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「CLO」という役職名を聞いたことがあるだろうか?
「チーフ・ラーニング・オフィサー(最高学習責任者)」といって、欧米の大手企業では浸透している役職で、会社のリーダーシップ強化のために人材を育てる役割を担っている。以前は選抜されたリーダー層の育成が主な役割だったが、時代が変化する中で、昨今は社員データを活用しながら機動的な人材育成や組織開発までも行うようになってきている。
新しい時代のCLOの役割とは?また、日本企業への導入の課題とは――。「CLO会議」などで企業の人材育成・組織開発をサポートする、株式会社グロービスのマネジング・ディレクター、井上陽介さんにお話を伺った。
アメリカでは90年代にCLO導入
「CLO」という役職は、アメリカではすでに1990年代の前半から存在している。起源は諸説あるが、「ゼネラル・エレクトリック(GE)」で使われたのが最初ではないかという説が有力だそうだ。GEは当時のCEOだったジャック・ウェルチ氏が「各事業のリーダーを徹底的に育てることが競争力の一つになる」との考えを示し、リーダー養成所を設立。そこで、CLOという役職を作り、その下で各部門から選抜されたリーダーを束ねて徹底的に育成した。
井上氏によれば、CLOの役割は「競争環境が変化していく中で、そもそもどういうリーダー人材が必要なのかという人材像を定義。そして、ポテンシャルのある人材を発掘、選抜し、育成プログラムを設計、提供、育成した上で配置転換をする」というもの。スタートアップなど小規模な会社だと、そこまでリソースがないためCLOが配置されることはないが、社員数が大きくなるにつれ、CLOの機能が求められてくるという。
日本企業でも2000年代初頭ぐらいから、グローバル企業のベストプラクティスを探る中でGEの例などを学習しながら、次世代のリーダーを育てるための「コーポレート・ユニバーシティ」を作る動きがみられた。なかでも代表的なのは、トヨタ自動車の「トヨタインスティテュート」。学長は社長だが、その人材育成責任者は実質的にCLOの役割を担っている。
「最初のころ、日本企業においては、同期社員の中から誰かを選抜していくということに対する抵抗感がすごかったのですが、実際には(表立って言わなくても)選抜されているし、その人たちをトレーニングし、次のチャレンジングな業務に異動させてリーダーを育てていくことの効果も感じられたため、今では多くの日本企業に定着してきています。日本企業ではCLOという役職名はあまり使われないですが、その実質的な役割を人事部長のような方が担っています」(井上氏、以下「」は同様)。
変化の激しい時代、誰をリーダーに選ぶか?
今ほど変化が激しい時代はない。以前は業界の中でどのように勝ち残るかを考えれば良かったが、今では異業種やベンチャーから突如として競争相手が現れる。そうした中で、誰をリーダー候補として選び、どのように育てていくのか、という方法論も変化せざるを得ない。
まず、「誰をリーダーに選ぶのか?」。理想のリーダー像は各社により異なるが、外部環境を的確にとらえ、その中で会社があるべき方向性を見極めた上で、この先を支えるリーダー像を定義するというプロセスは各社共通だ。
例えば、自動車メーカーは、自動車を売るメーカーから人が動くこと全体を支える「モビリティカンパニー」に変化しようとしており、その変革に合わせて求められるリーダー像も変わってきている。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)事業が立ち上がる中で、これまで自動車部品の設計をやってきた人が、アプリケーションサービスの開発に携わるようなケースも出てきた。
そうなると、昔は数年に1回の自動車のモデルチェンジに合わせて仕事をしていたエンジニアが、日々アプリの更新をするような開発をしていかなければならなくなるし、提携する相手もインターネット会社のような、以前は一緒に仕事をしなかった顔合わせになったりもする。こうした変化があらゆる業界で起きている。
「よりオープンに、そしてスピーディに事業展開を進めることが求められる中で、クリエイティビティやデザイン的な思考がより求められるようになり、リーダー像はガラッと変わってきています。例えば、メーカーでは昔、クオリティマネジメントのスキルが高い人材から選抜すれば良かったのが、いまやそれを大前提としながらも、発想力や柔軟性、最新のテクノロジーについての知識・知見を持つ人材が必要になってきています」
それにともない、選ぶべき人材の年齢層もこれまでは40~50代がターゲットとされてきたが、ポテンシャルのある、より若い人材を発掘し、積極的に投資していく動きも拡大しているという。
データで支える育成プログラム
「リーダーをどのように育てるか?」ということについても、近年大きな変化が現れている。事業のデジタル・トランスフォーメーションが求められる現在、そのようなアプローチができる人材を育てるために学ぶべき内容が変わってきているほか、学習そのもののオンライン化も進んでいる。
さらに、欧米ではこうした人材の育成をデータで支える潮流がみられる。例えば、Googleでは人事部にデータサイエンティストがおり、社員の人事データを細かく分析している。パフォーマンスの上がるリーダーの行動をデータで分析し、それとの比較でギャップのある人物をデータで探した上でプログラムを提供し、現場をサポートしている。社員のデータ化が進むことで、個人の課題をピンポイントで特定し、最適な学習を提供することも可能になっている。
