INDEX
日本からは世界を変えるような革新的なイノベーションは生まれない。そうメディアで囁かれるようになったのはいつからだろうか。
日々、私たちの日常の中で話題となるのは、GAFAMを中心とした米国企業のサービスばかり。経済的リソースも知見も豊富にあるはずの日本からそうしたインパクトがないのはなぜだろうか。挑戦者たちを支援する運動「アドベンチャービレッジ」発起人の出井伸之氏は、現在の日本の経済状況を「冬の時代」と表現する。
これまでAMPでは、アドベンチャービレッジの概要、ビジョン、挑戦者たちの視点を中心に紹介してきた。
第4回目となる今回の記事では、挑戦者たちを支援するギバーの視点から、日本の現在の問題点や現況、日本が本気で変革していくためにどうしたらいいかを訊いていく。
お話を訊いたのは、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事の小林りん氏、WiL共同創業者兼CEOの伊佐山元氏、慶應義塾大学 環境情報学部教授 ヤフー株式会社CSOの安宅和人氏。
(以下、敬称略)
日本は挑戦者が生まれづらい環境
グローバルの知見も持つギバーから見て、現在の日本はどのような特徴を持つ国だと言えるのだろうか。
——小林氏はまず、日本に挑戦者が湧き出ない理由として、環境・教育的な側面から語った。
小林:二つ課題があると思っています。一つは、ダイバーシティが欠如している点。仕事場だけでなく、様々な組織において、画一的な属性が集まっているケースが多いと思います。例えば、男性だけで女性が不自然に少ない、外国人が少ない、若手が少ないなど。多様な価値観や視点が集まらなければ、イノベーションの種は生まれにくいのではないでしょうか。
もう一つは、日本は失敗が許されない社会だという点。一度でも失敗してしまえば、社会のレールから外されてしまう。減点主義とも言えると思います。新しい挑戦をしろと言うわりには、失敗すると左遷させられてしまう。学校でも同じです。良いところを伸ばすよりも、苦手な所を一生懸命補ってまんべんなく出来る人を育てる風潮が未だに残っています。
こうした環境と文化の問題が組み合わさって、イノベーションや挑戦が生まれづらい社会が出来上がってしまったのだと思います。高度経済成長期はそれでも問題ありませんでした。ですが、皆が同じ方向を向いていても右肩上がりに成長できる時代は30年以上前に終わっているのに、その文化を引きずってしまっている。そろそろ本格的に意識改革が必要な気がします。
——次に伊佐山氏は自身の海外在住の経験から、日本の特殊性について言及する。
伊佐山:挑戦という言葉を聞いて、まず定義を考えなければなりません。起業してベンチャー経営をしている人も挑戦者ですし、大企業の中で新しいアクションを起こそうと思っている人も挑戦者です。もちろん企業だけでなく、自治体や学校の中にも挑戦者は存在していると言わなければなりません。
その上で私の考える挑戦者像というのは、今の社会に対しての何らかの不満だったり、未来に対しての希望みたいなものが原点となって、それに向かっていくエネルギーを持つ人だと思っています。
私はシリコンバレーでのビジネス経験が長いのですが、ここではアメリカだけでなくヨーロッパ、アジアの情報が世界中から集まってきます。その中で相対的に世界を見てみると実は、日本という国は、他の国と比較して困っていることが少ないんです。つまり、社会に対する不満が相対的に小さい。少子高齢化といえども、日本には未だそれなりの人口がいますし、国内の産業規模が戦後から80年代に向かっていった貯金がある恵まれた環境なんです。
社会全体が恵まれているということは、相対的に全体の危機意識も薄いということ。さらに海に囲まれ情報も入って来づらいため、あえて国を変えてやろう、と考える人が少ないという特徴があると思います。
ただ世の中は変化し続けています。今この瞬間はまあまあ良い国だったとしても、20〜30年後は状況が悪くなっていることは、多くの場で語られていることですが、人間は遠くの痛みが分からない存在なので、挑戦者が生まれづらい環境にあると言えると思います。
——安宅氏は、日本でよく語られる同調圧力は日本のものだけではなないと述べ、皆が画一的な平均を目指すべきではない、と語る。
安宅:日本では同調圧力がすごいと言いますが、実際には世界にも同調圧力は存在します。むしろ、海外のほうが強いかもしれない。どこの社会にも見えないレールが綺麗に走っていて、皆なそれに合わせようとする。だけど僕は、そこに合わせる人生に価値は無いんじゃないかと思っています。つまり、平均を目指していては幸せにはなれない、ということです。
