労働市場の流動性が増している昨今、企業が優秀な人材を確保し、自社で長く働いてもらうのは容易なことではなくなっている。より良い給与、ワーク・ライフバランス、福利厚生を求め、国内はもちろん、国境を越えてでも転職のチャンスを狙う人が珍しくないからだ。

企業は、魅力的な給与や勤務形態、福利厚生に加え、様々な特典の導入でアピールするようになっているが、なかでも「魅力的な飲食環境」の導入は、従業員満足度を高める手段として一般的だ。しかし、コストの高さから、規模の小さい企業ではなかなか導入に踏み切れないことも多い。

そんなニーズに応えようと、フランスでは400万ユーロの資金調達を果たしたスタートアップ「Totem」が提供する「オフィスカフェスタンド」が、首都パリを中心に急拡大している。

低コストかつ充実のメニューで人気のフランス発「Totem」を中心に、欧州で人気が高まるユニークな「従業員特典事情」をお伝えする。

オフィスにおしゃれなカフェを。パリ発スタートアップ「Totem」

Totemの創設者、ピエールとラファエル(Totem公式サイトより)

フランスといえば、ワイン片手にゆっくり街のカフェでランチをとるイメージがあるが、それはもはやステレオタイプにすぎない。実際は忙しい仕事の合間に、手早くランチを済ませるビジネスパーソンが多数派になりつつあるのだ。

それでも、フランスらしい、と感じるのは、日本でよくある「デスクで間食休憩」は、フランス人にとって想像しがたいということ。何かつまみながら短い休憩を取るため、自席を離れてくつろぐのは一般的だ。

そんなとき、オフィスに充実した飲食スペースがあれば、社員はコンビニやカフェに駆け込むことなく、好きなドリンクと軽食を片手にゆっくりとくつろぐことができるだろう。

社員特典の無料の食事といえば、Googleのヘルシービュッフェが有名。しかし、もちろんすべての企業が、そうしたグローバル企業と同じ環境を社員に提供できるわけではない。

その点、Totemが提供するオフィスカフェスタンドは、固定費を従来のカフェテリアの10分の1にまで抑えることで導入のハードルを下げ、小規模なローカルビジネスやスタートアップに人気となっている。

従業員10人でも導入可。高いコストパフォーマンスで急拡大

オフィスの一画を社員がくつろげるカフェスペースに(Totem公式サイトより)

Totemはこれまで、「1週間・1社員・1€(約130円)から」の低価格を武器に、首都パリを中心に、100を超えるオフィスの一画をスタイリッシュなカフェスペースに変えてきた。クライアントの規模は社員10数名から1200人までと幅広い。

カスタマイズできるカフェスタンドには、高性能のコーヒーマシンや各種紅茶、冷蔵庫に入ったスムージー、ナッツやシリアルのディスペンサーなどが並び、100~200種類の軽食やドリンクが陳列されている。

導入企業が月々の利用料と商品の代金をTotemに支払うことで、社員はここで好きなフードやドリンクを基本無料で楽しむことが可能。加えて、アプリを通じてTotemの倉庫にある1000点以上の商品リストから、追加料金で配達を依頼することもできる。

フランス文化にマッチした魅力的な商品

カフェスペースに用意する商品は1000種類以上の商品から選べる(Totem公式サイトより)

Totemがこれだけ人気なのは、手頃な価格設定だけでなく、ただのコーヒースタンド以上の価値を提供しているからだ。

Totemのカフェスペースに並ぶ商品は、品揃えの豊富さだけでなく、おしゃれなカフェのメニューのような魅力がある。

1000点以上の商品が並ぶカタログには、クロワッサンやパン・オ・ショコラといった、フランスらしいメニューから、昨今のフランスのビオ(オーガニック)ブーム、健康ブームに応えて、オーガニックのフレッシュフルーツやドライフルーツ、ナッツやスムージー、シリアルバーやライスクラッカー、そば粉のケークサレ、玄米茶なども用意されている。

そのカタログは毎月更新されるため、オフィスにいながらにして、コンビニの棚やカフェのメニューを眺めて、「今月の新商品」を楽しみにチェックするようなワクワク感を感じられるのだ。

パンやスムージーなど、街のカフェに匹敵する品揃え(Totem公式サイトより)

エストニアの会社には北欧で人気の「オフィスサウナ」

フランス生まれらしい「食」にフォーカスしたTotemだが、欧州の従業員特典事情は他にも。フィンランドのお隣、北国エストニアのスタートアップが社内に設置したこだわりの設備は、なんと「オフィスサウナ」だ。

オフィスサウナが人気のエストニア(PIXABAYより)

世界中に600万人以上の顧客を抱えるグローバル企業、エストニア発フィンテック「Transferwise」のエストニアオフィスは、最上階に最大15人が入れる豪華なサウナと、サウナ後に涼むためのバーベキュー設備つきルーフテラスを備えている。

同社が、4年前に事業の急拡大に伴ってロンドンに本社を移した際にも、イギリス人に驚かれながらも新社屋のサウナ環境を充実させることに力を注ぎ、ニューヨーク進出時もオフィスに消防車を改造したサウナを外づけした。

サウナといえばスパやジムの設備というイメージが強い日本人としては驚きだが、エストニアでは、オフィスサウナの充実は社員の絆を深め、リラックスさせる特典として人気があり、他にもSkypeなど複数の現地企業が導入している。

「オフィスドッグ」がもたらす、たしかな癒しと生産性向上

しかし今、欧米諸国で一番人気の特典といえば、楽しくリラックスした環境で働くことを重視するミレニアル世代に人気の「オフィス・ドッグ」だ。

ベルリンのプロダクトエージェンシー「ITR8」公式ブログでは、オフィスドッグの「ミロ君」が9時すぎに飼い主の社員と一緒に出社、会議や面接、訪問者対応に同席した後、仮眠で午後の仕事のエネルギーをチャージする様子が綴られている(現在は飼い主と転職)。

欧州では、日本のように動物アレルギーと恐怖症が話題になることはほとんどない。ペット連れで出社できる環境を整備する企業は急増しており、会社を訪問した際、オフィスを走り回る犬に出会うことはもはや珍しいことではなくなった。中にはペットサロンや獣医の割引など、ペット向け福利厚生の充実をアピールする会社もある。

ベルリンのオフィスドッグ「ミロ君」(ITR8公式サイトより)

ペットを長時間留守番させたくない社員にとって、ペットフレンドリーなオフィスは非常に魅力的。同時にペットのいない社員にとっても、同僚と一緒に出勤する「オフィスドッグ」は生産性向上、ストレス軽減などに貢献することが複数の大学の研究によって示されている。

企業には、オフィス清掃により力を入れる、訪問者へ配慮するといった努力が求められるが、コスト自体はさほどかからない。これもメリットの一つだろう。

 米国企業のオフィスドッグの1日(The DODO YouTubeチャンネル)

日本でもユニークな特典が続々

日本でも、各企業の個性や文化が強く反映されている企業特典は、求職者や社員の心を掴むだけでなく、社外へのPRの機会にもなっており、注力する企業はどんどん増えている。

クックパッドの「社内での自炊に食材提供」や、前述のTotemの日本版とでも言うべき、置き型お惣菜「オフィスおかん」も数年前に登場し、今年の在宅ワークへの移行時には「仕送り便」と名づけた宅配対応も実施して話題となった。この他にも野菜支給やバリスタ常駐など、ユニークなものが次々と現れている。

従業員満足度だけでなく、社員の健康維持やチームワーク向上にも寄与する社員特典。これからもどんなユニークなサービスが登場するか楽しみだ。

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit