日本で「海外ニュース」というと、欧州や米国のものが多く、他の地域の情報はあまり目にすることがない。しかし、日本ではあまり語られることがない南米スペイン語/ポルトガル語圏のテックスタートアップシーンが、最近急速に発展をとげている。

特に注目されているのは「ペルー」だ。中南米のスタートアップシーンでは、これまでブラジルとメキシコに資金が集まる傾向が強かったのだが、このところペルーなどにも資金が流れ始めた。

それに伴い、日本では古代遺跡マチュピチュや、リャマやアルパカといった高山動物のイメージが強く、テクノロジーやスタートアップを連想することはあまりないこの国で、ロボティクスの分野などが盛り上がりをみせている。

「マチュピチュ」だけじゃない、ペルーの魅力あるスタートアップシーンと、それを支えるペルー政府の取り組みを紹介する。

子供たちの人気者、ペルー発リサイクルロボット「IRB in」

ペルーで開発されたリサイクルロボット(Agencia de Noticias Andinaチャンネルより)

最近、現地ニュースで大きく取り上げられたのは、リサイクルロボットの「IRB in」。大学の授業からスピンオフしたスタートアップCirsysが開発するリサイクルを促進するスマートロボットだ。

ゴミ分別をするAIを搭載したリサイクルロボットの「IRBin」は、ペルーの首都リマにあるカトリック大学での授業内プロジェクトとしてスタートした。グループを組んだクラスメートたちは大学のコースが終わった後も、ペルー政府とイスラエル大使館からの資金調達、スタートアップ「Cirsys」の起業へと歩みを進め、プロトタイプを製品化し、「IRBin」と名づけた。

リサイクルは世界的に関心が高いトピックだが、ゴミの分別作業は手作業に頼ってきた部分が大きく、作業員に危険がある、市民の協力が得られないといったことがどの国でも課題となっており、その解決を目指すAIやロボティクスの開発・導入はペルーに限らず世界各地で進められている。

たとえば、北欧フィンランドではスタートアップ「ZenRobotics」が、ゴミ処理のラインで24時間稼働できるAIに画像認識による分別をさせることで、作業効率向上、リサイクル可能資源の回収率の向上に貢献している。米マサチューセッツ工科大学でも、視覚的な分別には限界があることから触覚センサーを活用した分別用ロボットアームの開発が進められている。

そんな中、ペットボトル、ガラス瓶、一般ゴミの3種類だけを分別する、このペルー発のロボットはかなりシンプルに見えるだろう。しかし「IRBin」がユニークなのは、ソーシャルロボットである点。スーパーマーケットなど生活に密着した場所に配置され、スターウォーズのR2-D2のようなロボットキャラクター的なかわいらしさで、子供たちの人気者となっている。

「IRBin」がソーシャルロボットという形をとっているのは、ゴミ処理に関してペルーが抱える問題に対応するためだ。

急速な経済発展を遂げているペルーでは、ゴミ問題への取り組みが追いついていない。不法投棄問題も深刻度を増しており、ゴミ処理場と名がついていても、野外にただ積み上げるだけの場所であることも少なくないという。

そんなペルーで必要とされているのは、北欧や米国で開発されているような整備されたゴミ処理工場で作業員の代わりに分別を行うロボットではなく、まずは市民、特に若い層にリサイクルの意識づけを行えるロボット、ということなのだろう。

現地ならではの実情にマッチしたこのロボットは、今後も自治体、大学、ショッピングセンターなど市民の生活に近い場所で、さらに活躍の幅を広げることが計画されている。

政府も支援、盛り上がるペルーのスタートアップシーン

盛り上がるペルーのスタートアップシーン(PIXABAYより)

ペルー政府は、様々なプロジェクトを立ち上げ、このような起業家精神にあふれるペルーの若者を支援しようとしている。過去4年間で、2,270万ドルを超える公的資金がスタートアップ関連プロジェクトに注入された。生産省による包括的な起業支援プログラム「StartUp Perú」をはじめ、バイオテクノロジー・アグロテック・フードテックを支援するプログラム「Reto Bio」やイノベーション省による「Innovate Perú」が、それぞれスタートアップへの支援を行っている。

こうしたプログラムを通じて生まれたいくつかのスタートアップが、今では医療・教育といったペルーが抱える様々な課題に対峙するようになっている。

コンペティション「StartUp Peru 2019」を勝ち抜いたチームの一つ、メドテック企業「Nanovida」は、ペルー第二の都市アレキパにあるサンタマリア・カトリック大学(UCSM)の卒業生によるスタートアップだ。植物を活用して作られた治癒・抗炎症ジェルを開発しており、糖尿病の患者の皮膚症状に対して、経済的な負担の少ない薬品を提供することを目指している。

同様に昨年のコンペティションを勝ち抜いた「Pixed Corp」は、義肢、リハビリテーション用のスプリントや装具といった医療機器の開発を行っている。3Dプリント技術を駆使した同社の製品は、高品質でありながら、誰でも購入しやすい価格にすることを目指している。米国、チリ、ブラジル、エルサルバドル、ホンジュラスにまでマーケットを拡大し、新型コロナパンデミックでは、フェイスシールドの生産でも医療現場に貢献した。

義肢装具への平等なアクセスを目指す「Pixed Corp」(公式サイトより)

エドテック分野では、コーディングなどをプロジェクトベースで学ぶオンラインコースを提供する「Crehana」が、ペルーでは最大規模の450万ドルを調達し、ラテンアメリカ全域で500以上のオンラインコースを提供するまでに成長している。

同社は、ステイホームによる在宅学習の人気上昇を背景にさらに注目を集めるようになり、ベンチャーキャピタル Acumen Latam Capital Partners(ALCP)が主導する投資を受けることとなった。

経済成長を背景に、起業熱が高めるペルーの首都リマ(PIXABAYより)

ペルーは、過去10年間の平均経済成長率が5.9%、インフレ率は平均2.9%という中南米エリアの中では着実に経済発展を遂げてきた国だ。それを背景に、2019年には国内のスタートアップへの投資額が前年から24%増加。その8割超が、フィンテックやエドテックなどテクノロジー企業に集中しており、これからイノベーションが生まれる可能性を秘めた国として注目度が高まっている。

米国のトップ大学であるマサチューセッツ工科大が主導する、世界中のスタートアップエコシステムの強化を目指すREAPプログラムでは、ペルーがグローバル・パートナーの一つとして選ばれるなど、今後もペルーのスタートアップシーンから目が離せない。

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit