近年、「循環型経済(サーキュラー・エコノミー)」が世界で注目されている。

廃棄物の回収やリサイクル、付加価値の高い製品を生むアップサイクル事業などのビジネスを通じて、環境負荷の低減に取り組むのが目的だ。

世界だけでなく、日本においても、循環型経済は持続可能な世界をつくるために重要な課題となっている。

そんな中、2020年10月にイベント「今を動かす知と出会う New Session」が開催され、 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長の新浪剛史氏と メディアアーティスト・実業家の落合陽一氏(以下、敬称略)の両名が、 「直線から循環へ 世界を再構築する発想法」について対談を行なった。

今回は、今注目される「循環型経済」が我々の未来をどう変化させていくのか。近年における世界の動きや、日本の立ち位置などについて対談から紐解いていく。

資源循環させる新たな 経済への期待

「循環型経済」とは、従来の「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」というリニア(直線)型経済システムのなかで活用されることなく「廃棄」されていた製品や原材料などを新たな「資源」と捉え、廃棄物を出すことなく資源を循環させる経済の仕組みのことを指す。

環境負荷と経済成長を分離させ、持続可能な成長を実現するための新たな経済モデルとして世界中で注目を集めている。

循環型経済の実現には、メーカー・小売・回収・リサイクル企業など幅広い業種の連携が必要となるほか、製品回収・リサイクルにおいては消費者の協力も必要となり、業界や立場を超えたあらゆる人々の協働が必要不可欠となる。

循環型経済の推進を通じて様々な業種・分野の連携が生まれ、地域のつながりの構築や、オープンイノベーションによる発展も期待されている。

これまで存在していた3R(「Reduce」「Reuse」「Recycle」)とは違い、原材料調達・製品デザインの段階から回収・再利用を前提としている点が特徴的。

これからはGDPだけでなくサステナブルな視点が必要

ではなぜ、循環型経済がいま必要とされているのだろうか。

それは、現在の「直線型経済」では環境・社会の両面から考えた際に、持続可能な経済モデルとなっていないからだ。

国連の推計によると、2050年には世界人口は98億人になるといわれている。またOECDの調査によれば、原材料資源の利用は2060年までに2倍増加し、環境に深刻な影響を及ぼす、と発表されている。

資源を生み出す地球は一つしか存在しない。この状態が長く続けばいずれ資源は枯渇し、経済活動はもちろんのこと、生きていくための資源さえも消費し尽くしてしまう恐れがある。

今回開催されたイベントでは、循環型経済の成長を考える上で、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めていく重要性が言及された。

国家における経済的指標といえばGDP(国内総生産)が真っ先に思い浮かぶ。しかし、新浪氏は、必要なことはそれだけではないと述べる。

新浪「確かに国の経済を考えるとGDPが一番分かりやすいので、その数値を上げるために皆が躍起になってきました。

ですがその結果、ここまでの資本主義で皆が本当に幸せになれたのか。一人ひとりのQOLを考え直す時なのではないでしょうか。

正解が分からない時代で、飛行機の計器を操作するように、いくつかの指標を使いながら考えていく。そういう時代なのだと思います」

サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長 新浪剛史氏

続いて落合氏も、GDPの成長には持続可能性を持った視点が必要だと述べる。

落合「これまでサステナビリティは経済指標としてあまり評価されてきませんでした。評価されたとしても炭素の排出量などに限られる。これからはより広い指標でサステナビリティを考えていく必要性があります」

メディアアーティスト・実業家  落合陽一氏

これまでの世界経済は、大量生産・消費によって発展してきた。しかし、モノを増やせば成長できた時代が終わり、人々は精神的な満足度を求めるようになった。

人間にとって本当の豊かさとは何なのか。循環可能な世界とは何か。その真価が問われている。

日本の現在地、世界と並んで循環型経済にどう向き合うか?

循環型経済に積極的なEUでは、欧州委員会が2015年12月に、「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を採用している。この提案は、ヨーロッパのビジネスと消費者を、より持続的なかたちで資源を使う経済に移行させるもの。

こうした動きが世界には見られるが、日本の動きは遅いと新浪氏は指摘する。

新浪「日本の企業における資源の活用に対する考え方は、1990年代で止まっており、世界と比較してとても遅れていると思います。

ゼロに立ち返って考え直すべき時が今なのではないかと。

この遅れを取り戻すことができないのかといえば、それは違う。私たちにはもともとアニミズム(自然崇拝)の考え方がDNAに刻み込まれている。これをオンすることで、サステナブルな世界をつくるための議論の第一歩となるのではないでしょうか」

落合氏も新浪氏に賛同しつつ、日本が古来から持つモノに対する付加価値の付け方に注目する。

落合「ここで僕が考え直したいのは、モノの価値についてです。例えば、大量生産されている中古のバッグは時間と共に価値が落ちていきます。一方で、僕はカメラを撮るのでカメラのレンズなら100年前のものは高い値段で取引されているし、ウイスキーやワインなんかもそうですね。つまり、長く使えて少ない生産量のものは相対的に価値が上がっていく。

素材は同じようなものでも、どのように付加価値を付けていくのかは、工夫次第でいかようにも変化させられるんじゃないかと思うんです。

昔の日本ではモノを簡単に捨てる文化ではなかった。年長者から譲り受けたものを大切に使い続けたり、修理したり、いかに長く使えるのかを考えていました。ゴミという概念が今ほどは無かったんじゃないかと。そのような考え方に一度立ち返るというのは、新しい日本を作っていく上でヒントになる気がします」

日本では、2000年6月に循環型社会の基本的な枠組みとなる「循環型社会形成推進基本法」が制定され、日本の廃棄物・リサイクル政策の基盤が確立された。その後、2018年には「第四次循環型社会形成推進基本計画」が閣議決定された。

こうした動きがある一方で、ビジネスの現場で実際に循環型の取り組みが行われているケースは未だ多くない。

両者が指摘するように、目の前の経済的利益だけを重視するだけでなく、日本人に元々備わっている考え方や習慣に立ち戻ることも必要なのかもしれない。

コロナショックで変わる社会。未来にむけてサステナビリティをどう実現させていくか?

