成人したオランダのプリンセスが手にする「王室予算」と「召集令状」
2020年の12月7日にオランダ国王の長女Catharina-Amalia Beatrix Carmen Victoria(称号:the Princess of Orange)が18歳になり、公式に成人のロイヤルメンバーとなる。
男女問わず国王(もしくは女王)の第一子が王位継承権を得るオランダの王室において、息子のいない現国王の長子である彼女は、押しも押されぬ王位の「法定推定相続人」だ。2013年の譲位により誕生した現国王のWillem-Alexanderが実に123年ぶりの男性国王だったが、いつか彼女が王位を継げばオランダはまた「女王陛下の国」となる。
どこの国でもロイヤルファミリーが国民の関心事であることに変わりはないが、オランダの王室はその親しみやすい開かれたスタイルと透明性で現在でも国民全体の7割近くに支持されている。
一方、評判が芳しくないのが「多すぎる」という声が散見される王室予算。元々オランダ国王の「年俸」は二階建てで、給与としての約100万ユーロに人件費とその他のサポート費用として510万ユーロの合計610万ユーロ(ちなみに非課税)。2021年には5%の「昇給」が見込まれている。
先述のプリンセス、Catharina-Amaliaも成人するにあたり、12月だけで10万ユーロ以上の給与を受けるとのことで、彼女の成人に関する国民の大きな関心事となっていた。国会でも現在、野党が提出した5年ごとに王室予算の支出監査を行う動議が過半数の支持を得、現実味が増している。
そして彼女が受け取ったもののうち、もう一つ国民の目を引いたのが、オランダ軍からの「召集令状」だ。
オランダの徴兵制
オランダでは1997年まで、基本的に18歳の全ての男性に14~16カ月の兵役義務があった(修学による延期や、平和主義者など希望者は社会奉仕活動による代替も可だった)。現在は兵役義務がなくなり、志願して入隊する人以外は従軍する機会がなくなったので徴兵制がなくなったように捉えられている。
しかし、制度自体が完全に廃止されたわけではなく、2018年に改訂された徴兵関連の法律に基づき、ジェンダー平等の枠組みの中で国民は男女問わず全員が、17歳になった時点で「召集令状(とはいえ実際召集されることはなく、非常時に召集され得る国民のリストに登録されたことを知らせるだけの書面)」を受けることになった。
近年、欧州全体がテロへの警戒を強めてはいるが、現時点で差し迫った国家に対する脅威があるわけでもなく、戦争に興味の薄いこの国において、その「令状」を現実的に受け止める国民は決して多くはない。しかし、書面には受け取った人が徴兵リストに登録された旨とともに、女性も専門的な軍事任務に志願できることが記載されている。
今年10月から今までその書面を受け取っていなかった対象者(新17歳の男女や、すでに17~45歳の女性)に一斉に郵送が始まったとのことで、防衛大臣のAnk Bijleveld氏は発送開始と前後してその旨をツイートし、「女性と男性は平等の権利を有しているだけではなく、平等の責任も負っている」と決定の背景を述べた。
デン・ハーグ市のハウステンボス宮殿に住むプリンセスのもとにもそれが届き、彼女はオランダ王室の歴史上初めて徴兵リストに登録された女性となったのだ。
お隣の韓国でも女性徴兵制への議論が
一方、私たち日本人にとって最も身近にある徴兵制のある国といえば、お隣の韓国だろう。今年の世論調査で初めて「女性にも兵役を課すべき」という意見が過半数を超えたという。
同国では数年前から男女平等の世論と少子化による兵役資源の減少を理由に、「女性も国防義務を果たすべきだ」という世論が高まり、大統領府への請願には10万人の同意が集まった。
「それが真の男女平等であり、実現すれば準じて女性の地位も向上するだろう」
「軍加算点制度(従軍経験のある人の不利を均すために公務員試験で得点に一定の加算をする制度で、不公平であるとの声から1990年に廃止された)を非難するよりも効率的な平等を図れる」
「身体的な男女差が理由で無理というのなら、警察官などの職務の採用でも差別があってしかるべきでは?」
など、様々な視点から「平等」を説く意見や、「単純に少子化により男性だけでは兵力を保てない」「海外には優秀な女性兵士も多い」と女性兵力への期待を強調するものも。
一方で同国のジェンダー平等は、今年のジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム)が153か国中108位と先進国としては決して芳しくない順位につけていたことからもうかがえるように、思わしくない現状が続いている。
当然のように女性からは「男も皿を洗ってから言え」「家事育児に加えて兵役までこなし、退役したら男よりも低い給与で働けと?」と、女性の権利が平等には程遠い現状で義務だけが課される動きに反発も激しく出ている。
また、軍事力以前の問題として「出産に向けて準備をすることも可能な年齢の女性が数年間を兵役に費やすことで、ただでさえ進んでいる少子化がさらに加速するのでは?それは本当に国益のためなのか」と心配する声も。
インフルエンサーからも様々な声が挙がっており、例えば同国人気モデルのイ・ヒョニ氏は、「女性にも兵役を課すべきだという人たちは本当に国家の保安を心配しているというよりは、女がしないのはずるいから行けと言っているだけなように聞こえる」と発言。その後インターネット上で交わされた議論が話題になった。
「時代が変わった(男女平等の時代になった)からだ」というコメントに対しては、「時代が変わった?男女の賃金格差はOECD加盟国の中で圧倒的1位ですが?男性は出産や家事労働を分担していますか?少子化対策に政府が『妊娠可能年齢女性マップ』を公開するのは本当に新しい時代ですか?今まで男性だけでは国家の安全が保障できていなかったのですか?女性が参加すれば保障されるのですか?」と女性の立場から次々に指摘。
若年層の議論がさらに活発化するきっかけの一端となった。
平等と権利の議論にはしばしば同席する義務の要素。「そもそも男性も女性も兵役を選択制にしては」という声に共感するが、もちろん権利の拡大と義務は一筋縄ではいかない問題だろう。
「121位」から「38位」に移住し実感した「平等カルチャーギャップ」
憲法が「戦争の放棄」を謳っている日本においては、皇室のプリンセスもプリンスも、筆者のような庶民も、「徴兵」を前提に生きてはいないし、これからもそうであってほしいと切に願う。
しかしジェンダー平等と権利と義務は、世界のどこにいても誰もが日々直面する問題だ。
先ほども言及した世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数だが、今年の日本の順位はさらに下がって121位。
近年日本でも様々な方面からジェンダー平等に試行錯誤している事実は疑いようがない。が、現在同ランキングで昨年から11ポイント順位を落としたもののそれでも38位のオランダで生活している筆者は、彼らのジェンダー平等に対する敏感さと、それと齟齬を起こしている古いルールやシステムの改変をいかにアグレッシブに進めているかに驚かされることが多い。
同時に、自分自身が女性であり、リベラルを自任し、日本では生きにくさまで感じていた筆者ですら、自分に都合のいいジェンダーバイアスを持っていることに気づくことが多く、愕然とする。
オランダでは専業主婦が少なく、幼稚園の送迎や平日のスーパーにパパも多く見られることなどで、この国で両親(やその他の協力者)が家事育児も家計も分担していることは移住してすぐに肌で理解した。
しかし第二子を産んだ1カ月後に保健師に「まだ仕事しないの?」と言われた時は面食らってしまった。そして外国人として幼い子どもを2人育てている筆者は、母親業という言い訳を盾に「皿にパンを乗せる(収入を得て家族を養うことのオランダ語の例え)」のはとりあえず今は夫の仕事、と無意識で自分を正当化していることに気づいた。
筆者自身は「家事育児も収入を得る仕事も夫と共有する」という方針だったから、いつかは職に復帰しようとは思っていた。でもその時は育児の忙しさを口実に、自分のキャリアや家計への責任を完全に棚上げしていたのだ。
これでは「今仕事が忙しい時期だから」と家事育児をしなくなる男性と役割は違えど変わらないのではないか。
他にもいくら大柄とはいえ、蝶番の調子が悪いからと当然のように重い鉄製の玄関ドアをガバっと外して修理している義母(オランダ人)に「お義父さんにやってもらわないんですか?力仕事でしょ?」と訊いて、「別に私もできるからやるわよ」とあっさり返された時も。
自分に「君のほうがうまいから」と家事を押しつけられるのは許さないくせに、無意識の中に同レベルの「男のほうが力が強いから、力仕事は夫に」という理屈があったことに気づいて心底反省した。
他にも戸別営業に来たプロバイダ会社の人に「インターネット関係は私ノータッチなので」と言って、意外そうな顔をされた時もあった。
他にもこの類の小さなジェンダーバイアスに気づいた機会は数えてみれば限りがない。女性であることで勝手にプレッシャーに感じていた不平等から解放され、その裏返しとして今まで他人事のように放ったらかしてあった責任を拾い上げていく過程は、ある面自分が無意識のうちに逃げで甘えていた態度を見直すきっかけになった。
オランダには私たちが欧米人男性全般にイメージするような「レディファースト」の習慣もない。おかげでオランダ人男性はある調査で「欧州で最もロマンチックでない男たちの国」に格付けされるなど、恋愛市場における人気は決して高くないが、彼らにしてみれば「女性をドアも開けられない非力な存在扱いするほうが失礼」という考え方なのだ。
もちろん彼らも70年代までは「ママは家で家事育児、パパは仕事」を普通と捉える傾向が強いベビーブーマー以前の世代が社会や家庭を作っていた。
近年のジェンダー平等は80年代の不況時代に徹底したワークシェアリング政策を進めたころに定着したシステムのおかげも大きいし、開拓精神にあふれ男女問わず合理的で自立を旨とする国民性もおそらく後押ししたし(日本人に例えると北海道の県民性と似ているとよく言われる)、男女関係なく人権意識が強い文化のおかげもあると思う。
同国では今年(2020年)の7月から、それまで5日間だった父親(もしくは出産・養子縁組した同性パートナー)の「産休」に加え、さらに5週間の育休が取得できるようになった。これにより現行で6週間の出産当事者の産休と父親の取得できる育休が同等に近づく。
狙いはもちろん、家庭における役割平等の推進が第一義だが、それと同程度に労働市場における男女の市場価値の差を埋めることも重要視されている。
文部科学相のIngrid van Engelshoven氏は、「現行の税制や労働法はまだまだ、父親に職場で働き、母親に家で家族のケアをすることを期待している部分がある。私はそれを取り除きたい」とコメントしている。今年のパンデミックによる在宅ワークの増加を受け、2022年からは男女ともにさらに9週間育休を延長することも決定している。
権利と義務をフェアに共有するジェンダー平等への取り組みは、それぞれの国がそれぞれの立ち位置で試行錯誤している。内容に課題は山積なものの、日本でも最近父親の育休取得が見直されているようだし、子育て中の女性の就業率も7割を超えたという。
伝統的な「役割分担」に代わる「役割の共有」がどのように実現していくのか。自分の偏見や姿勢を反省しながら、期待して見守りたい。
文: ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)