「子ども精神的幸福度ワースト1」になってしまった意外な国ニュージーランド。同国の教育関係者が語るその理由と今後の展望

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日本「子ども精神的幸福度ワースト2」の衝撃。ワースト1だったのは?

今年発表され、日本が「身体的健康度ナンバー1、精神的幸福度ワースト2」という興味深い結果をいただいてしまったUNICEF・イノチェンティ研究所の「子ども幸福度世界ランキング」。

近年世界からの注目が著しかったクールなわが国に下された意外な評価の原因を明かそうと、いじめの問題や若者の自殺率など様々なポイントから考察がなされている。

しかしそれ以上に結果を見た筆者に意外な印象を与えたのは、「子ども精神的幸福度」で対象となった先進国38カ国中最下位となった国がニュージーランドであった点だ。

総合順位も35位とふるわなかった(画像:UNICEF

ニュージーランドといえば、距離的な近さもあって私たち日本人にもなじみ深く、イメージも決して悪くない。大人を対象とした幸福度ランキングでは前回8位となかなかの順位だった。

豊かな自然と文化的多様性を持つ国土は、英語圏であることも相まって、留学や移住の対象国としての人気も高い。直近では世界で数少ないコロナパンデミックの抑え込みに成功した国として、首相のアーダーン氏の誇らしい表情がニュースを飾ったことも印象深い。

同国のデータを詳しく見てみると

同じ「意外にも子ども幸福度を低く評価された国」の国民として、ニュージーランドがなぜこのような評価を得てしまったのか興味がわいたので、元データを当たってみた。

正直なところその意外さから、もしかして調査の前提に何か決定的な価値観の違いでもあるのでは?そして「日本ワースト2」も「価値観の違いだね」と笑えるようになるのでは?という下心があったのだ。

今回のランキングにおいてイノチェンティ研究所は、子どもの精神的幸福度をおおまかに「15歳の子どもが回答した主観的な生活満足度」(2018年実施のPISAのデータから引用)と「15~19歳の自殺率」で割り出している。

同国はなんとこのうちの前者に関しては「データなし」となっている。回収されたデータの内容や数が条件に合致しなかったのか、なぜか下位項目の半分がブランクになっているのが響いたのか、とにかく「生活満足度」は同国の評価に反映されていないのだ。

しかし後者の15〜19歳の自殺率は10万人あたり14.9人とリトアニアに次いで先進国中第2位の多さ(日本は7.5人)。子どもがみな幸福な国でハイティーンの自殺率が高いとは考えにくいので、無効な項目があってデータのきめ細やかさには欠けるものの、総合結果にそれなりの信ぴょう性はあるとみていいのではないか。

自殺率の高さの背景にはいじめの多さも?

ではなぜ、ハイティーンの自殺率が高いのか?

理由になりそうな目立ったデータを求めてざっと目を通したが、同国に関するデータで悪い意味で目立っているのはアメリカに次いで世界2位の子どもの肥満率の高さしかない。

「大気汚染の低さ」では堂々の世界1位(つまり空気がきれい)だし、それ以外の例えば子どもの死亡率や、15歳として基本的な言語・数的スキル、社会性などといった項目に関して、ニュージーランドは全て「平均周辺」にランキングされているのだ。先述の最新のPISAテストにおいても総合成績79カ国中12位と、良好な順位につけている。

ただ周辺データを当たってみて子どもの自殺の背景となる可能性が透けて見えたのは、先述のPISA調査から明らかになった「いじめの多さ」。

結果公開当時、公的教育研究機関であるEDKの副長官であったCraig Jones博士は、2018年の調査実施時に15%のニュージーランドの子どもが「頻繁にいじめに遭っている」と回答したことに注目。

これは実にOECD平均の2倍であり憂いを表明したが、同時に2016年に全国的に開始された「Bullying-free New Zealand(いじめゼロNZ)」のフレームワークに取り組んでいる学校では実際にいじめが減少していることも指摘。「いじめ撲滅のために学校にできることはまだある」と対応を促した。

深刻な心の傷を残すいじめ(画像:pixabay)

また、UNICEFニュージーランド支部最高責任者であるVivien Maidaborn氏は、今回の調査における低評価の背景を「日常化した格差」にあるとみている。

「所得が低く、家を購入できずに劣悪な住環境で過ごす家族や、幼い子どもに良い幼児教育を受けさせてあげられない家庭の存在を放置しておいて、『どうしてこんな結果に』と首をひねるのは滑稽です。そうした問題の積み重ねがこの評価に表れている」。

彼女はまた、「歴代の政府はそれぞれの問題を別々に捉えてきた」と批判し、子どものウェルビーイングの問題は社会システム全体、特に経済格差の問題も見据えて取り組む必要があると指摘。

今年のコロナパンデミックが経済格差を拡大したおそれにも言及し、「この結果を受けて、政府が今年手薄になっていた子どもの福祉に再度注力するよう方向転換しない限りは、この国は時代を逆行することになるでしょう」と述べている。

現役の教育関係者たちの声は?

