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第二波で感染者が再び増加したり、要人の感染が確認されたりと、新型コロナウイルス感染症は依然として予断を許さない状況だ。パンデミックとなってから半年ほどが経っており、感染を抑制するために国境封鎖をしていた国では、国内の経済状態の悪化が懸念されている。
しかし6月下旬から、EU諸国の一部やカリブ海沿岸諸国などが、国境封鎖を解除。景気の早期回復実現に踏み出す動きが見られるようになった。
同時に、国によるが、3月中旬から運航を取りやめていた各航空会社の旅客機の整備が進められ、一部のみしか機能していなかった空港などの関連施設も再オープンしている。しかし、空の旅がパンデミック前通りと思うのは間違いのようだ。航空業界でも新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることが最優先。航空関連企業のほか、デザイン会社などが「新たな空の旅」の実現に向け、健康面の安全性を保つ旅のあり方を模索し、実践し始めている。
「今すぐにでも」旅行に行きたいという、旅への意欲満々の人たち
航空会社や空港などが再稼働する一方で、航空機を利用しての旅に対し、人々はどんな考えを抱いているのだろうか。新型コロナウイルスが海外旅行に対する個人の意識にどのような影響を与えているかの調査が4~5月に世界各所で行われた。その結果、新型コロナウイルスが収束していないにも関わらず、海外旅行に興味を示していることが明らかになった。
例えば、最新の旅行情報を旅行者に提供するウェブサイト、The Vacationer.comが米国の18歳以上の大人約600人を対象に5月中旬に行った調査がある。いつになったら気持ちよく旅行に出られるかという問いに、「今すぐにでも」という人は約19%、「向こう6カ月のうちに」という人は約39%を占めた。つまり約58%もの人が半年の間に旅行に出ることを希望しているというわけだ。
米国を拠点に、世界34カ国でラグジュアリーな旅を専門に手がけるオーバーシーズ・レジャー・グループが国内の旅行好き2,000人を対象に4月下旬に行った調査によれば、すでに72%が次の旅行の計画を立てていることがわかった。また対象者の3分の1が今夏中に、半分以上が秋までには旅行に行きたいとコメントしている。隣国を含めた海外を訪れたいという人は約45%を占めた。また旅行先がどこであっても、目的地までの交通手段は、約79%と圧倒的な割合で航空機を選んでいる。
コロナ後の航空機旅行の見本、エミレーツ航空
国境封鎖を解除した国では、フラッグキャリアを中心に複数の航空会社が、観光客向けの便の運航を再開している。航空業界の専門家や事情通の間で、「コロナ後の空の旅をすでに実現している」という評価を得ているのが、エミレーツ航空だ。国際線旅客便を5月21日から再開している。
同社は4月中旬に、乗客を対象とした新型コロナウイルスの検査を、ハブであるアラブ首長国連邦のドバイ国際空港で開始した。結果が約10分で出るという血液検査で、協力機関であるドバイ保健局(DHA)が行う、世界で初めての試みだ。現在では、フランクフルト空港などほかの空港がこれに追随している。
乗客と従業員の安全を最優先とした安全規定を同社は、5月下旬に発表している。規定には、ドバイ国際空港で実践されているコロナ対処策にも触れつつ、出発空港でのチェックインから、トランジットも含め、目的地で搭乗機を下りるまでの詳細にわたるルールと情報が網羅されている。
まず空港に入る際にはマスクと手袋を着用しなくてはならない。エミレーツ航空のチェックインでは、衛生キットが無料で配布されている。ドバイ発着便のすべての利用客向けで、トランジット客には、次のフライト分のキットも新たに配られる。
機内持ち込み手荷物は、必要なもののみと厳格に規定されている。例えば、ラップトップ、ハンドバッグ、赤ちゃん用グッズのバッグなどだ。そのほかのものはすべて預け入れ荷物となる。目的地によっては、健康状態に関する申告書の提出が義務付けられているところもあるので、その記入が必要となる。
出国手続きを行うエリアや、搭乗待合室、トランスファーエリアには、ソーシャルディスタンスを促す表示が掲げられている。他者との距離を保てない人には、個人防護具を付けたスタッフが注意をする。また乗客とスタッフが直接話をする個所では、二者の間にバリアが設けられている。空港内各所にサーマルスキャナーが配置され、発熱している人がいないか確認作業が行われる。
搭乗に際しては、機体の最後尾から最前列に向け、列ごとの小さなグループで搭乗する。機内で義務付けられているのは、マスクの着用だ。
