アップデートが必要な性教育

出し抜けに失礼ながら、あなたが学校で受けた「性教育」はどんな感じだっただろうか?

みなさんの多くは四十路の筆者より若干お若いと思うのだが、それでもおそらく筆者が受けたそれと同様に、それぞれの性の生殖機能のしくみと、性感染症や妊娠のリスクを教わって、だから結果に責任を持てる年齢になるまで性的な行動は慎みましょう、と丸く収まっていたのではないかと思う。それは1990年代に開始された、生殖機能とHIV・性感染症への理解を中心に構成される文部科学省の学習指導要領に基づく性教育だ。

その学習指導要綱にも繰り返し「保護者の理解を得ること」が留意されているが、2018年の東京都足立区の中学校における「具体的な」性教育が都や保護者からの激しいバッシングにあったケースを例に取るまでもなく、とかく性教育は「『寝た子を起こす』のでは」という声と背中合わせだ。世界の各地域で性教育の実施はむしろ若年層の初体験年齢を引き上げるという結果が出ていようが、現場としては上記のような「無難な」性教育以上のことはし難い風潮が続いている。

肝心の効果だが、事実高校生の性交経験率は2000年周辺をピークに近年減少傾向にある(最新の2017年のデータでは、高3時点で経験率男子約28%、女子約18%)。

が、その結果は教育の成果というよりも、我が国における人間関係の希薄化や若者の社会性の低下が背景にあるとされており、ひいては少子化や晩婚化との関連で「手放しで歓迎はできない」という評価を得ているようだ。

よくアジア系の欧米人が「アジア人の親は、子どもが学生の時は厳しく異性との交際を禁止しておいて、社会人になったとたんにプロセスを全部飛ばして『孫はまだか』とプレッシャーをかけてくる」というステレオタイプをジョークにするが、少子化が進んだ社会では笑えない冗談だろう。

一方でインターネットと自分専用のデバイスを誰もが手にするライフスタイルが定着したことで、性的なコンテンツを子どもたちの目から遠ざけておくことが実質的に不可能となり、真偽の判断がつかない子どもがオンラインで間違った性知識を覚えてしまうことも問題になっている。

様々な意味で、1990年代モデルの「詳しい部分はまだ知らなくていいから」「とりあえずセックスはダメ、ゼッタイ」ベースの性教育はアップデートの必要に迫られているといっていいだろう。

蛇足だが情報の流入のスピードアップに教育が追い付いていないのは日本だけではない。今年6月に話題になったニュージーランド政府製作の公共CMで、ポルノ俳優のカップルが「ハイ、お宅の息子さんが私たちの動画をネットで検索してくれたから会いに来たんだけど」と突然民家を訪ねて来て、多くの若者がフィクションであるポルノ動画からセックスを学んでいる現状への警告を発して話題になったことも記憶に新しい。

フレンドリーに手を振る女優(NZ政府Keep It Real OnlineキャンペーンYoutubeチャンネル)

世界のお手本に?オランダの性教育

一方、近年とくにアメリカとの比較の文脈で性教育の質と効果に注目が集まっているのがオランダだ。

1990年に11.7%と先進国で最多だったアメリカのティーン女子の妊娠率は、その後懸命の性教育により2.7%まで下がったが、はるかに開放的な性文化を持つイメージのあるオランダのティーンエイジャーの妊娠率は0.5%とアメリカの5分の1以下。同国は初体験の平均年齢も18.1歳と、北・西ヨーロッパ諸国の中で格段に高い(つまり、遅い)値を示し、半数以上が初体験に関して「早すぎた」と後悔するアメリカやイギリスに比して、体験やその後の性生活に対する満足度が高いことが判明している。

「ダブルダッチ」といえば筆者が子どもの頃は2本の縄を使う大縄跳びの名称だったが、今はオランダで主流のコンドームとピルを併用する安全な避妊法を指す用語として、国外のティーンにも浸透しつつある。同様にオランダの若年層における性感染症の罹患率も、欧米諸国の中で最も低い数か国のうちに入る。