ここまででなんとなく納得できるような気もしたが、念のためニュージーランド人の教育関係者にも意見を求めてみた。

まずコメントしてくれたのは、小学校で教員を勤めるA氏。彼は同国の10代の自殺率の高さを認識し、個人的にも身近なところで経験があるとしながら、「過去に指摘されてきた理由では説明しきれないので、自分も興味がある」と仲間の声を募ってくれた。

彼の声に真っ先に反応してくれたB氏は同様に小学校教諭。「私たちはこの豊かな多様性社会の中で子どもたちが幸福に過ごせるよう、何でもオープンに議論する習慣がある。もしかしたらそのせいで、子どもたちが本来知らなくていい問題にまで気をもんでいる可能性もあるかもしれない」。

そう楽観的な前提を置きながらも、「今回の調査で目立っていた子どもたちの肥満率は、確かに頭の痛い問題。この国において健康問題と食文化が芳しくないことは認めなければ」とトーンを暗くした。

同国において肥満率は深刻な問題だ(画像:pixabay)

B氏が指摘した肥満率の問題にコメントを足してくれたのは、やはり公教育で教員として子どもたちの指導にあたるC氏。

彼は「まず第一に食費が異常に高く、親が苦労している。次に子どもがスポーツをする機会がない。習い事としてさせると費用がかかりすぎ、無料で体を動かす活動をさせようと思ってもクラブも施設もない。最後に、保健体育に関する市民のリテラシーが圧倒的に低くて、身体的な健康の重要性が分かっていない。子どもに『走ってこい』と言いつけるのは体育教育じゃない」と苛立つ。

B氏とC氏は両者とも、子どもの健康を憂いて勤務する学校でバスケチームなどスポーツをする活動をボランティアで立ち上げ、多くの子どもが参加したい意向を示したが、保護者の理解や協力が得られずに苦労した経験があるそうだ。

最後にまとめも兼ねて彼自身の見解を詳しく語ってくれたA氏は、「私が考えるに、この問題には4つの側面があります。まずは我が国の生活費。次に福祉。3番目に教育問題。そして最後に、『hauora』への取り組みです」と切り出した。

彼によれば、同国の生活費は実際に「生活を圧迫するほど高い」。食料のみならず、教育も、住宅も、サービスも、娯楽も。普通の食料品はざっと輸入品のような価格感で、子育て世帯向けの住宅は100万NZドル(8,300万円)以下ではまず見つからない。

それをカバーすべき福祉システムに関しても、税制優遇措置や確定申告などの低所得者層へのサポートが上手く機能していない上に変動が激しく、安心材料にならない。

しかし同氏が最も心配するのは、それらの条件の子どもに対する教育的な影響だ。「低所得層の家庭においては、生活費を賄うために両親とも長時間労働をしているケースがほとんどです。家族で過ごす時間がないということは、学校教育のサポートをする時間が削られるのみでなく、家庭教育もおろそかになるということ」。

続けて、「両親が必死で働いてやっと休日が来たと仮定しましょう。私の住むオークランドでは、動物園も水族館もアイススケートも、1人あたり50NZドル(4,150円)します。それを両親と2人の子ども、さらにおじいちゃんとおばあちゃんの分で一体いくらになると思いますか?結局、『公園にでも行こうか』になるでしょう。公園自体が悪いとは言いません。しかし何をするにもひどくお金がかかる社会においては、お金持ちの子以外は何も経験できないし、本でも読んだことがないままに育つ」。

その結果、「私の学校にはそういう子が多くいるので、子どもが授業内容を理解できないときはまず単なる経験や知識の不足を疑い、基本的な事象の説明からし直します。でもそういった視点がない教師なら、その子の理解力に問題があると捉え、実際の能力よりも低い評価にその子を置くでしょう」とのこと。

A氏が言う4つめの側面『hauora』とは、身体・精神・社会・魂の総合的な幸福を指すマオリの概念で、近年同国の教育庁が子どものメンタルヘルス向上のために教育に取り入れ、定着しつつあるもの。

これについては、「なかなか良好な結果を出しているようですが、同時に私はhauora教育にはある種のうさん臭さを感じます。国の指導者たちが『hauora』とさえ言っておけば、子どものメンタルヘルスを気にかけているうえに、マオリの文化も尊重している感を出せる便利な道具として乱用されているような。お膳立てだけして満足している感も否めません」と厳しい。

そして、「いろいろと細かい原因は思いつきますが、結局は国民性と政治意識にも原因はあると思います。戦後比較的豊かな国だった私たちは、自分たちの力で国をどうこうしようとする機会を得ず、よほどのことがない限りは政治家がなんとかしてくれるだろうとビールを飲んで待っていた。しかしどこの政党も大した変わりはなく、根本的な問題解決はせず対処療法でここまで来ました。とはいえ私は政治を責める気はありません、政治は国民のメンタリティの表れですから」と締めくくった。

だんだん筆者の耳も痛い話になったが、これが現場の声だった。様々な情報をざっとまとめると、キーワードは「格差」「経済(保護者の余裕のなさ)」「健康」、そしてやはり気になる「いじめ」だろうか。同ランキングでは英語圏で文化多様性の豊かな国が軒並み苦戦していたが、その関連性も気になるところだ。

新政権は革命を起こせるか?

今回の結果に関して現首相のジャシンダ・アーダーン氏は、評価に利用されたほとんどのデータが前年度かそれ以前のものであることを受けて、彼女が2017年10月に就任してからの取り組みは評価に反映されていないと距離を置いた。

実際彼女は就任後すぐに、18,000人の子どもを貧困からリフトアップするための家族支援パッケージに55億NZドルを投入し、その後国民のウェルビーイングを底上げするための「幸福予算」を国家予算から割いた。

20人中8人が女性、3人がLGBT、5人がマオリの「最も多様性に富んだ内閣」からマオリ伝統のタトゥがまぶしい初の女性外相が誕生し、メディアを騒がせたことも記憶に新しい。

現ニュージーランド外相Nanaia Mahuta氏(Wikipediaより)

同国の多様性を反映する新しい内閣は、果たして子どもの幸福感に革命を起こすのだろうか。そして「お仲間」の日本はどうだろうか。次回の幸福度調査にどう表れるのか、楽しみに待ちたい。

文・ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit

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