所得の平均から見ても、典型的な日本人なんてものは実は存在しておらず、それは幻想です。一部の大金持ちが全体の数字を引き上げているに過ぎません。日本の中にいると、みんながあっちに行っているから自分も同じ道に行こうと考えがちですが、そこに自分の人生が本当にあるのかをよく考えてほしいですね。
挑戦者になるためには何も起業をすればいいわけではありません。本質は、心の本当の深い声に従って、周りの圧力に振り回されずに生きる、ということです。それが許される世界が健全な社会だと思います。
できないだろう、を止めてチャンスを与え続ける
——小林氏は、危機的な日本の状況の中でも若い世代を中心に、少しずつ変化が起きてきていると語る。
小林:たしかに日本はいま、茹でられているのに気づかない、茹でガエルのような状況です。しかし、徐々に変化の兆しも現れています。私の母校の東大でも、昔なら東大を出たら大手企業や官僚になる人が多かった中、ベンチャーに挑戦する若い学生が生まれてきているのは、とても良い傾向だと思います。
変えようと思って道を進んでいかなければ絶対に変わることはないし、私は教育業界にいる人間として、新しいチャレンジを始めようとする人は全力で応援したいと思っています。私たちの学校では、生徒たちがさまざまなプロジェクトに取り組み、実践を重ねていくことでチャレンジする癖を付けたり、失敗しても死ぬわけじゃない、といったマインドを育む教育をしています。学校コミュニティー全体に、新しい挑戦を称え、失敗を寛容するカルチャーが根付いていると思います。
——そんな彼女にとって、ギバーの視点で大切にしていることとは、何だろうか。
小林:若いから出来ないだろう、と大人たちが思い込まないことですね。日本には、若いからこの程度しか任せられない、無理だろう、と考える雰囲気があると思います。私たちの学校ではそれを取っ払ってしまって、逆に若いから出来る挑戦や視野があるはずだと信じています。
あと挑戦者の意識という点で一つ思っているのは、自分たちで問いを立てる力を大切にしましょう、と伝えたいですね。
問いを立てるというと、次のトレンドは何が来るか、どのマーケットが伸びるか、といった外向きの問いに注意がいってしまいがちですが、それよりも内向きの問いが大切なんじゃないかと。
そもそも自分が何にワクワクするのか、何が情熱で、何をしていたら夜も眠れないくらい熱中してしまうのか、といった問いです。私は学校のことを常に考えているのですが、それはもう趣味のようなものだから四六時中考えていても疲れないし、休みという概念がありません。そういうものを挑戦者の方々には見つけていってもらいたいですね。
——一方で投資家として活躍する伊佐山氏は、ギバーとして何を大切にしているのだろうか。
伊佐山:その挑戦者の描く未来に共感できるかどうか、という点を大切にしています。私は投資家なので、当然、儲かる事業に投資する、という無機質な答えもできます。確かに20年前にアメリカに来てベンチャーキャピタルを始めた当初は、儲かりそうな会社やビジネスに投資することだけを考えていました。ですが今は、その人がどういう未来を見ているか?という点に共感できる人に投資をしたいと思っているんです。
日本のベンチャーだったら、今の日本社会って何が課題だと思う?どういう風に変えていきたいと思っている?と質問したら、僕が「そうだね」と思える人を応援したいですね。
例えばメルカリに投資した時も、事業ビジョンに共感したので投資を決めました。サービス開始当初は、CtoCのオークションサイトというだけで具体的な思想が分からなかったので、確かに流行りそうなサービスではありましたが、それだけでは投資の判断をしませんでした。しかし後に、代表の山田 進太郎氏に直接お話を聞く機会があり「これはただのオークションサイトではなく、モノを持ち過ぎている東京の人と、年に一回しか東京に来られない地方にいる人とを繋げてモノを流通する仕組みをつくっているんだ」と。これは海外でも同じなんじゃないかと話をされたとき、僕はその考えに共感して投資することに決めました。
——安宅氏は相談に来る学生に対し、いつも「やってみろ」とアドバイスをするそうだ。
安宅:学生から「安宅さん、どう思いますか?」と言われたら、やったほうがいいんじゃないの?とストレートにとりあえずアドバイスするようにしています。やりたいことはやれ、それは良いアイデアだ、と伝えます。何故なら、それは君がやりたいと思ったことだから。成功に向かっているから全部やれ、全部正しいと(笑)
