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人材不足・スキルギャップによる機会損失、8兆ドル以上
技術革新や経済社会の変化によって世の中で求められるスキルも大きく変わる。もともと第4次産業革命と呼ばれる変化が起こりつつあった状況に、新型コロナ・パンデミックが発生し、スキルを取り巻く変化は誰もが感じるほど速いものになった。
特にIT領域はパンデミック前から「スキルギャップ」や「人材不足」が叫ばれていた領域だが、リモートワークの増加でIT人材に対する需要は一層高いものとなっており、これに伴いスキルギャップ問題もさらに深刻化することが想定される。
しかし予想に反し、IT領域におけるスキルギャップは縮小する可能性がある。
英国のIT人材サービス会社CWJobsがこのほど実施した調査で、IT関連職への転職を検討している非テック人材の割合が半数以上に上ったことが判明。またパンデミックをきっかけにITスキル習得に乗り出した非テック人材が多いことも分かり、IT人材市場の供給サイドに異変が起こっていることが示唆されたのだ。
政府によるテックスキル習得支援やIT企業によるオンラインコース拡充など様々な要因が重なり、IT人材供給が増加しつつある。
ロサンゼルスを拠点とする経営コンサルティング会社コーン・フェリーによると、もし世界的な人材不足問題がこのまま継続すると、2030年には金融・IT・製造などにおける不足人材数は8,500万人に上り、それによる企業の機会損失額は年間8兆5,000億ドル(約882兆円)に達するという。
時代の変化に沿うスキル最適化の重要性を示す数字。英国のITスキルギャップ縮小傾向から、この世界的なスキルギャップ問題に対するソリューションのヒントを得ることができるかもしれない。
以下では、ITスキルをめぐって英国で何が起きているのか、その動向を追ってみたい。
非テック人材のIT転職、増加する見込み
上記CWJobsの調査は2020年9月9~16日、英国在住のIT人材1,120人、非IT人材1,026人、計2,146人を対象に実施された。
この調査で明らかになった特筆される傾向の1つは、非テック人材の半数以上(56%)がIT関連職への転職を検討しているということだ。この傾向は、英国北部地域で顕著になっている。非テック人材のうち、IT関連職への転職を検討しているとの回答は、北西・北東部でともに64%、またヨークシャー/ハンバー地域では72%に上った。
リモートワークや一時解雇などによって余剰時間が増え、また危機感の高まりも相まって、新たにITスキルを習得し、IT職への転職を希望する人が増えていることを示す数字だ。
実際、英国統計局によると、4月時点の在宅勤務の割合は46.6%と半数近くに達している。また英国政府ウェブサイトによると、一時解雇(furloughed)の労働者割合は5月に30%に達したという。
このリモートワークの増加が企業のIT人材需要の高まりにつながっており、今後非テック人材のIT転職シフトを加速させる要因の1つになると見られる。
CWJobsのレポートによると、リモートワークの増加に伴い、多くの企業で需要が高まっているIT職がITサポートとサイバーセキュリティだ。
テック人材に今最も必要とされるIT職を聞いたところ、ITサポートが33%で1位、サイバーセキュリティが23%で2位となったのだ。これに、クラウド(18%)、AI(15%)、コーディング(15%)、データアナリティクス(13%)が続いた。
ITメディアComputer Worldは上記調査結果に触れ、過去1年間のオンラインITコースで最も人気が高かったのが「ITサポート」関連のものだったと伝えている。
CWJobsのディレクター、ドミニク・ハーベイ氏はComputer Worldの取材で、IT分野のスキルギャップ縮小を継続していくには、IT職に対するイメージや前提を明確にする必要があると指摘している。
一般的に「IT職=コーディング」というイメージが強いが、実際はそれ以外のエントリーレベルの職が多く、非テック人材にとっては、これらがIT職に転職する大きな機会になると述べている。
ビジネスアナリティクス、ヘルプデスクサポート、基本的なサイバーセキュリティなど、適切なサポートがあればエントリーレベルのIT人材でもこなすことができるという。
その気になれば、いつでも学習できるITスキル
ハーベイ氏が指摘するように、多くの人々のIT職に対するイメージが変わればスキルギャップが縮小する余地は大いにある。変化が速いITトレンドだが、その時々の「使えるITスキル」を習得できるオンラインリソースが拡充されており、その気になれば誰でも学ぶことができる環境が整ってきているからだ。
たとえば、グーグルはこのほど数年前から提供していた「ITサポート」と「IT Automation with Python」の2コースに「データアナリティクス」「プロダクトマネジャ」「UXデザイナー」の3コースを追加、またこれらのコース修了者を大卒と同等と扱うとし話題となった。
一方、マイクロソフトも世界2,500万人を対象にしたITスキルアッププログラムを提供。さらに英国では政府よる若年層向けサイバーセキュリティコースがオンラインに移行し、ITスキル習得の垣根は小さくなっている。
IT領域のスキルギャップはどこまで縮小するのか。英国の取り組みと動向から目が離せない。
文:細谷元(Livit)