「なんにもしない」が苦手な日本人へ、”究極”のオランダ流バケーションビジネス「ハウシェステイ」の醍醐味と成功の理由

QOLを高めるためのオランダ人の習慣「niksen(ニクセン)」

あなたが最後に「何もしないでのんびり」した時間を楽しんだのはいつだろうか?

生真面目で勤勉な私たち日本人は「リラックス」するのが苦手だ。そもそも常に忙しいし、たまの休みに旅行すれば短い日程を最大限に活用しようとあれをしてこれを見てそれを食べてと忙しい。

完全に予定のない休日があっても何か有益なことをしなければいけないような焦りに駆られて、心の底からその状態を楽しむことが難しい…これは貧乏性な筆者のみならず、私たちの多くがもつ傾向だろう。

そんな日本で今、静かに支持を広げつつあるオランダ発の習慣が「niksen(ニクセン)」。オランダ語で「nothing(無)」を意味する「niks」に、動詞形の語尾「en」を足した単語で、「積極的に何もしない」「何もしない時間を過ごす」といった意味の動詞だ。

ワークライフバランス世界1位(OECD、2019)のオランダでは、意識的に生活にそういった時間を作ることでQOLや生産性、さらには免疫力も高めるとされ、「週末は何をしたの?」とか「旅先で何をする予定なの」などと訊かれた時に、「lekker(おいしい、気持ちのいい)にniksenだよ」と答えるような使い方をする。

先日、日本でニクセンの概念や生活に取り入れるコツを分かりやすく解説した関連書籍も出版され、新たなパワーワードとなる予感だ。

ニクセンするための宿泊文化「ハウシェ」

さてその書籍でも紹介されている通り、個人主義で自分を他人と比べず、晴れた日の陽の光や一杯のコーヒーといったささやかな楽しみを味わうのが上手いオランダ人だが、一方でDIYが大好きで家は常にモデルルームのようにピカピカといった勤勉な面もある。

休日に仕事はしない彼らも、家にいれば何かとすべきことが気になる。そんな彼らが生活空間から逃避して充実した「ニクセン」時間を過ごすための宿泊施設が、「ハウシェ(huisje、『小さな家』といった意味)」である。

平均気温が低く雨ばかりの自国の気候に文句ばかり言っているオランダ人は、もちろん長期休暇にイタリアやギリシャで太陽を浴びるバカンスを楽しむのが大好き。

しかしそこまでの時間や予算を割かずとも、ちょっとした3連休などに、近場の「ハウシェ(小さい家)」と呼ばれるロッジ(バケーションハウス)に宿泊していつもよりもさらに「何もしない」週末を過ごすための小旅行を楽しむのも、オランダ人が大好きな国民的バケーションスタイルなのだ。

この国では観光地に別荘を所有しているような裕福な人は多数派ではないが、九州ほどの広さしかない国土の中に数千のレンタル用のロッジがある。

この「ハウシェ」は、典型的には大手バケーションハウス会社による運営で、観光地近隣の緑豊かな敷地の中の数十棟がそれぞれレンタルされているといったケースが多いが、森林公園のど真ん中のキャンプ場の中にハウシェ群が建設されている場合もある。

変わり種では森の中や街中に停留した小さなトレーラーハウスだったり、オランダらしいところでは運河に停留したボートハウスだったりもする。

アムステルダムの中心のような街中では大手バケーションハウス運営会社による大規模な宿泊施設群よりも、アパートを所有する人が空き室を貸し出しているようなケースが多い。

国民的テーマパークEftelingにも、2棟のホテルの他に「ハウシェ」群が配置された3つのバケーションビレッジが併設されている(日本でいえば、ディズニーランドの周囲をロッジが散在する自然豊かな休暇村が囲んでいるといった感じだろうか。かなり非現実的だ)。

ボートタイプのハウシェ(Blokhutboot公式HPより)

