ウェルビーイング向上にはVRが必須に?

心理学研究やメンタルヘルスケア領域での利用が増えつつあるバーチャルリアリティ(VR)。ウェルビーイングにおいても必須のツールとなるかもしれない。

ウェルビーイングとは、身体的な健康(ウェルネス)だけでなく、精神や感情など様々な要素の健康を実現し、幸福感を持つポジティブな状態を意味する言葉だ。

英エクセター大学の研究者らがこのほど発表した論文によると、VRを通じた自然映像視聴はテレビの自然映像視聴よりもポジティブな感情と幸福感を高めることが判明した。実験に使われたのは、インスタグラム100万人獲得でギネス最速記録を持つデビッド・アッテンボロー氏による自然ドキュメンタリー番組「Blue Planet II 」。

壮大な自然を映し出す同番組、テレビ視聴でもポジティブ感情と幸福感の高まりが観察されたが、同様の映像をVRで視聴した場合、その効果はより高くなることが分かったのだ。

英エクセター大学、VRのポジティブ感情増幅効果を示す研究

この論文は、学術誌Journal of Environmental Psychology72号(2020年12月)に掲載されたもの。

論文タイトルは「What is the best way of delivering virtual nature for improving mood? An experimental comparison of high definition TV, 360 video, and computer generated virtual reality」。論文サイトScienceDirectにて無料で閲覧することができる。

同様の自然映像を、高画質テレビ、360度動画、CGによるVR映像、これら3種類の方法で視聴したとき、それぞれ感情にどのような影響を与えるのかを調べたものだ。被験者は96人。

ベースとなる自然映像には冒頭で紹介したアッテンボロー氏がナレーションを務めるBBCの「Blue Planet II 」が採用された。

高画質テレビ向けには、Blue Planet II の水中映像の抜粋部分、一方360度動画には、Blue Planet II の撮影チームが現地で360度カメラを使って撮影したVR映像が採用された。この映像は本編では公開されていない。CG・VR映像には、VRヘッドセットHTC・VIVE向けの水中体験ゲーム「The Blu:Reef Migration」が使われた。

論文「What is the best way of delivering virtual nature for improving mood? An experimental comparison of high definition TV, 360 video, and computer generated virtual reality」で使われた映像(左上 テレビ画面;右上 360度カメラで撮影された映像;右下 「The Blu」の映像)

テレビ視聴とVR視聴の効果を比較するため、水中映像はできるだけ同じになるように編集されている。

被験者はこれらの動画を視聴する前に「退屈」になるタスクを実施。自然映像を視聴することでこの退屈状態がどれほど緩和されるのか、またそれに伴いポジティブ感情や幸福感がどれほど増すのかが分析された。退屈という感情が選ばれたのは、病院や老人ホームでその場所から動けない人に対してVRがどのような心理影響を及ぼすのかという点が関心対象となっているため。

実験の結果、退屈状態の緩和に関しては、テレビ、360度動画、CG・VR動画に関わらず、一定の効果が観察された。つまり、退屈状態である場合、少なとも「Blue Planet II 」、またはそれに似た映像・音声を視聴することで、脳が刺激され、退屈を感じなくなる可能性が高いということだ。

違いが出たのは、ポジティブ感情や幸福感の増加について。この点で、最も高い効果を示したのが、CG・VRを通じて自然動画を視聴したときだったのだ。

上記でも述べたように、CG・VRで使われたのはVIVE用のVRゲーム「The Blu:Reef Migration」。このVR映像に登場するシーンはすべてCG映像となる。しかし、研究者らは、平面テレビや事前に録画された360度動画とは異なるVRゲームのインタラクティブな特性を挙げ、これが「その場にいる感覚(feelings of presence)」と「自然とつながっている感覚(nature connectedness )」を高め、結果的にポジティブ感情や幸福感の高まりにつながった可能性があると指摘している。

同論文の研究者たちは、この実験結果を踏まえ、今後老人ホームや病院などでのフィールド研究を実施する計画という。

急速に拡大するVR市場

エクセター大学の研究は、メンタルヘルスを含むヘルスケア領域全般におけるVRの可能性を示すもの。

Verified Market Researchの予測によると、ヘルスケアVRのグローバル市場は2019年に21億4,000万ドル(約2,240億円)にとどまるものだったが、2027年には337億2,000万ドル(約3兆5,200億円)に拡大する見通しだ。

またIDCも2020年9月のレポートで、消費者だけでなく企業のVRへの関心が急速に高まっており、VRヘッドセットの出荷台数は2020〜2024年まで、年率平均48%で増加すると予測している。

ゲーム以外の領域でその可能性が見いだされているVR。ヘルスケアではどのように活用されていくのか、今後の動向が気になるところだ。

[文] 細谷元(Livit