INDEX
SDG目標16「平和と公正」、暴力とお金の関係がカギ
17の目標から成る持続可能な開発目標(SDGs)、その16番目には「平和と公正をすべての人に」という目標が掲げられている。
その具体的なターゲットには、あらゆる形態の暴力や暴力による死亡率を減少させること、子どもに対する虐待や搾取の撲滅、汚職・贈賄の減少などが挙げられている。
一見「重い」トピックであり、個人では何もできないのではないかと思われがちな問題だが、リテラシーを高め、仕事・プライベートにおける普段の行動を変えることで目標達成に微力ながらも影響を及ぼすことができるかもしれない。
平和を脅かす要素は様々存在するが、暴力の根源には必ずそれを誘発する「アクター」が存在する。これらのアクターが暴力活動に従事できる理由は、そこに資金があるからだ。資金がなければ、武器を買うこともできなければ、人員を雇うこともできず、暴力活動が拡大することはない。
この視点を踏まえつつ、カントリーリスクやコンプライアンスへの知見を深め、それを消費やビジネスにおける意思決定につなげることで、暴力につながる可能性のある資金供与を減少させることが可能となる。
他国に比べ平和な日本では、カントリーリスクなどを考えるきっかけはあまりない。しかし、日本の状況は例外といえるもの、一歩日本の外に出て見れば、様々なリスクがあることに気づく。
以下では、普段の生活において個人がどのように平和と公正に貢献できるのか、そのヒントを探ってみたい。
カントリーリスクで考える普段の消費行動・ビジネス意思決定
まず「カントリーリスク」について見ていきたい。
カントリーリスクには様々な定義が存在しているが、SDG目標16の観点からいえば「腐敗リスク」を考慮するのが妥当だろう。政府の役人が犯罪組織とつながりを持つ国は少なくない。欧米諸国や日本は比較的法の支配が効いており、そのような人物は少ないが、アフリカ、中東、中南米では、法の支配が弱く汚職役人が跋扈している国が多いのだ。
このような国の製品/サービスの購入や資金供与は、犯罪組織の資金源となることも考えられるためお金の支払い前には十分な吟味(デューデリジェンス)が必要となる。
腐敗・マネーロンダリングという視点でカントリーリスクを見たい場合、スイスの組織「バーゼル・ガバナンス・研究所」が発表しているカントリーリスク・ランキングが役立つだろう。これは、国ごとのマネーロンダリングやテロ支援のリスクを評価し、ランク付けしたもの。
2019年版のランキングでは、どのような国がハイリスクと評価されているのか。
1位はアフリカのモザンビークだ。同国のお金の流れの不透明性は、AFPが2018年12月11日に伝えた記事にも見て取るができる。その報道によると、モザンビーク政府では「幽霊職員」が3万人もおり、無駄な人件費が280億円もかかっていたというのだ。
世界銀行のデータによると、モザンビークの政府支出に占めるODAの比率は2018年時点で61%。海外政府からの支援金がどのように使われているのか吟味すべきなのかもしれない。
このバーゼル・ガバナンス・研究所のカントリーリスク・ランキングでは、アフリカだけでなくアジア諸国の多くが上位にランクインしているのが印象的だ。モザンビークに続く2位にはラオス、3位にはミャンマーがランクイン。またベトナム8位、カンボジア16位、中国19位、モンゴル20位という順位になっている。
中国と国境を接するラオス、ミャンマー、ベトナムに加え、カンボジアは、それぞれの国境付近のカジノがマネーロンダリングの温床となっていることはよく知られている。ミャンマーに至っては、同国北東部のシャン州が違法薬物「メタンフェタミン(覚醒剤)」の製造ハブとして発展、犯罪組織・武装組織を潤す資金源となっている。
インターナショナル・クライシス・グループの報告では、中国からメタンフェタミンの原材料がシャン州に運ばれ、製造されているという。また同報告は、ミャンマー政府が本気でこの問題を取り締まるインセンティブは弱いと評価している。
日本にとって身近な国だが、同ランキングはこれらの国における法の支配の脆弱性、そして資金の流れの不透明性を示すもの。これらの国の製品・サービスの購入、旅行、ビジネス取り引きにおいては十分にデューデリジェンスする必要があるといえるだろう。
増大するコンプライアンスリスク、AIなど活用したRegTechの可能性
SDG目標16は、ビジネスの文脈では「コンプライアンスの遵守」という形で寄与することができる。上記のリスクを踏まえたデューデリジェンスを行うことで、暴力につながるであろう資金の流れを止めることが可能となるのだ。
特に、国際取り引きが標準となり、取り引き相手も多様化している現在、デューデリジェンスの重要性は増しているといえる。取り引き相手や地域が拡大しているということは、調べる情報が増えているということでもあり、調査コストはかさみがちだ。
しかし、ネガティブな情報が一瞬にして世界を駆け巡る状況、暴力や人権侵害に加担してしまうことは、倫理的に言うまでもなく、企業の存続に関わる問題でもあり、デューデリジェンスは手を抜けない。
この点で今注目されているのが「RegTech(Regulatory Technology)」だ。
国にまたがる情報の膨大な調査をAIなどを活用し、より速く正確に実施できるソリューションが多数登場しているのだ。デロイトのまとめでは、2020年時点で400社以上のRegTech企業が存在するという。
AIベースのリスク分析ソリューションとしては、米Exiger社の「DDIQ」やRDC社のものがある。
たとえば、RDC社のAIソリューションは、取り引き対象となる企業や人物に関するメディア情報検索、PEPs(公的に重要な役職につく者)の調査、制裁対象であるか否かの確認で、AIを活用し企業のコンプライアンス部門の調査負荷を軽減。マネーロンダリング防止で、金融機関による同ソリューションの利用が増えている。
上記は法人向けのリスク分析ソリューションだが、ミレニアル世代やZ世代における人権侵害や環境問題への意識が高まっていることを考えると、消費者向けにカントリーリスクなどを示すデューデリジェンスアプリが登場してもおかしくない。リテラシー向上やRegTechの普及が平和構築にどう影響していのか注目したいところだ。
文:細谷元(Livit)