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「ディープテック」の意味と意義
このところ海外のビジネスメディアで「Deep Tech(ディープテック)」という言葉をよく見かけるようになってきた。
AIの1手法である「ディープラーニング」との似た響きがあり、一見AIに関する先端テクノロジーなのかと思ってしまう。
実際、その定義の範疇にディープラーニングなどのAI技術は含まれるが、ディープテックの意味は異なるところにある。
「Deep Tech」という言葉を作り出したのは、米MIT出身のインド系女性起業家兼投資家スワティ・チャトゥルベディ氏といわれている。
チャトゥルベディ氏は2015年7月のLinkedinへの投稿記事で、ディープテックという言葉を作り出した理由とその意義を詳細に説明している。
投資家としてのキャリアが長いチャトゥルベディ氏、いわゆる「テック産業」における投資で大きな課題を感じていた。
同氏いわく、テック産業では、ビジネスモデルのイノベーションに長けたテックスタートアップに投資資金が集まる一方で、生命科学など科学技術・研究開発ベースのイノベーションに従事するテックスタートアップには、資金が集まりにくい構造があったという。
同氏は、ビジネスモデル型イノベーションに長けたテックスタートアップの例としてウーバーを挙げている。一方、同じ交通・移動分野でも自動運転車や空飛ぶ自動車を開発するテックスタートアップはディープテックに分類されると指摘している。
一般的には、前者も後者も「テックスタートアップ」と呼ばれることが多い。またビジネスモデル・イノベーション型のスタートアップに注目が集まりやすいという傾向もある。これが、エンジェル投資家らの認知にも影響し、シード段階で資金が必要なディープテック・スタートアップの資金調達を難しくしていたという。
この問題を解決すべく、作り出したのが「Deep Tech」という言葉だ。つまり、ビジネスモデル・イノベーションを目指すテックスタートアップと科学技術イノベーションを目指すテックスタートアップを分類し、後者における投資資金の循環を促進しようという狙いから作り出された言葉となる。
ディープテック・スタートアップは、ビジネスモデル型のテックスタートアップに比べ、研究開発期間が長く、より多くの資金を必要とする。また、そのイノベーションがもたらす社会経済へのインパクトは非常に大きなものとなる。こうした特性を「deep」という言葉で表している。
チャトゥルベディ氏の「ディープテック」分類の提唱以降、ディープテック・スタートアップへの関心は高まり、投資は順調に伸びている。
ボストン・コンサルティング・グループによると、世界のディープテック投資は2015年の98億ドルから年率22%で増加し、2018年には178億ドルとほぼ2倍増加している。
インドのディープテック動向、IT業界団体はスタートアップ育成プログラム開始
ディープテックという分類で見ると、スタートアップ数が圧倒的に多いのは北米と欧州だが、アジア圏の動向も無視できない。
インドでは、IT業界団体NASSCOMがディープテック・スタートアップの育成促進を目的としたプログラム「Deep Tech Club」を開始。
AI、VR・AR、ブロックチェーン関連のスタートアップをピックアップし、研究機関、大手企業、投資家らとのネットワーク構築支援、またメンタリングやビジネス拡大支援などを通じ、世界で活躍できるディープテック企業を生み出すことを目的とするものだ。
現時点で同プログラムでは78社が選定されている。その大半がシード段階のスタートアップだが、すでに大手企業に買収された企業もいくつか含まれている。
買収された企業の1つがホログラフィックメガネを開発するTesseract。インド3大財閥の一角リライアンス・グループに買収され、同財閥傘下のメディアブランド「Jio」の名で、ホログラフィックメガネがローンチされる予定だ。
北米・欧州市場を狙うインドの宇宙ディープテック企業
インドではDeep Tech Club所属のスタートアップだけでなく、すでにある程度の認知度を有し、地元メディアから関心を集めるディープテック・スタートアップが複数存在する。
2015年にバンガロールで設立されたBellatrix Aerospaceは、2023年に独自開発したロケットを宇宙に発射する計画を持つ宇宙ディープテック・スタートアップだ。
同社が開発しているのは、水を燃料とする衛星用の電動推進装置と衛星発射用ロケット。ターゲット顧客には、エアバス、ボーイング、仏航空宇宙大手タレスのほか、多数の衛星製造メーカーが含まれる。2020年末までには、米国と欧州にオフィスを開設する計画だ。
Bellatrix Aerospaceのほかには、ガスパイプ点検自動化技術を開発するDetect Technologiesやコンピュータビジョン技術を開発するOrbo.aiなども注目される存在となっている。
NASSCOMによる予測では、2025年にはインドのスタートアップ・エコシステム規模は4倍増となる見込み。スタートアップにおける直接雇用は、2019年時点の40万人から120万人に、間接雇用は160万人から440万人に増えるとのこと。エコシステム拡大において、ディープテック企業の寄与度は無視できないものだという。
「ディープテック」分野では今後どのようなスタートアップが登場するのか。インドを含め、その世界動向から目が離せない。
文:細谷元(Livit)