いずれにも共通するのは、宿泊料がホテルに比較してリーズナブルで(もちろんピンキリだが、筆者がよく利用する6人用の3ベッドルーム・2バスルームの比較的築浅のロッジは一棟一泊100ユーロ程度が相場)、キッチン・バスルーム・ベッドルーム・リビングルームといった普通の家のような部屋割りの生活できるロッジ一棟(もしくはアパートメントタイプの一室)単位で貸し出し、清掃用具付きでチェックアウト時は自分で掃除して退出というスタイル。

典型的なハウシェのリビング(Landal公式HPより)
典型的なハウシェのベッドルーム(Landal公式HPより)

滞在のサポートや清掃といったサービスを運営会社が最低限しか負担しないことで、広々としたロッジを低価格で貸し出せる仕組みだ。

納屋に清掃用具完備(筆者撮影)

基本的な家電、調理器具、食器、リネン類などは備え付け(リネンはオプションの場合あり、備品は破損した場合のみ実費負担)なので、宿泊客は食材や調味料、洗面道具や着替え用の衣類などだけ持って行く(ちなみに筆者はいつも醤油瓶と炊飯器を持ち込む)。

大手経営の典型的な「ハウシェ」パークは、緑豊かな敷地内に屋内プール、スーパー、公園、レストランなどが併設されており、敷地の外に出なくともステイが完結するようにできている。

全員がゆっくりすることが目的なので、ステイ中本格的な煮炊きをせずに済むように、敷地内のお店にはテイクアウトや冷凍食品が充実しているのがお決まりだ。

日本にある一番近い施設は「休暇村」だと思うが、オランダの「ハウシェ」ステイは、施設からのサービスが薄くもっと生活っぽいステイ用の休暇村というか、家だけあらかじめ建っているキャンプというか、そんなイメージだ。

「ハウシェ」ビジネスの歴史と人気の秘密

さて、近隣のドイツ人やフランス人にも「オランダ人はロッジステイが好きだから…」と呆れられるほどの国民的バケーション文化の歴史を軽く紐解きたい。

現在、国内「ハウシェ」運営会社のうち最大手は、国内外に90のバケーションビレッジを所有する「Landal Greenparks」と、同様に26のビレッジを所有する「Central Parcs」の二社。

前者は1954年にとあるオランダ企業が、自社の従業員に別荘を売りつけるために別荘専門の不動産会社を買収したことから始まった。

ほどなく思ったほど従業員が別荘を買ってくれないことを悟った企業は、投資の回収のため所有する別荘を一般人にレンタルし始めたが、これが戦後の経済成長期と重なり、レジャーを楽しみ始めた国民に手軽なバケーションとして大人気に。勢いに乗ってその後様々なレジャー企業を吸収して、現在の形に落ち着いた。

後者のCentral Parcsは若干異なる歴史を持つ。ロッテルダム生まれの読書好きな少年だった創業者のPiet Derksenは、彼の運動不足を心配した父親からテニスを習うよう言いつけられたが、しぶしぶ始めたテニスに商機を見いだしてしまう。

やがてビジネスをテニスコートの時間貸し業からスポーツ用品店へと発展させた彼は、本社近くに購入した森の中で自社で扱うアウトドア用品を消費者に体験させるためのテントステイ業を始めたが、これが大ヒット。

宿泊設備をテントから耐久性の高いバンガローに変更し、バケーションハウス経営へと専念していくことになった。

いずれも戦後人々が豊かになってゆく中で、それでも散財や贅沢を好まず自分の面倒は自分で見るのが好きなオランダ人が、手軽で適度に自分のことを自分でやるハウシェに「ちょうどよさ」を見出した結果といえるだろう。

ロッジステイが大好きで、毎月のように家族でどこかしらのハウシェで週末を過ごしている生粋のオランダ人の友人はこう語る。

「私にとってバケーションで一番重要なことは、質の高い『家族時間』を過ごすこと。それには刺激や雑事の多い日常から一時離れ、一緒に過ごすだけのための時間をとることが必要。快適なハウシェの中でただ一緒にリラックスしたり、散歩やボードゲームといったちょっとしたお楽しみをしたり、少し美味しいものを食べたり。フルサービスでも一室しかないホテル滞在を楽しめるのは、せいぜい一泊か、夏の観光旅行が限界かな…家族でいい時間が過ごせるのは、断然ハウシェだと思う」

