「セイタン」とは?
欧米で人気が高く、広く知られている日本食材のひとつに「セイタン」がある。
みなさん絶対知っているし、おそらく食べたこともある日本の食材だ。色とりどりでインスタ映えもするし、煮物に入っていても、おまんじゅうにしてもおいしい。100%植物性でヘルシーな上、調理の応用が利くので、特に欧米のベジタリアン・ヴィーガンに圧倒的な人気がある。
正解は「麩(ふ)」。
海外では「ジョージ・オーサワ」として知られるマクロビオティック提唱者の桜沢如一氏が、1920年代の同食事法の創成期に「正しいたんぱく質=セイタン」の名で海外に紹介し、その呼び名で定着した麩。欧米においては1960~70年代に動物に代わるたんぱく源としてヒッピーたちに歓迎され、前世紀終盤のダイエットブームにはヘルシーな食材として豆腐に次いで認知が拡大した。
近年改めて菜食や健康、環境への意識が高い人たちの間で、使い勝手がよく環境と健康に優しい食材として人気が高まり、バラエティも広がっている。オランダの片田舎に住む筆者でも、近所で容易に入手が可能だ。
LA発の菜食ライフスタイルメディア「VegNews」も、昨年「2019年に試すべき7つのトレンド」のひとつとして、きのこや植物性ミルク、プロバイオティクスとともに「セイタン」を挙げ、The Herbivorous Butcher、No Evil Foods、Vbitesといった既に安定した市場を築き上げた欧米発の麩のメーカーを紹介している。
オランダ発の新顔「セイタン」ブランド
話はいったんそれるが、歴史的・文化的に食の不毛地帯との呼び声が高かったオランダは近年、サステイナビリティを軸に独自の食文化を展開している。
環境負荷の高い肉などを不使用の菜食のレストランや、フードロス削減に取り組む食品メーカーなど、食と人類の未来の課題をファッショナブルに先取りした試み・ビジネスが花盛りで、環境意識の高い若年層の支持を得ているのだ。
そんなオランダのアムステルダムで今年5月、「セイタン」の新ブランド「wheat. pray. love.」がローンチされた。全て手作り、無添加のフレッシュな製品を店頭販売もしくは直接デリバリーのみにこだわった販売は、なんとなく古き良きお豆腐屋さんを彷彿とさせる。
創業者のSherilyn Smith氏(41)はアメリカで生まれ、8歳の時に両親の故郷であるオランダに移住。2014年にヴィーガンに転じ、「セイタン」が好物の普通の会社員をしていた。彼女の人生の舵を大きく切ったのは、現在公私ともにパートナーであるJoey Visser氏(33)との出会いだった。
スペアリブや手羽先が大好物で、ミルクをたっぷり使用したジェラートなども自家製造するシェフであったVisser氏は、当初Smith氏の実践するヴィーガニズムに関しては懐疑的だったという。しかし食のプロの意地もあってか色々と自分なりに勉強した結果、1年半後に自身も菜食に身を投じることを決意。
ある時一緒に観ていたYouTubeの動画で、英国人のカリスマ菜食シェフ・Gaz Oakley氏がセイタンでスペアリブを作る場面を目にして、かつての好物を動物の肉を使わずに再度口にする可能性に歓喜した同氏は、「これを絶対に作ってみせる」と宣言。当時容易には手に入らなかったグルテンの粉を、自宅で全粒粉の小麦粉から抽出し、100%植物性の「スペアリブ」を作り上げたという。
「ものすごく手間がかかったし、味も改善の余地ありありでした」とSmith氏は笑う。「でも2人ともこの時に、もっとセイタンを極めたいと思ったのです」。
「コロナ禍」が後押ししたブランドの立ち上げ
2年の試行錯誤を経て納得のいく「セイタン」の原料の配合を確立する頃には、Visser氏は菜食メニューを扱う自身のデリ「Feed The Rhino」の経営を軌道に乗せていた。
そこで完成したセイタンを使用したバーガーを提供したところ、近隣のレストランからも納品の依頼が舞い込み始め、ヴィーガンフードをアピールする有効な手段としての可能性に気づく。
ちょうどそのタイミングでオランダもコロナ禍に見舞われて食材の入手がままならなくなったこともあり、デリのメニューを整理。ビジネスをセイタンとそれを利用したバーガーの製造に絞り、改めて立ち上げたのがセイタンブランド「wheat. pray. love.」だった。
企業としての「売り」とおすすめレシピ・日本での菜食体験
今回ビジネスについてもう少し知りたくなり、Smith氏(以下Smith)にお話を伺ってきたので以下にまとめたい。彼女の「セイタン」への情熱に触れればあなたも、麩をはじめとした和食材(とりわけ植物ベース)の魅力を再発見したくなるかもしれない。
筆者:さっそくですが、既に流通が確立しているセイタン市場にあえて参入するにあたり、どのような勝算があったのでしょうか。
Smith:オランダの市場に出回っているセイタンは日持ちさせるために、既に小さくスライスされて、塩水やスープに浸し、瓶詰になって売っています。風味は抜け、スポンジのような歯触りで、噛んだ時に歯の間でキュッキュと音を立てるものすらあります。
セイタンがほとんどの場合、肉の代用品として利用されるオランダにおいて、あまりにかけ離れた食感が最大のネックでした。
私たちは材料の配合やレシピを工夫して、より「しっかり・肉感のある」食感に仕上げ、用途によって違うフレーバーを練り込むことで、より風味豊かで、肉の代用として満足度の高い製品を作りました。
また、ひよこ豆から抽出した必須アミノ酸を添加することと、保存のための塩分を不要とすることで、菜食主義者に多い健康意識の高い消費者にとって魅力をプラスしてあります。
筆者:なるほど。肉の代用として「使える」レベルの上を目指して、より肉に近いクオリティに近づけ、付加価値としての栄養素をプラスしたと。
ご自身がヴィーガンでセイタン愛用者であるからこそ、消費者のニーズの一歩先を読めた感がありますね。セイタンを使ったおすすめのレシピはありますか?