機内での衛生面での安全を確保するために、新たなサービスを始めている。それはキャビン・サービス・アシスタントと呼ばれるクルーの採用だ。飛行時間が1時間半以上の便に配置され、化粧室の掃除を専門としている。掃除は45分ごとに行われ、衛生面に目を光らせる。
従来、複数の乗客が共用していた雑誌などの読み物は消え、ヘッドフォンや毛布などは衛生面を徹底し、密封されている。
ドバイに戻った便はすべて、次の飛行にそなえ、洗浄・消毒作業に回される。通常の清掃に加え、新型コロナウイルスは接触感染することがわかっているため、ウイルスや細菌を除去する薬品で、徹底的に拭き掃除が行われる。
エミレーツ航空が実践するコロナ対策については事細かに公表されている。こうした情報を把握することで、同社の便を使おうという人は安心感を得ているそうだ。透明性を追求する姿勢にも好感が持たれている。
清潔とソーシャルディスタンスが新デザインの鍵
ほかの業界同様、今後の航空・航空関連業界にとって、「清潔であること」を前面に出しての企業活動が最も重要だ。清潔さを意識し、ソーシャルディスタンスにも配慮した、航空機内の座席や空港内で使用する家具など、早くもデザイン分野では斬新なアイデアが生まれている。
空港内で、利用客が安心できる距離感を維持することができる新しいタイプの家具を提案するのは、イタリアで家具やインテリアのデザインを手がけるアーパーだ。「バック・トゥ・アワ・スペース」と名づけられたプロジェクトには、自然にソーシャルディスタンスをとれるようにデザインされた、ユニット式のソファなどがある。そのほかには個人のためのスクリーン、グループのためのディバイダなどもある。
同プロジェクトの狙いは個人の健康上の安全を守りつつも、孤立させないことにある。今までとは違った「シェア(共有・共用)」の形を示している。
航空業界に特化したデザインコンサルタント会社である、英国のファクトリーデザインは、機内で3席並ぶ列の中央の座席をバリアに替えることを提案。「アイソレーション・キット」と名づけたバリアを、5月に販売開始した。人々を再び旅行しようという気にさせるためには、航空会社は機内における乗客の健康を確保する必要がある。「アイソレーション・キット」は既存の座席に手を加えるだけで、それを可能にするため、経済的な痛手を負っているケースがほとんどの航空会社にとっては、願ったりかなったりというわけだ。
同様に、4月にはイタリアのデザイン会社、アヴィオインテリアズも既存の座席に取り付けるだけの、「グラスセーフ」を提案。乗客の頭部の三方を囲む、透明なフードで、ウイルスなどの接触感染の危険度を下げるのが目的だ。
機内の既存の座席に手を加え、ソーシャルディスタンスを確保しようというアイデアが多い中、座席の構成、デザインを大幅変更しようというのが、スタートアップ、ゼファー・アエロスぺースによる「ゼファー・シート」だ。プレミアムエコノミー・クラスを2階建てにし、乗客の専有スペースを広くした。横になって休むこともできる。
「ゼファー・シート」は長距離便に乗る際、プライバシーを確保でき、横になって休める座席を目指して、発案・開発されたものだ。しかし、新型コロナウイルスでソーシャルディスタンスの必要性が出てきた今、感染対策のための座席としても注目されている。
従来の座席部分と頭上の荷物入れの間のスペースを活用し、下の座席の真上に、同じスタイルの2階席を造る。2階とはいっても、床の上135センチほどの高さで、階段は列ごとに設けられている。座席数は従来通り。座席を減らしたくない航空会社の意向に沿っている。
「ゼファー・シート」は、現在特許申請中だ。次の段階では安全性試験を受け、その後3年間をかけ、製品として完成させる予定になっている。
「ゼファー・シート」は2019年、ドイツのハンブルグで開催された、航空機インテリアの見本市、エアクラフト・インテリア・エキスポで、航空会社の幹部にプレゼンテーションを行っている。クラウンドファンディングなどで資金調達も順調だ。顧客候補として、各国を代表する航空会社7社を相手に現在話し合いを進めているという。
エアクラフト・インテリア・エキスポでは、毎年クリスタル・キャビン・アワードの授賞式も行われている。同賞は、その年機内用に開発された、画期的な製品に対して贈られるものだ。今年は新型コロナウイルスの影響で授賞式は2021年に延期になった。最終選考に残っている24製品の審査は来年に持ち越される。
2021年の授賞式には従来の8部門に加え、新たに機内での衛生管理に関連する部門が加えられる計画だ。科学者らは今後、ウイルス感染症に見舞われる頻度が増すことを指摘する。空の旅には衛生面を配慮した製品が欠かせなくなることは間違いない。
※掲載内容は執筆した7月初旬時点の情報です。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)