数年前にオランダに移住した直後に夫の家族と一緒にハウシェ滞在を体験した筆者も、初めこそ「なんだこりゃ?!確かにロッジはステキだけどこいつらずっと家の中でダラダラしてる?!観光せんでいいのか!土地のおいしい名物はどこだ!あれこれ世話してくれるホテルスタッフはどこだ!こんなの旅行じゃない!」と憤ったが、今はハウシェステイの大ファンだ。

日常から離れても、「せっかく旅行に来たのだからあれもこれも」という強迫観念に駆られないのがいい。自分の世話は自分で焼くので、誰にも気兼ねなくのびのびできる。

子どもなんて、大人が行きたい場所にあちこち連れ回されて見慣れない食べ物ばかり出てくる観光旅行よりも、オニギリでも食べながら公園やプールでゆっくり遊べるハウシェ滞在の方が断然好きなので、子連れ旅行でありがちな「旅の途中で疲れてぐずってくる」なんていうこともない。

なにより完全に「充電」のためのバケーションなので、滞在を終えて家に帰ってくるときには旅疲れどころか気力が充実して、また元気いっぱいに日常を回せる。ちなみに(とか言いながら私にとっては重要ポイントだが)、大した出費にならないので、次の月のクレジットカードの請求額に怯えることもない。最高だ。 

実際、こういったタイプの旅行がこれからの主流のひとつになっていくのではないかとみる向きもある。

欧米を中心として近年の旅行業界の分析では、ミレニアル以降の世代は旅に「良い体験」や「あまり知られていない土地の魅力を見出すこと」を求めており、旅行経済成長期にメジャーだった「贅沢をするための」「ステータスとしての」観光旅行は過去のものになっていくことが見込まれている。

それを受けてか、多くのハウシェでは敷地内で楽しめる自然を詳しく解説したガイドブックやオリエンテーションのアイディアが満載の「ステイを楽しむためのハンドブック」が置いてあったり、体験学習や農場体験、社会活動などの普段は出来ない体験ができる近隣の施設と提携したりしている。

ガイドに載っている自然といっても水仙やリスのような珍しくもない草木や動物だったりするのだが、それを探したり豆知識を楽しんだりするゆったりとした時間こそが、忙しい日常の中では味わえないステイの宝物ということなのだろう。

筆者が独断でオススメしたい日本でできる「ハウシェ」体験

さて蛇足で恐縮だが、筆者が個人的にオランダの「ハウシェ」に似ていると思っている日本の宿泊施設がある。長崎ハウステンボス内にある「フォレストヴィラ」という湖畔のコテージ群だ。

1階にリビングルーム、2階に複数の独立した寝室があるコテージ1棟を自分たちだけでまるまる独り占めできるスタイル、自然豊かで静かな周囲の環境、それをリビングから一歩踏み出すだけで存分に楽しめる広いテラス、早起きして窓を開けた時に味わえる少し寂しくなるほどの清々しい森の香りと、鳥のさえずりだけが響く静寂な空気は、本当にオランダのハウシェによく似ている。

フォレストヴィラ(ハウステンボス公式HPより)

同パーク(リゾート)は、1980年代のプロジェクト企画段階からオランダの外観のみならず、土壌改良をはじめとして環境に配慮した循環型都市を目指すなど、オランダの先進的な社会文化もそのまま導入することを考慮したという。

忙しいご時世のためか今回本社に確認は取れなかったが、「ヨーロッパ郊外の別荘ステイ気分」を掲げるフォレストヴィラも、そんなオランダのバケーション文化を取り入れる意図でデザインされたものだったとしても不思議はないかもしれない。 

ともあれ、高品質の「何にもしない時間」を提供する「ハウシェ」ステイの文化、「ニクセン(なんにもしない)」下手の私たち日本人にこそ必要なのではないかと思う。どなたかハウシェ、始めませんか。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit

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