学生の中には、やりたいことが分からないという人もいます。そんな人たちには、何でも良いから得意なことでプロになれ、と言いたいですね。プロにさえなれば食べていけるので。常にある程度以上のアウトプットを出せたら、それはある意味で自由な状態です。
得意であれば成功しやすく、成功しやすければ褒められやすい、褒められればもっと成功する確率は高くなる。そういったポジティブなスパイラルに入れる可能性が高くなるため、自分が得意だと思ったこと、やりたいと思ったことは徹底的にやってほしい、というのが僕の意見ですね。
日本の良さを活かしながら、世界で活躍してほしい
日本は沈みゆく船。そんな言葉が日々メディアを騒がしているが、本当にそれだけなのだろうか。その場にいるだけでは自分の本当の居場所は見えてこない。グローバルに活躍する3名だからこそ見えている、日本の良いところを訊いてみた。
小林:日本人全体の教育レベル、という意味では海外と比較して平均として高いと思います。日本の教育システムのなせる技とも言えますが、識字率ほぼ100%で、PISAテストでも常に上位です。上海、シンガポール、フィンランド、日本など成績上位をしめる顔ぶれの中でも、日本だけが億単位の人数がいるわけで。
これまで培ったこの教育システムを持って人口が増えていけば一番いいですが、ご存知の通り日本は少子高齢化が喫緊の課題です。だとすれば、未来に向けてイノベーションが必要になってくる。同調圧力が強くみんなが均一的な考え方のままでそこを目指そうとするのは、なかなか難しいかもしれません。
一人一人のユニークな視点や、組織としてダイバーシティーを大切にしていかないと、このまま日本はジリ貧になっていってしまわないかと、二児の母親としてもとても心配です。
——アメリカでの経験が長い伊佐山氏は以下のように語る。
伊佐山:日本人はアメリカ人と比べると、ダメだダメだと言うのがそもそも好きな人種だと思っていて、ある意味国民性とも言えるかもしれませんが、本当にダメなものばかりなんてあり得ないと思っています。世の中にはダメなものもあれば、それと同じだけいいモノがあるはずなので、それをどれくらい見たいと本当に思っているか?というのは大切だと思います。
私のように、海外に住んでいる日本人からすると、日本の良いところもたくさん見えてきます。例えば、一番わかりやすいのは、日本食です。食事をただの食事で終わらせず、アートにまで昇華する力があるのは、日本ならではの強みだと思っています。
日本人はモノをただの物体とかサービスだけに留まらせないで、さらにそれを美しいものに変換する。よく日本人はモノマネが得意だよね、と言われることがありますが、それは穿った見方です。製品をよりブラッシュアップできるのが得意なら、それを一つの勝ち筋にすべきです。
日本は国力があるので、コスト的な意味で単純なモノの生産量という点では他の国に勝てないかもしれません。しかし、モノをアートに昇華して付加価値をグワッと生み出すところで勝負できれば、勝ち筋はあると思っています。
日本の得意なものといえば漫画やアニメというところにフォーカスしがちですが、いま述べたようなことは、どんな産業にも普遍的に使える一つの方法です。日本人てそういうのが好きだよね、得意だよね、ということを全ての産業の人が自覚した上で、海外で勝てるような製品なりサービスを今後作っていくべきじゃないかなと個人的に考えています。
——安宅氏は、日本の競争率はシリコンバレーと比較できないほど低いため、ビジネスチャンスは多いと語る。
安宅:日本人が日本でビジネスをやるメリットは、競争相手が少ない、という点に尽きると思います。競争相手がいないということは、資金調達も成功しやすいでしょう。日本で成功しているスタートアップでも、シリコンバレーで始めたら速攻で潰れることも珍しくないと思います。
それに加え、日本は低リスクです。ウルトラハイリターンがない代わりに低リスクなので、安全です。ですが、安全のままではイノベーションは起こりません。
そのため競争が緩めに作られているので最初のほうはいいですが、逆に世界的な企業になりにくい、というデメリットもあると思います。
若い人には、日本でビジネスを立ち上げることの良さを味わいながらも、これらスタートアップの創業者の中から出来たら10人〜20人に一人は世界に勝負を賭けてほしい。それができるかどうかが、この日本社会の未来の楽しさを決める気がします。
