INDEX
新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウンは、人々の生活を一変させ、世界的規模で経済にも影響を与えた。また同時に、この世界情勢は子供の教育にも大きな影響を与えている。
日々の感染者数、飲食店や観光業へのダメージ、国の経済の先行きなどの報道に目を奪われがちだが、世界全体で深刻かつ長期にわたる影響を受けているのは実は教育現場だと言われている。
このほどの国連の調査では、7月中旬の時点で世界約160カ国の学校が閉鎖中で、うち約100カ国で再開の目途が立っていないことがわかっている。そんな中、注目を浴びているのが新しい教育のモデル、オンライン学習プラットフォームだ。
深刻な教育への影響
国連の報告書によると、今般の新型コロナウイルス感染拡大によってなんらかの影響を受けた子供や若者は、全世界における就学人口の94%、約15億8,000万人に及んでいる。また感染症拡大以前には2億5,000万人いた「学校に通えない」子供たちに、来年は新たに2,380万人が加わるとされている。
これは日本も例外ではない。卒業式や終業式はもとより、新学期が始まってもクラスメートに会うことすらできなかった小中学生や、いまなおキャンパスに通えない大学生、いざ再開したものの何より楽しみな夏休みは例年の40日間から1週間にまで短縮された学校があるほど、学習の遅れを取り戻そうと各方面での試行錯誤がなされている。
デジタル化が進む東南アジア
東南アジアでは現在、感染拡大第二波の懸念から再度学校閉鎖を始めた地域も多い。しかしながら、途上国を多く抱える東南アジアにおける教育の機会損失は、重大な懸念事項だ。しかしながら一方で、近年急速に高まる東南アジアのデジタル化によって、この危機を乗り越え、新しい教育の形として浸透させようとする機運も高まっている。
インドネシアのスタートアップ「Ruangguru」(インドネシア語で「先生の部屋」という意味)は国内の登録者数1,500万人という巨大なオンライン教育のプラットフォーム。チューターの登録数は30万人で、100以上の科目を網羅する東南アジア随一のエデュテックだ。
動画による講義や、オンライン試験、ビデオ学習のサブスク、プライベートレッスンなどがウェブサイトもしくはアプリからアクセスできることが売りで、インドネシアの各州政府と300以上の市区政府から信頼されている。充実したコンテンツは3万以上の動画や20万以上の練習問題や討論課題、そして数千もの教材がダウンロード利用可能だとしている。
通常パッケージの年間契約料は54万ルピア(約4,000円)だが、Ruangguruは今般の学校閉鎖に伴い3月に朝8時から午後12時までの4時間ライブで行われるオンライン授業を、国内の学生に無料で開放したことで話題になった。
保護者の声から生まれた新サービスも
またRuangguruは7月、新しいプラットフォームを設立。過去3カ月にわたって実施してきたオンライン学習を通じ、オンラインだけでは補いきれなかった「講師と生徒間の交流」の問題を解決できるとしている。チューターは、インドネシア選りすぐりの国立大学からのインストラクターやカリスマ講師陣で、生徒が直接コミュニケーションをとり、学ぶことができるとしている。
さらにこのサービスでは、Zoomを使い宿題の指導や試験準備のガイダンスを個人的に1週間受けることができるほか、他のクラスの受講生と共にライブセッションで、大学の推薦入学試験についての情報交換をする機会や、他の受講者と一緒に数学や経済、物理など通常科目のカリスマ講師による授業をウェビナーでのライブで受けることができるとしている。
他にも、学習の進め方や専攻科目の選び方といったオンライン・カウンセリングや、120分のうちにスピーチをする、クリエイティブなコンテンツを作成するといった、実践的なスキルアップのためのウェビナーも用意されている。
これらはいずれも一方通行になりがちな「オンライン学習」では学べない生のスキルやコミュニケーションであり、いずれも保護者から上がった声に応える形でできたプラットフォーム。月曜日から金曜日まで、1学年間を通じてきめ細かでパーソナルなサービスを利用できるとして、価格はやや高めの230万ルピア(約1万6,600円)のプレミアム設定となっている。
またRuangguruには社会人のためのプラットフォームや、専門技術習得のための授業などが用意され「明確で楽しい学び」を広く提供するとしている。同社発表によると80%の利用者が首都ジャカルタ「以外」からの登録となっており、インドネシアの教育における都市部とそれ他の格差を感じられると同時に、地方においても学習意欲の高い生徒や保護者がいるという事実は明るい兆しだ。