その理由として頻繁に引き合いに出されるオランダの性教育だが、特徴としてはおおまかに以下の点が指摘されている。

1.性や快楽をポジティブなものとしてとらえる基本的な価値観

2.ゆえに包み隠さず早期から全て教える圧倒的な情報量

3.家庭でも子どもの恋愛や性を肯定し、オープンに話しサポートする家族文化

4.性教育を性知識で終わらせず、特に関係性の機能として理解し、自他ともに尊重する態度を養う機会として捉える視点。性的なトピックから、個人のウェルビーイング、親密性の構築、性的多様性をはじめとする共同社会に生きる人々の多様性について対話を深め、寛容な社会と幸福な個人を育てていく基本方針。

定番プログラム「Lente Kriebel(春のソワソワ)」

さて基本的な理念だけではよく分からないので、オランダの性教育に倣って具体的な例を紹介したい。参考にするのは全国の公教育において最も広く利用されているプログラム「Lente Kriebel(春のソワソワ)」。Lentelriebelは本来、長い冬が終わって春がやってきた時に感じる、わくわくソワソワしてじっとしていられない興奮を意味する単語。

全体的に明るくポジティブなストーリー展開のもとに性に関する知識や議論が展開される動画や、指導案、テキスト、プリントしてそのまま使える授業教材など豊富なリソースを提供しているほか、国営放送の教育チャンネルにあたるNPO ZAPPとの共同で、フレンドリーな女医が性教育の授業をしたり質問に答えたりするTV番組「ドクター・コリー・ショー」も制作している。

発行元は1960~70年代にかけて盛んになったフェミニズム運動の中で女性支援センターとして発足し、現在国内外で性と生殖に関する健康と権利をサポートする活動を幅広く行う団体「Rutgers」。基本的には厚生労働省からの出資で性教育分野を運営しており、性教育の目的を「健康で幸福な成人の育成のための、若者のエンパワーメント」と定義している。

膨大なマテリアルを全てまとめることはとても無理だが、象徴的な部分をいくつか抜き出してその基本と雰囲気を伝えられれば幸いだ。

「性機能」について教わるのは11歳

包括的で長期的な性教育の中で、まずは私たちが最も「性教育」として意識する「性機能の仕組み」を教えるのは、初等教育のグループ7、標準的には子どもたちが11歳の時だ。地元の小学校の校長先生によると、「11歳なら第二次性徴が始まる子が出てきます。ちょうど今から自分の身に起きる変化と、それに大事な役割があるということを知っておけるちょうどいい時期です」とのことだった。

二次性徴からストレートに性機能の説明へ(Rutgers公式サイトより)

具体的な実施手順は大きく各学校に任されているが、例えば教材動画の「性器」の説明はこんな感じだ。

「(アニメーションとともに)これが男性器です。ここが陰嚢で、ここが亀頭、そして多くの場合亀頭は包皮に包まれています。亀頭が生まれつき包皮から出ている子もいます。幼い時にお医者さんに切り取ってもらった子もいますが、これを割礼と呼びます。亀頭は敏感で、触るといい気持ちがして、ペニスが固くなります。これは勃起と呼ばれます。思春期には射精が起きます。最初の射精は多くの場合夜、寝ている時に起きるので、『濡れた夢』と呼ばれます。べとべとした白い液がでますが、これが精子の入った精液です」

「これが女性器です。パッと見はただの割れ目ですが、開いてみると色々あります。これとこれが大陰唇、小陰唇です。その奥には2つの穴があります。真ん中の小さい穴は外尿道口、下の大きな穴が膣口といいます。いちばん上の突起がクリトリスといって、触るといい気持ちがします」

この授業を受けるのが日本の小5にあたる年齢である。開始10分でここまで明け透けに話してしまって、一体ここからまだ何を学ぶのだろうかという筆者の杞憂は全く不要で、ここから更に授業時間を使って同じ調子でマスターベーションや性行為について詳細に学び、最終学年のグループ8が終わるまでの2年かけてペニスの模型にコンドームをかぶせる練習をしたり避妊法の種類を学んだり、二次性徴やセックスについてのプレゼンや調査プロジェクトをしたりといった実践的な学習の中で理解を深めていく。