また、アクセンチュアでは、リーダーシップモデルを学ぶプログラムを行った際、CLOの取り組みが経営側に効果的であったかどうか、データ化によって調査結果を残している。
「育成プログラムの後、なにもやらなかったグループ」「育成プログラムの後、リマインドをしたグループ」「育成プログラムの後、リマインドとコーチングを行ったグループ」の3つに分けて分析した結果、3つ目のコーチングまで施したグループの成果が最良だったことがデータで示されている。つまり、育成プログラムを提供して終わり、ではなく、データで行動変容の状況を可視化しながらフォローアップしていくことが必要とされている。
さらに、欧米の企業では、データによる可視化を通じて、社員個々人の育成上の課題に応じて学びを提供する「個別学習」型に徐々にシフトしてきている。そのようなアプローチは、人材の流出を防ぎ、効果的にリーダー人材を輩出し、組織の競争力を高めることにつながる。CLOの役割は、データを使って組織全体をどう活性化していくという「組織開発」領域にも広がってきている。
人材育成をデータで支えることに関して、「日本企業はまだまだ全然できていない」のが現状。こうしたことができるような仕組みにシフトチェンジすることが、現在求められているテーマだという。グロービスでもオンライン型の学び「グロービス学び放題」をクライアント企業で導入し、その学習データから社員の学習行動を分析する取り組みを始めている。「我々も日本企業の中で、人材育成におけるデータの活用を支援できるように取り組み、先進的な事例を作っていきたいと思っています」
個人と会社の関係も変化、「タコつぼ」の解消がカギ
変化の激しい現在、企業のあり方そのものも変えていかなければならない時代になってきている。昔はトップが戦略を作り、組織を設計して落とし込む「ピラミッド型」の組織が一般的だったが、今はボトムアップ的に現場から新たな発想が生まれることが求められており、そのため組織はよりフラットな「ネットワーク型」にシフトしていく必要がある。
「人材も昔はトップレイヤーの人たちが強ければ事業が回っていましたが、今は全員がリーダーシップを発揮できる組織に変わっていかなければならない。そこが大きな根底の変化だと思います」
一方、組織は会社だけが一方的に作っていくものではなく、社会人全体の課題でもある。「会社のレールに乗っていれば『いいキャリア』が作れるのではないか、という幻想に囚われている人が日本にはまだ山のように存在していますが、主体的に自らキャリアを形成していく人材が増えていかなければならないというのが、実は大前提じゃないかと思っています。CLOが提供する能力開発の場に対して、手を挙げるような人材がどんどん増えるべきです」
しかし、現状は30歳前後の若手社員があまりにも忙しすぎて、日々の業務をこなすことで精いっぱい。「チャレンジの場を与えても、もうお腹いっぱいなんです……みたいなところで止まっていて、『タコつぼ』に陥っているケースが本当に多い」
この若手社員の「タコつぼ感」を解消し、一人ひとりが主体的なキャリアを作るためにCLOができることはなんだろうか――?井上氏は、3つの解決策を提示する。
まず1つ目は、外部環境の変化に対するアンテナを高めるために、新たな視点に触れる「学びの場」を与えること。そして2つ目は、他の「タコつぼ」の人に出会う機会を提供すること。他の部門の人と触れ合うことで、世界が広がり、いろいろな課題に対する気づきが得られるという。そして3つ目に「あなたはなにをしたいのか?」を問い続けていくこと。上司と部下が1対1で対話する『1 on 1』を導入し、仕事を通じてなにを成し遂げたいのかを双方向で考えていくことも効果的とのこと。
そして、組織と個人のバランスは、究極的には「対等な関係」がベスト。会社やCLOに頼りきるのでなく、社員一人ひとりが自らの仕事人生を作り上げていくことも大切であるという。
「日本の会社は個人の意識が弱くて、会社のレールに乗っていればなんとかなる時代が長かったのですが、今は個々人がより良い生き方を描ける時代にもなってきている。ポテンシャルのある若い人材がリーダーに抜擢されるケースも増えています。そのような機会のある会社を探して、若い皆さんが積極的に手を挙げていくことも重要だと思います」
- グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター 井上陽介さん
- 大学卒業後、消費財メーカーに入社し、海外部門にて中国工場のオペレーション管理等に携わる。グロービス入社後はグロービス・コーポレート・エデュケーション(GCE)部門にて、様々な業種の企業に対してコンサルティング及び研修プログラム提供を行う。グロービス名古屋オフィス新規開設においてはリーダーとして事業立ち上げを推進。その後GCE部門マネジング・ディレクターを経て、デジタル・テクノロジーで人材育成にイノベーションを興すことを目的としたグロービス・デジタル・プラットフォーム部門を立ち上げ責任者として組織をリードする。また、創造(ベンチャー、新規事業)領域の研究・開発グループの責任者も担い、自身もグロービス経営大学院や企業研修において「クリエイティビティ」「イノベーション」等のプログラムの講師や、大手企業での新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師としてファシリテーションを行う。学習院大学法学部卒業。フランスINSEAD:IEP(International Executive Programme)、スイスIMD:HPL(High Performance Leadership)修了。
構成:山本直子
企画・取材・編集:岡徳之(Livit)