Smith:最近の最大のヒットは「カラアゲ」です!一口大にさいたセイタンにタピオカパウダーをまぶして揚げ、好みのフレーバーで味を付けます。
私たちは揚げた後にBBQソースとコチュジャンを混ぜたソースを絡めましたが、おいしすぎてオーバードースしました。セイタンがヘルシーとはいえ油で揚げてあるうえ、絶対に食べすぎるので、ダイエット中にはお勧めしません(笑)。
筆者:それは確かにおいしそうですね。昨年Visser氏とおふたりで日本に旅行したとのことですが、日本のセイタン(麩)はどうでしたか?
Smith:それが不幸なことに、見つからなかったのです!
筆者:確かに日本における麩は、旅行者の目につくところにはないかもしれません。どちらかというと地味で日常的な食材で、おばあちゃんは煮物に入れたがるけど子どもは食べたり食べなかったりみたいなイメージですかね…。
Smith:それはずいぶん、環境意識の高い若者中心にヒップな食材として知られているオランダにおけるセイタンと違う立ち位置ですね…。
でも日本でもいくつかの素晴らしいヴィーガンフードに出会いました。大阪のIDUCO(2020年5月まで西成地区で営業していたセルフたこ焼き店)で食べたヴィーガンたこ焼きはすごくおいしかっただけではなく、素晴らしい異文化体験でもありました。
また、私たちはテンペ(インドネシアの大豆発酵食品)や豆腐をオランダでも日常的に食べていましたが、京都のヴィーガンズ・カフェ・アンド・レストラン(現在閉店)で食べたテンペほど美味しいテンペは食べたことがなく、度肝を抜かれました。
日本にヴィーガンは多くなく、食べられるものを見つけるのに苦労した日もありましたが、お店で「精進料理」といえばだいたい分かってもらえるし、おにぎりやせんべいを売っているコンビニも、ヴィーガンメニューのあるCoco壱番屋もどこにでもあるのでなんとかなります。
日本は美しい国です。環境負荷を避けるために飛行機には極力乗らないと決めましたが、その前に思い切って行って本当によかったです。
ビジネスの手ごたえとヴィーガニズムの最新トレンド
筆者:率直に伺いますが、ここまでのビジネスの手ごたえはどうですか?
Smith:国内のレストランやファストフード店が休業を余儀なくされたパンデミックの最中に立ち上げたことを考慮すると、悪くないと言わざるを得ません。注文の増加で販売経路をカバーしきれなくなって、配達をウーバーイーツ系のデリバリーにアウトソーシングする手続きをとっているところです。
筆者:最後に御社のお話とは少し離れますが、ベジタリアン・ヴィーガンのコミュニティにおける最新トレンドで関連企業がチェックすべき点があれば教えてください。
Smith:スーパー各社がベジタリアン向けの食品コーナーを拡張し続けていることなど色々ありますが、今年のトレンドはなんといってもファストフード各社の参入です。
特に世界的なメガチェーン企業がベジタリアンフードのニーズを無視できなくなったことは特筆に値します。バーガーキングはつい先日オランダ市場でヴィーガンワッパーを発売しましたし、マクドナルドやKFCもヨーロッパ全土でベジタリアン向けメニューを次々にリリースしています。
一方で、こういった大企業の動きと呼応してベジタリアン・ヴィーガン向けのファストフードを提供するローカルビジネスが乱立して質を高めあっています。特にベジタリアンバーガーなどは従来の肉を使用したものを凌駕する味のものを提供するお店が増えています。
同時進行で急成長しているのが、100%植物性のコンビニエンス・ミール市場です。大手スーパーチェーンなどが、いわゆる「チンするミール」で肉・卵・牛乳不使用のヴィーガン向けの商品などを次々と開発している他、街のデリやお弁当屋さんのようなテイクアウトでベジタリアン向けのメニューも増えている。特に菜食主義でない消費者でも、気分により手に取る人が多くなっています。
健康にいいだけのスローフードのイメージがあったベジタリアンミールも、味や簡便性をはじめとしたクオリティとコスパの向上により、最近はおいしくて手軽で、環境にやさしく、心も体も温まる選択肢として様々な層に定着しつつあります。
筆者:ありがとうございました。
日本は同じアジアでも人口の約5分の1が菜食主義の台湾などと違い、ベジタリアンは多くない。しかし最近、牛角の流れをくむ焼肉チェーンの「焼肉ライク」がべジミートの提供を始めたり、今まではあり得なかった分野にベジタリアン選択肢が浸透している。
主義として菜食に完全に切り替える人は少なくとも、気分や体調によって選べる選択肢の一つとしてベジフード市場が広がっていく可能性もあるかもしれない。宗教的な理由で特定の種類の肉を避けなければいけない人にとっても、麩のような植物性のたんぱく源は安全な選択肢として支持を得るだろう。
Smith氏のお話を聞いて、肉の代替としての欧米市場の「セイタン」は日本の「麩」よりも食事のメイン食材としてのポテンシャルが高いだけに、ニーズの伸びしろが大きそうな印象を受けた。
日本の麩がヨーロッパに紹介されて定着してほしいお年寄りな筆者としては「生麩とか車麩もおいしいよ、食べてみないかね…?」という気もしないではないが、日本発のセイタンの独自の進化をこれからも応援していきたいところだ。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)