろんフードロス問題への挑戦も積極的にアピールする。
Together Against Food Waste基金との提携のほか、各店舗のレジと本社、供給元をネットワーキングするスマートシステムにより効率的な仕入れを目指し、国内のフードバンクとも強力に連携。消費者向けにも「残り物レシピ」を提供するなど、生産者から消費者までが一体となってフードロスを減らすシステムの構築に励んでいる。
今年9月の「食品ロス0習慣」に合わせて販売を開始した目玉商品は、売れ残りパンをリサイクルして製造された「パンから産まれたパン」。
国内で毎年2億キロが廃棄されているともいわれ、最も無駄の多い食材のうちのひとつである食パン。同社は売れ残りのパンを回収し、粉砕したのち特殊なケトルで新たなパン生地に生まれ変わらせる技術を大規模に採用した最初の小売業者となった。今は最もベーシックな食パンのみだが、消費者の理解が得られれば他の種類のパンにもこの技術を拡大するという。
そのほか、国内では珍しい生鮮食品の「見切り品コーナー」の全店設置、オランダのスーパーで一般的な店舗内のフレッシュオレンジジュースマシーンから出るオレンジの皮を利用した自社ブランドの洗剤ライン「皮生まれ洗剤」の発売など、今年だけでも消費者の目を引くサービスを多数展開した。
国内No.1の評価を得るコロナ対策
今後しばらくは、どんなビジネスも避けて通れないであろうコロナ対策。
パンデミックによりあらゆる業界に影響が及んだが、オランダでは11月にも首相のMark Rutte氏が「スーパーマーケット業界はパンデミックにより多くの収益を上げたので、投資資源がたくさんあるはずだ」とさらなるパンデミック対策を要請して業界からの反感を買った。
オンラインショッピング・配送サービスをいち早く導入・アピールしていた同社は、パンデミック初期からオンラインに注文が殺到し、システムの問題が相次いだ。現在、オンラインシステムの安定化や配送センターの増設、各支店の店舗改装を急ピッチで進めており、ビジネス全体の「ニューノーマル」に対応した構造へのリフォームに余念がない。
特にドイツのWitron社の技術でピッキング作業の75%をロボットが行い、エネルギー生産や生態系への配慮など「世界で最もサステナブルな建物」の認証を受けた全国流通センターのオープンは大きくニュースになった。
業績の好調に反して、時代の変化のスピードにキャッチアップすべく身軽な組織を目指して上層部から大量の依願退職者を募ったのも今年だ。
米カスタマーエクスペリエンス分析家のBlake Morgan氏、欧州を拠点にリテールロボットの開発を行う企業Tokimonoなど複数の専門家の指摘に共通する点は、コロナ後の食品小売店のニューノーマルの中では特に、デリバリーの充実と店舗内での体験の質の向上が最優先であるという点。
その点においてJUMBOは配送サービスの安定にいまだ苦戦している印象はある。しかしレースがキャンセルされた自社自転車ロードレースチームの選手を高齢者やヘルスケア従事者などへの商品の配送に投入したりと、ユニークな改善策も打ち出した。
また、全国の店舗を「ニューノーマル」に合わせて急ピッチで改装している。地域のニーズに合わせてデザインしているが、共通する方針は以下の通りとのこと。
① 陳列棚を上方向に伸ばすことで空き面積を拡大し、買い物客が距離を取りやすくする
② 足で開けられる冷蔵庫など、極力手を使わずに商品をかごに入れられる工夫
③ 買い物体験向上のための「リテールテイメント」の充実。店内に子どもの遊び場や、キャンディマシーンなどを設置
手指消毒用のアルコール噴射マシーン、かごを消毒するための人員配置などにすばやく対応した同社は、先日の覆面全国調査でも91.2%が「満足」と評価し、その比率が84.1%だったAlbert Heijnに有意な差をつけて最高評価を得た。これも高齢者孤独対策などで「来店者みんなにとって居心地のいい場所作り」に取り組んできた背景が間接的に関係しているかもしれない。
ユニークな取り組みを続々打ち出す「オランダ2番手」のスーパーマーケットチェーンJUMBO。オランダへお越しの際には、ぜひそのユニークなお買い物体験を味わいに来てほしい。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)