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アフターコロナを探りながら、時代がコロナによって驚くべき速度で進化を遂げていることを目の当たりにする日々が続く。
ここ数年の地球温暖化を始め、「BLM(Black lives Matter)」が火をつけた根強い人種差別への抗議や、体型を揶揄する風潮に異議を唱えた「ボディポジティブ」、LGBTQなどジェンダーに対する偏見など、地球や現代社会が抱える問題点がどんどん顕在化している。
コロナという世界的な疾病で、否応なくライフスタイルが変化し、ファッションも「WFH(work from home)」スタイルが主流になるなど大きな変貌を遂げている。
2020年という年がまるで、歴史の中で抜け落ちてしまったかのように、ファッショントレンドは消失し、楽な「ステイホーム」型のスウェットやジャージーなどのノームコア(究極の普通)が生活を席巻し、わずかにマスクにファッション性を求めるのみという2020年のファッションシーンが過ぎてゆく。
だが、この未曾有の経験はファッション産業に大きな負債とともに、未来へと向かう新たな世界へのステップを、急激に進展させている。これまで、抜け出せなかった大量生産、大量廃棄という隠されていた事実が露呈し、基本となっていたファッションシステムが大きく揺らぎ始めているのだ。
環境目標を掲げた「ファッション協定」
SDGs、サスティナブルなどは、ファッション界においても、ここ数年のキーワードであった。増加する海洋廃棄物への警鐘をショーでメッセージし続けたマルニ、いち早く循環型の素材に着目したステラ・マッカートニー、CO2削減の姿勢をコレクションを構成するあらゆる要素で、可視化させたアレッサンドロ・ミケーレ率いるグッチなど、若手のデザイナーを中心に、サスティナブルへの意識は高まり、問題提起するコレクションが相次いでいた。
だが、「不要不急」な贅沢からラグジュアリーが生まれるのも一つの真理。
掛け声はあっても、全体としてみればブランドごとの対応の姿勢はまだらで、資本力があるブランドのメッセージは高まり、サスティナブルな活動は、活発化しているものの、ラグジュアリー産業が一丸となって問題解決に向かう流れは、なかなかできなかったのは事実である。
だが、2019年に、ラグジュアリーファッション産業の、大手コングロマリットのケリンググループが先陣を切って、ファッション、テキスタイル企業を束ねて、「ファッション協定」を宣言したのは、まさに先見の明であろう。ケリンググループは、サンローラン、グッチ、ボッテガ べネタを始め、多くのトップブランドを傘下に持ち、LVMHグループ、リシュモングループと並ぶ、影響力のある存在だ。
「ファッション協定」は、環境目標として3つの柱を定めている。地球温暖化防止、生物多様性の回復、海洋保護に焦点をあて、フランスのエマニュエル・マクロン大統領からケリングの会長兼最高経営責任者であるフランソア・ピノーに託されたミッションとして発足し、G7サミットで発表されている。この企業連合は参加企業56社、該当するブランドは約250となる。
またLVMHグループでも、2020年になって、環境とサステナビリティに関する指針「LVMH(Initiatives For the Environment…環境に対するLVMHのイニシアティブ)」を立ち上げた。
動物由来の素材に対する規定やアマゾン火災への戦略的提携、ユネスコとの「Man&Univers」とのパートナーシップなどを盛り込み、消費エネルギーの削減や、自家発電、代替物流手段を模索してゆくなどが大きな目標となっている。
このふたつが目指すものとして、再生可能なエネルギーの創出、CO2の削減、廃棄物の管理などが挙げられている。
ファッション業界でのステラ・マッカトニーの功績
いよいよ、ファッション業界が一丸となって動き出した感があるが、この大きなうねりを作った立役者として、ステラ・マッカトニーの存在が大きい。
「アンチファー」などは分かりやすい例として、現在は多くのデザイナーたちが採用しているが元はと言えば、ステラ・マッカートニーが、ファーやレザーをはじめ、動物由来の素材を一切使わないところから始まったムーブメントである。
この秋冬コレクションでも、リサイクルカシミア製の大きくSOSのロゴが入った、しかも「O」が樹木のグリーンとオーシャンブルーの地球の柄になったセーターなどは、完売するほどの人気になっている。アディダスとのコラボでも有名だが、環境に負荷を与える合成のりを用いず、素材も土に帰るものを選び、スニーカーを生産している。
ロンドンにある直営店は、ロンドンで一番空気が綺麗な場所として知られ、ダストフリーの換気システム、残紙や残布を再利用したソファーやインテリアなどでまとめられ、リサイクルやリユースが、創造力を駆使すれば、トップファッションとして華やかさを失うことなく両立することを、見事に具現化している。最近では、ジェンダーレスで着られるブランド「Shared」を立ち上げて話題を呼んでいる。
大量の廃棄物を宿命のように背負ったファッション業界だが、その活用を一般の人々に向けて、アプローチを始めたデザイナーもいる。「トラッション」の生みの親ダニエル・シルバーステインだ。「トラッシュ(ゴミ)」と「ファッション」を合わせた造語である。
ビクトリアシークレットのデザイナーであったダニエルは、生地の47%だけが使用され、残りの53%が廃棄されることを知るや否や退職し、すぐに「廃棄物ゼロダニエル」プロジェクトを立ち上げた。ニューヨークで繊維廃棄物を回収する「ファブスクラップ」と連動し、ニューヨークのデザイナーブランドなどから残布や不用品などを回収し、細かく裁断して新しい生地を作るか再販し、廃棄物から制作したTシャツなどは、オンラインのプラットフォームで販売、また人気のエースホテルなどに展示し、自らもリアリティショーに出演するなど、一気に知名度を高め、生地の大量廃棄への問題提起をしている。
リサイクル、リユースの循環型活用は、すでに、ヴィンテージショップや安価なリサイクルショップなどで定着しているが、ダニエルのように「アップサイクル」して、本来の商品とは、全く異なる価値の製品に仕上げる動きが、新たなムーブメントとして、若いデザイナーに採用されている。
ブランドを始めたときから、キーワードが「エコ」、「サスティナブル」であったマリン・セルは、コレクションの約半分をアップサイクルで仕上げている。古いカーテン生地やテーブルクロス、古着などがマリン・セラの手にかかるとドレスなどトレンドアイテムとして魅力的な提案に変容するのだ。
こういった持続可能なファッションは、単なる一時的な動きではなく、30歳代前後のデザイナーにとっては、自らの未来と重ね合わせる重大な懸案事項なのである。アップサイクル商品の魅力を決定するのは、何よりも創造性であり、それは、次世代デザイナーとして腕の発揮どころになるのである。
日本のファッション業界でも始まるプロジェクト
日本でも「ビームス クチュール」のようにセレクトショップのビームスのデッドストックを1点ずつクリエイターとコラボして、異なる商品に仕上げるプロジェクトなどが続々と誕生している。何しろ日本の国内廃棄物は年間100万トンと言われ、一着300グラムとしても、33億着分が廃棄されている計算になるのだから。
サスティナビリティは、21世紀の社会の義務であり、ファッションが立ち向かわなければならない最大の課題である。
だが、若干の明るさが見えてきた。未来のファッションを担う若いデザイナーたちがこぞって関心を抱き、一歩を踏み出し始めたからである。多様性に対しても、マーク・ジェイコブスが、あらゆるセクシュアリティに対して着られる「HEAVEN(天国)」というブランドを発表した。
コロナ禍で、環境に対する意識が高まり、経済や競争よりも、共有や共感、愛、絆という精神性へと価値観が移行してきたことも、サスティナブルのめざましい進展を後押ししているに違いない。
文:藤岡篤子