戦後莫大な成功と富を築いたソニーやキヤノンのような存在が出てきてほしい。現在の世界のマーケットキャップランキングを見ると、日本のプレゼンスは絶望的なわけです。これをどう思うかですよね。
小さくまとまることを目指さず、大きく勝負する人が今後出てくるべきだと思います。
アドベンチャービレッジで育む、日本発のグローバルリーダー
最後にそれぞれ3名に、アドベンチャービレッジでやりたいことについて訊いてみた。
小林:挑戦する人たちを一緒に育てていきたいですね。この頃、インパクトを出せるリーダーの素質が変わってきている気がします。一昔前までは、リーダーには人を率いるための強さと完璧さが要求されてきたと思います。でも今は、人に支えてもらえるある意味で不完全なリーダーが必要になってきている。
強さの定義が変わってきているとも言えると思います。事業に対する信念は相変わらず強くなければいけないし、細部に魂が宿るようなこだわりも必要です。でも、もはや「おら、いくぞー!」みたいな(笑)分かりやすい強さは必要なくなってきているし、求められていないのではないかと。
自分の弱さを認めて、素直に助けを求め、共感を呼び、みんなで支え合いながら前に進んでいく。そうした強さがこれからのリーダーの素質になると思っています。そうした環境を、アドベンチャービレッジの中で作っていけたらいいですね。成功だけを評価するのではなく、失敗や、弱さも共有できるような。
伊佐山:僕の今のWiLという会社を通じてやりたいミッションというのは、日本から海外に出ていけるような企業や起業家を育てたいのが一つ。もう一つは、海外の起業家で筋の良い人を日本に連れてくるという、双方向の取り組みを行っていきたいです。
後者については、その外国人のもとで修行した人が起業して海外に出るという循環になれば、良い連携になると思うからです。
アドベンチャービレッジは出井さんを通じて日本の起業家コミュニティを盛り上げていくムーブメントだと思っているので、僕はそこに海外との接点を作っていければと思っています。もしシリコンバレーに行きたいなら、これくらいの要件は揃っていないとダメだよ、といったアドバイスができると思います。やはり、現地には現地のルールや慣習があるので、そこを無視して突っ込んでも失敗してしまう確率が高くなってしまう。私自身も成功していた外国人の横で10年修行してたまたま今、こうした環境にいるので、ゼロからやれと言われたら厳しいと言わざるを得ないです。
そうしたチャンスや知識をギブしていけたら嬉しいです。
安宅:何かやろうと思った時に、仲間を集められる環境はとても大事なんじゃないかと思います。どうせ一人で出来ることは限られているので、とりあえず色々な人が集まると、驚くべきことが起きるときは起きるわけです。
悲鳴を上げて助けてとか、一緒にやろうよと言っているうちに、何かが起きている。こういった生き方がこれからの基本になるんじゃないでしょうか。お祭りちっくなライフというか、毎日がフェスティバルみたいな(笑)そういう動きが一緒にできたらいいですね。
出井氏「日本のために更なるアクションを起こしていきたい」
最後に、元ソニー会長、アドベンチャービレッジの発起人でもある出井伸之氏から、日本の未来の挑戦者に向けて、以下のメッセージが伝えられた。
出井「私がソニーにいた時代は自社の利益のことだけを考えて働いていましたが、ソニーを卒業してからは、日本の将来のために働きたくなりました。
その実現のため、2006年に『クオンタムリープ』を設立し、行動を起こし続けてきました。アジアとの繋がりを考え、『NPO法人 アジア・イノベイティブ・イニシアティブ』を設立、フォーラムを開催し、積極的に多くのキーパーソンとディスカッションも行ってきました。
そして2019年、ベンチャー育成支援と大企業の変革の動きをさらに加速させ、社会運動へと発展させていくために、『アドベンチャービレッジ』をスタートさせました。
これからの日本は、より激しい変革の時代に突入するでしょう。現在の日本社会は“官僚資本主義”と言えるかもしれませんが、そのままでは明るい未来はありません。挑戦者や起業家が中心となるような更なるアクションを、私はこれからも起こしていきたいと思っています」
——本連載では、アドベンチャービレッジの理念や活動、ギバーの想いなどを紹介してきた。
日本はもうダメだと嘆く言論や情報が昨今のメディアでは注目されているが、本当に大切なことは、ここから何をするべきかだろう。
アドベンチャービレッジは、そんないまの日本に一つの希望を与えてくれる。
今後も、彼らの活動に注目していきたい。
取材・文:花岡郁
写真:益井 健太郎