実際に行われた授業の動画では、「ペニスを触るところまでは分かったけど、射精はいつ起きるのですか?」と質問した男子に女性教師が「続けて触っているうちにどんどん気持ちよさがエスカレートしていき、ある時最高に気持ちいい瞬間がやってきます。その時に射精が起こります」と楽しそうに説明する場面がある。超オープン、超ポジティブだ。

本格的に性的な行為に興味がわくころには既に全部知っているので、好奇心で行為に及ぶケースが少ないことも、初体験年齢の遅さにつながっているのではないかといわれている。

実は4歳から始まっている

「春のソワソワ」は小学校のグループ1(4歳児クラス)から教材を用意している。彼らにとって乳児期から自分の快不快を認識できる能力や、「NO」と言ったり代替案を提案できるといった社会性の発達は全て思春期の性教育と地続きなのだ。

例えば、自分にとって何が快で、何が不快なのか、振り返る授業。

水着で隠れるゾーンは自分だけのものなので、簡単に他人に見せたり、触らせたりしてはいけない。ではどんな場面で、どんな人になら見せてもいいのか?パパは?ママは?おじさんは?お医者さんは?では公園で転んだ時にお医者さんを名乗って近づいてきた、知らないおじさんは?

そして不快な場合は「NO」と言っていいことを学び、言いづらい場合や言っても解決しない場合にどうしたらいいか考える授業。

時には先生が「あまり知らない親戚のおばさん」になって「あら久しぶりね、大きくなって!チューしていい?」と迫真の演技を見せ、自分だったらしたいか?したくない場合、代わりに何をオファーするのか?(握手、ハグ、ハイタッチなど)と考えるロールプレイなど。

迫真の演技を見せる先生(Rutgers公式Youtubeチャンネルより)

そしてもちろん、男女の体の違いや、既に形成され始める「ジェンダー意識」に関する話し合いも(『男の子がピンクを好きでもいい?』『女の子がカーレーサーになりたくてもいい?』など)。

性やジェンダーに対する意識や、身体感覚の尊重、自他の境界の引き方や折り合いのつけ方など、思春期の性教育の基礎をこのころから積み上げていくようだ。

学年が上がって日本でいう低学年・中学年くらいになると、社会スキルやセルフイメージの授業の他に「まじめな恋愛話」などを始め、セックスの前提となる「愛」の話をできる土壌を固めていく。このころから少しずつ、男性を好きな男性や、女性を好きな女性、見た目は男性でも頭脳が女性の人がいること、地域や文化によって性のあり方も様々なことなど多様性の話も織り込んでいく。

そしてこの年齢の子どもに高まるピア・プレッシャーを考慮して、性の発達には個人差があること、性や恋愛に関することは全て自分の選択であることを前提として敷いていく。

中等教育以降は様々な性のトピックを議題に

さて初等教育で私たちが想像する「性教育」は終わってしまっているのだが、中等教育以降でどんな性教育をするのかというと、これは各学校で生徒のレベルや課題に合わせて選べるようテーマごとに膨大な教材が用意されている。恋人との関係性、妊娠と出産、家族計画、アイデンティティ、性同一性のゆらぎ、ジェンダーと社会、障碍者の性、恋人との行為の線引きをどう決めるか、性的魅力、インターネットにおける性の取り扱い、プライバシーの問題など、性に関係のある多様なトピックについて理解を深めていくことが中心になる。

例えばジェンダーアイデンティティがテーマの教材の中には、2017年に豊かなすね毛をあらわにadidasの広告に登場し、レイプ予告などの脅迫を含むすさまじい賛否両論を引き起こしたスウェーデン人モデル・アーティストのArvida Byström氏が登場。彼女がその表現で伝えたかったこと、社会に色濃く残る伝統的な「女性らしさ・男性らしさ」のステレオタイプ、それを崩されそうになった際に一部の人に引き起こされる恐怖と怒り、社会からの強い反応を受けての彼女の率直な感想などを番組ホストと一緒に語っている。

Byström氏(BBCニュース公式サイトより)

