スポーツ大会に「カーボンニュートラル化」の流れ。トップF1レーサーらが注目する未来のモータースポーツ「エクストリームE」とは?

TAG:

スポーツ産業もSDGs取り組み強化

様々な産業で増えている「持続可能な開発目標(SDGs)」関連の取り組み。このところスポーツ産業でもその動きが顕著になっている。たとえば、2022年開催予定のカタール・ワールドカップ大会では、同イベント初となる「カーボンニュートラル」を目指し、効率的な冷却システムや電力消費を抑えるLED、節水システムの導入が進められている。

大型スポーツイベントは、多数の観客が移動・宿泊する。これに伴う温室効果ガスを削減することがイベント主催側にも求められるようになっているのだ。FIFAの環境レポートによると、2018年に開催されたロシア・ワールドカップでは、海外からの観戦者を含め計500万人以上が移動・宿泊、約160万トンの二酸化炭素が発生したという。

モータースポーツの世界でも大会運営組織や選手の間で環境意識が高まっており、様々な変化を生み出している。以前お伝えしたF1レース関係者らが2021年に開催を計画している「電動スクーターレース大会」はその好例といえるだろう。

2021年にはもう1つ新たな電動モータースポーツ大会が計画されている。これもF1関係者らが多数関わるもので、現在出場チーム・選手の選定、放映権に関する交渉、メディアでのPR活動が進められている。

それが電動SUVによるオフロードレース「エクストリームE」だ。

9月8日には、F1界で知らない人はいないトップドライバー、ルイス・ハミルトン氏が自身チームを結成、同大会への参戦を表明しており、海外のスポーツメディアやモータースポーツファンの間で関心が高まっている。

電動SUVによるレース大会、環境危機の認知拡大へ

エクストリームEの発起人は、現在フォーミュラEのCEOを務めるアレハンドロ・アガグ氏とインディ500で活躍した元レーシングドライバーのジル・ド・フェラン氏だ。

エクストリームEウェブサイト

2018年後半のある日、アガグ氏は友人であるフェラン氏とコーヒーを飲みながら、モータースポーツを通じて、自然の雄大さとその自然が危機に瀕している状況をどのようにしたらより多くの人に伝えることができるのかと思案していた。その構想が「エクストリームE」につながり、2019年1月に計画を公表した。

完全なカーボンニュートラルを目指す同大会で使用されるレースカーは、Spark Racing Technologyが開発した電動SUV「Odyssey21」。同社は、フォーミュラEの電動レースカーの開発を手掛ける企業であり、Odyssey21には電動レースカーの技術が応用されている。

Spark Racing Technologyが開発した電動SUV「Odyssey21」(エクストリームEウェブサイトより)

自動車が停止状態から時速100キロに到達するまでの時間は4.5秒。SUVではない市販のスポーツカーと比べても遜色ない数字となっている。

2020年1月にサウジアラビアで開催された「ダカール・ラリー大会(通称パリダカ)」では本レース前に、人気ドライバーによるショーケースが行われた。2021年のダカール・ラリーに投入される可能性もあるようだ。

エクストリームE、カーボンニュートラルに向けた施策

カーボンニュートラルと目指すエクストリームEでは、電動レースカーの利用だけでなく、他の点でも環境保全を意識した工夫が施されている。

2021年大会で計画されているレース場所は5カ所。セネガルの湖「ラックローズ」、サウジアラビアの砂漠地帯「アルウラ(Al Ula)」、世界最深の渓谷といわれるネパールの「カリ・ガンダキ渓谷」、アイスランドの「ラッセル氷河」、ブラジルの「アマゾン」。

これら5カ所へのレースカーや付随する機材の運搬には、英国の郵便船として活躍したセントヘレナ号が利用される予定だ。

就航30年を迎える古い船だが、エクストリームEの専用運搬船として温室効果ガスの排出を大幅に抑える改修工事が実施されている。第1フェーズでは、業界で「シャンパン」と呼ばれる低硫黄軽油で航行できるよう、エンジン系統が刷新されたという。

エクストリームE専用運搬船セントヘレナ号(エクストリームEウェブサイトより)

現地での観戦はなし、テレビとバーチャル視聴体験の拡充でファン獲得

冒頭で触れたように、スポーツ大会では観戦者の移動・宿泊によって多くの二酸化炭素が排出される。このことを踏まえ、エクストリームEではレース開催地での観戦は行わない方針だ。

代わりに、テレビ放映とバーチャル視聴体験の拡充によってファンの獲得を狙う。

SportsProが報じたところでは、すでにBBCやFox Sports、ソニー・インドなどの大手メディアが放映権を取得している。7月末には、欧州50以上の市場で放送ネットワークを持つディスカバリーチャンネルがエクストリームEと3年間の放映契約を締結した。

エクストリームEの放送パートナーは、このほか東南アジア、オランダ、イタリア、中東、アフリカなどにも広がっており、世界中で放送される予定だ。

テレビ放送もよいが、現地で観戦することがモータースポーツの醍醐味だと考えるファンも多い。

そうしたコアなファンには、VR視聴VIPパッケージが提供される。

このVIPパッケージは、360度カメラで撮影されたレースの様子やVIPコンテンツをVRヘッドセットで視聴できるもの。VIP特典として、限定動画のほか、選手への質問や現地料理の提供が含まれる。VRヘッドセットは、VIPパッケージを購入すると自宅まで郵送される。価格はまだ公表されていない。

トップF1レーサーもエクストリームEの環境取り組みに注目、自身のチームで参戦へ

上記で少し触れたが、F1トップレーサーであるルイス・ハミルトン氏が自身のチームでエクストリームEに参戦するというニュースは多くのF1ファンの関心をひいたと思われる。

9月8日、エクストリームEは同ウェブサイトで、ハミルトン氏が同大会に参戦するために自身のチーム「X44」を創設したことを公表した。

ルイス・ハミルトン氏のエクストリームE参戦を伝える記事(エクストリームEウェブサイトより)

ハミルトン氏は、自身のレースがあるため、エクストリームEに直接ドライバーとして参戦することはないが、チーム創設者として自身の経験をチームメンバーに共有し、競争力のあるチームをつくりあげることを表明している。

環境への懸念から、2017年のBBCの取材でビーガンになったことを明らかにしたハミルトン氏。今回のエクストリームE参戦の理由について、同大会が環境にフォーカスしているからだと語っている。「持続可能性」と「平等」を共通の価値観としてチームX44を構築していくという。

エクストリームEでは、気候変動危機の最前線をレーストラックとし、その状況を多くの人々に知らせること、また大会が現地の人々にポジティブなインパクトを残すための取り組みを行っていることもハミルトン氏にとって魅力になったようだ。

エクストリームEは現在、オックスフォード大学やケンブリッジ大学などの研究者らで構成される独立科学委員会のもと、レース大会だけでなくスポーツ産業全体が環境にポジティブなインパクトを残すためのテンプレートを構築中とのこと。

2021年1月セネガル・ラックローズを皮切りに、世界5カ所、10月まで実施されるエクストリームE。モータースポーツやスポーツ産業の新しいスタンダードとなるのかどうか、注目したいところだ。

[文] 細谷元(Livit

モバイルバージョンを終了