持続可能な社会を築き上げていくために、何から始めればいいのか。新浪氏と落合氏は、プラスチックの再生を例に循環型経済の本質について語り合う。

新浪「経済だけでなく、人類にとって成長とは何かを本当に考えないといけない時期に来ているのだと思います。

コロナを契機に、社会にとって資本主義をどのように変えていくか、大きな地殻変動となるようなことを本格的にやるチャンスだと考えています」

落合「これまでの成長では物理的な成長が、経済を動かす上で重要視されてきました。例えば開発をどうするかとか、工場がどうするか、物流がどうなのかなど。でもデジタルでの成長が物理的な成長と言えるのかといえばちょっと違うと思っていて。

デジタルにおいての成長は知的営みや文化と考えれば、そうした非物質的な価値がより高まってきていると思います」

新浪「循環型経済を実現するために何が必要なのか。今私は、プラスチックの重要性に注目しています。今回のパンデミックでもプラスチックはフェイスシールドを中心に、多くの場面で活躍しています。

プラスチックを減らす動きもありますが、私たちの生活がこれまで通り快適な状態を保ち続けるには、代替手段を見つけなければなりません。現状、プラスチック以上に有効な素材が見つかっていない以上、それをいきなり無くすのではなく、再利用できる仕組みを考えることが、循環型経済をつくる一歩だと考えています。

そのための手段としては2つあります。まず一つは、プラスチックの原料をバイオベースにすること。もう一つは、使用済みのプラスチックを集めてそれを原材料にするための新しい技術を開発すること。

今後、グローバルレベルでサステナビリティを実践していく上では、国と国、企業と企業のアライアンスや協調が非常に重要になってきます。隣の国で環境破壊が起きたら、自分たちにも影響がある。政治や制約などさまざまな問題はありますが、循環型経済を作っていくために、NPOやNGO、国、企業の皆が一緒にやっていく必要があると思います」

落合「プラスチックは面白い視点ですね。この状況において、透明で軽くて割れにくい板の価値は高い。見回してみれば、あらゆる場所にプラスチックが使われています。

パンデミックが下火になってきたら、各国が環境問題についてもアライアンスを作っていくという話はあると思います」

実際、サントリーは2020年6月、プラスチックのバリューチェーンを構成する計12社による共同出資会社「アールプラスジャパン」を設立した。

同社では、環境負荷の少ない効率的な使用済みプラスチックの再資源化技術の開発と実用化を目的としている。

世界で共通となっているプラスチック課題解決に貢献すべく、回収プラスチックの選別処理、モノマー製造、ポリマー製造、包装容器製造、商社、飲料メーカーなど業界を超えた連携により、2027年の実用化を目指し動き始めている。

未来を豊かにする、循環型経済の「本質」

経済を国ごとの単位ではなく、地球全体レベルで持続可能性を考えることがSDGsの動きをはじめ、昨今の潮流である。循環型経済もその中の一つの考え方と位置付けることもできるが、その本質とは何なのだろうか。

新浪「私にとって循環型経済の本質とは、地球からのメッセージそのものです。

人間の便利を追求していくために、地球を壊さないで欲しい、そういったメッセージをしっかりと受け取って、循環型経済に変えていくという話じゃないかなと思います」

落合「生き物は本質的に環境によって変化してきたので、いま地球が人間に何を求めているのか、というのは自分もよく考えます。

人はデジタルを進化させて物理的な欲求だけでなく、知識や文化、学ぶことによって価値を持たせることが出来る生き物です。

意味や付加価値、物質的には同じでも付加価値が付いている状態という本質を探すことも、これからの時代に求められてくるのだと思います」

新浪「私は、自然との共生による命の輝きを大切に考えています。西洋的な自然を克服していく、という考え方だけでなく、東洋的な一緒になって生きていく考え方も必要だろうと。

いろいろな自然には命があって、それと一緒になって人間も考える、それが重要なのかなと。そして今はちょうどその序章が始まりつつある、そう思います」

産業革命以降、人類は大量生産・大量消費・大量廃棄を経済発展の証として継続して行ってきた。確かに人々の生活は豊かになり、便利にもなった。

しかし同時に、地球が本来持っている循環型の機能に大きなダメージを与えてきた負の側面も見逃してはいけない。

新浪氏が述べるように、循環型経済がいま必要とされているのは、地球からのメッセージにより私たちが問いかけられているとも考えられるだろう。生み出して捨てるだけの直線型の経済で、一方通行に地球へコミュニケーションを押し付けるのではなく、地球と双方向の循環型の対話と実践を世界・日本は続けていくことが、人類の未来へと繋がっていくのではないだろうか。

取材・文:花岡 郁
写真:西村 克也