この動画をクラスで見た後は、生徒同士のディスカッションで自分の体験を含め意見や疑問を話し合い、理解を深めていくのが一般的な流れのようだ。

中学年の「恋愛話」で一度触れたセクシュアリティの多様性に関しても中等教育で改めて振り返り、LGBTQ+についても学ぶ。ここでカミングアウトする子も少なからずいるという。

安全な学習のための「グラウンドルール」

さて、こんなに明け透けに話して子どもが興奮して大騒ぎしたりしないのだろうか。

先述の校長先生によれば、「先生によりますが、授業を始める前に、これから話し合う内容がみんなのウェルビーイングにとってとても大切なトピックであること、少し恥ずかしいと感じる人もいるけれどそれも自然な感情であること、お友達の発言や意見を尊重することなどグラウンドルールを確認してから始めるケースもある」「でも先生がオープンに真剣に話をしていることで、最初は上ずっていた子もだんだん真剣に話すようになる」とのことだった。

実際、先生がオープンに、自己肯定的に性について語る姿がモデルになるという。「先生もセックスをするの?」と意地悪な質問をする子がいなくはないが、そういう場合は「先生は大人で、子どもがいるけれど、どう思う?」と考えさせれば学習を振り返る機会になるし、あまり個人的な質問をしてきた子に「それはプライバシーだから言わないね」と断れば、子どもが将来同じように侵入されそうになった時のお手本になる。

直面する課題

さてそんなオランダの性教育だが、もちろん課題はある。

第一にどこの世界でも同じ、保守的な保護者による「明け透けすぎる」「自分の子どもにまだそこまで知ってほしくない」という批判で、特に一般のTV番組として放映された先述の「ドクター・コリー・ショー」は、一部の保護者から激しい顰蹙を買った。日本でいえはNHKのEテレで昼間から陽気な女医が折り紙で作った女性器を手にマスターベーションの仕方を解説しているようなものだから、確かにオランダとはいえ快く思わない保護者がいても不思議はないかもしれない。

「明け透けすぎる」ドクター・コリー(NPO公式サイトより)

また、移民の急増により多様な文化や宗教の背景を持つ子どもが教育現場にも増えたこと。例えば現在国内人口の5%を占めるイスラム教徒にとって、性の多様性として尊重するように教えられる同性愛や性同一性の揺らぎは犯罪だし、女子が積極的に自分の性を楽しむことも歓迎されない。しかしオランダの義務教育は子どもが性について知る権利を保証しているので、保護者に理解を求め、子どもを授業に確実に参加させるというタスクは現場の仕事になる。

性の価値観の多様性を尊重することも基本方針なので、厳格な信仰を持つ子どもが「同性愛はヘンだと思う」と言ったところで「ブー。不正解」と断じるわけにもいかない。寛容なオランダ的バリューを教える中で、そういう考え方の存在も認める必要があるわけで、先生は集団指導と並行して生徒ひとりひとりの境界を明確に引くスキルが求められるだろう。

第二に(これは彼らにとっては問題でもなんでもないが、参考にしたい外国人としては)、オランダの教育の基本を前提としてデザインされたこの性教育は、ユニバーサルデザインでは決してない。

特に性的欲求や機能を100%ポジティブにとらえ、だからこそ大切に扱うというアプローチ。これはオランダの義務教育が始まる4歳時から徹底的に仕込まれる、自らの快・不快や欲求を大切にする、それを適切に表現する(この国ではアサーションは成人までにマスター必須な超重要スキルだ)、自分と異なる他者を尊重する、快適な人間関係の模索のために対話するなどのスキルを前提に成り立つものだろう。そしてその教育方針は、修了後に集団の利益よりも個人の幸福を絶対的に優先する社会で生きていくことを前提としてデザインされたものだ。

知れば知るほど「前提からして全く違う…」とめまいのする思いでまとめたオランダの性教育。世界一我慢と献身が得意な私たち日本人との相性はあまり良くないかもしれない。でも私はいつか日本にこのプログラムを紹介できたらいいと思う。今の日本の子どもたちには、性も、ひいてはあなた自身も、とてもいいもので大切なものなんだよ、というメッセージが足りていないように思うので。

文:ステレンフェルト幸子
編集:岡徳之(Livit