巨大プラットフォームの国外進出
このスタートアップRuangguruは2014年に「テクノロジーを利用し、質が高く手頃な価格の教育に誰もが平等にアクセスできるよう」をミッションに設立。
オンラインでの自学習を中心に、動画やアニメーション、クイズ、模擬テストといったコンテンツを有し、インドネシア政府各方面からのバックアップも確保している。さらに2019年末には、シリーズCのラウンドで1億5,000万ドル(約158億円)の大型調達を実施したとして話題になった。
その際Ruangguruは「インドネシア政府や教師、保護者といった教育に関連するあらゆる事業や人々をサポートし、インドネシアの子供たちが世界に肩を並べられる人材となるよう手助けをしていきたい」と話し、資金調達によってベトナムを皮切りに、東南アジア諸国へと進出し、教育の機会改善のために尽力していきたいと話した。
ちなみに経営最高責任者アダマス氏は、ハーバード大学卒業、スタンフォード大学で修士号を取得したインドネシアのミレニアル世代。ジョコ・ウィドド現大統領の特別側近にあたる「7人のミレニアル補佐官」の一人でもある。
開校か閉校か、混乱する現場と教育のデジタル化による新たな格差
パンデミックが収束しない中で、インドネシア政府は7月13日から来年6月までを今年度の「新学年」として発表したが、直ちに授業が再開するという意味ではない、と但し書きをつけた。
感染拡大が穏やかで、学校再開を許された地域もあるが、再開の基準には教師と生徒の安全が第一として、アルコール除菌などの厳しい条件が課されている。それでもなお子供を学校へ行かせたくないと考える保護者も多く、また感染症陽性者が出た学校は直ちに閉鎖する決まりがあるため、再開を躊躇する学校も未だ多い。こうした事情もふまえ、現在インドネシア政府は感染の拡大を防ぐために遠隔での教育を引き続き奨励している。
主にオンライン授業の活用を勧めているのだが、実は切実な問題にも直面している。辺境地区などの、インターネットの環境がない子供たちの存在だ。政府は現在この問題の解決策として、テレビ放送やラジオでの授業も展開しているが、テレビやラジオが無い家庭や電波の届かないエリアがある、という厳しい現実もある。
さらに、こうした家庭環境や貧困層においては、保護者が学校よりも労働を優先する傾向にあり、読み書きすらできない子供たちは将来、安定した仕事に就くことが困難になり、ますます貧困から抜け出せないという悪循環に陥る。そのためにも、なるべく多くの子供を教育の機会に触れさせ続けることが大切だと専門家は提言している。
また、今回のパンデミックを通じてより「学校」の存在の大切さや意義を知ることになった人も多いと聞く。ユネスコは、世界的な学校閉鎖により子供たちが奪われたのは学習の場だけではなく、社会的な保護、栄養、心身の健康やサポートも失ったと警鐘を鳴らし、国連の世界食糧計画の試算ではこのパンデミックによって3億7,000万人の子供が給食を食べる機会をなくしたとしている。
多くの子供を抱えスタートアップがひしめくインドネシア
2億6千万人という世界第4位の人口を抱えるインドネシア。子供が総人口に占める割合も大きく、14歳以下の子供が7,030万人(27%)、19歳以下ではその数が実に9,430万人にもなる。これは14歳以下の子供の数がイギリスの総人口よりもやや多い計算だ。
もともと庶民層で保護者が熱心に教育を受けさせる文化が希薄なため、義務教育であっても一度教育の機会を奪われてしまうと、復学の意欲も起きにくく教育格差が生じているインドネシア。
厳しい環境下にありながらも、近年国内では数千ものスタートアップが誕生し、中でも教育部門のエデュテックは今後成長株になると見込まれている。RuangguruのライバルZeniusは昨年、国内の小学生14万8千人、中学生3万9千人、高校生1万3千人に同社のコンテンツすべてを無料開放したことで話題になった。
テレワークやオンライン学校がニューノーマルとなる世界的潮流で、東南アジアのデジタル化も目覚ましい。国の経済を発展させたい各国政府は、外国に頼らない人材育成のための努力をより一層迫られることとなるだろう。
ウイルス感染拡大が終息を見せない厳しい状況下ではあるが、教育格差をなくし、より多くの子供たちに教育の機会を保障することこそが将来の国の発展、そして世界的な社会にも寄与することを忘れてはならないと改めて気づかされる。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)