日本でもCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任者)といった役職はよく耳にするようになったが、CLO(Chief Learning Officer:最高学習責任者)という役職はまだあまり聞くことがない。

パンデミックによる在宅勤務・リモートワークにシフトする企業が増え、従業員には新たなスキルが求められるようになっている。さらにダイナミックな変化を迎える経済において、「企業のCLOの役割が重要である」との意見が増え、同役職への注目度が高まっているようだ。

ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)2020年2月号では、時代の変化とともにCLOも変わっている、との記事を公開している。今回はこの記事を参考に、日本では馴染みのないCLOという役職がどのようものなのか俯瞰しつつ、CLOの役割がどう変化しているのか、その最新議論を追う。

従来のCLOと、新CLOの役割の違い 

従来の日本の組織は、人材教育は人事部の中に組み入れられていることが多い。人事部の仕事は人材教育だけでなく、採用・労務管理・福利厚生・人材配置・就業規則の策定など多岐にわたる。ゆえにCLOの初期型は、そこから派生して人材・リーダーシップ教育やスキルのトレーニング、コンプライアンス研修などのコースを提供するものだった。

しかし、ビジネス形態や従業員の働き方、テクノロジーがダイナミックに変化している現在、CLOの役割はその枠組みを超え、ビジネスモデルに繋がる戦略的組織・人材開発・教育や、教育コンテンツの開発・普及・運営など、「組織の学習の性質を根本的に変える措置を講じ、組織の能力と文化を再形成する」という強力な役割を担う。ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)では、この新しいタイプのCLOを、トランスフォーマーCLOと呼んでいる。

HBRは、19の大企業に所属する21人のCLOに広範なインタビューを実施し、彼らの役割と組織についてどのように考えているかを調査した。この調査から、トランスフォーマーCLOは企業の「3つの主要な改革」を推進していることが明らかになった。その改革を、事例も交えて以下で詳しく説明していく。

19のグローバル企業のCLOが推し進める「3つの改革」

1.「細かいスキルではなく、より大きい視点を持つ」学習目標の変革

1つめは組織の学習目標の変革だ。従来の特定のスキルの教育を焦点とした学習目標から、リーダーシップ、デジタルリテラシー、成長のマインドセットなど幅広い能力を育成することを目標とし、企業の成功に結びつく現在と将来を見据える能力とマインドセットの開発に移行している。

ロンドンを本拠とするグローバル銀行金融グループ、スタンダードチャータード銀行は、組織の各部について決定を下す際に、調査、実験、およびデータ駆動型の分析によって、経験と直感を増補するようにリーダーに指導している。

それは「仮説を明確にし、外で実験する。そして、それがうまくいかない場合は、なぜ上手くいかなかったのか、何を学んだのかを追求する。学習内容を把握し、そして他の人と共有する」という新しいアプローチで、リーダーのスキルや手法だけでなく、マインドセットを変える必要もあったという。

スイス最大の銀行グループUBSの企業大学長Villeneuve氏は、先行きが不透明な未来を生き抜くために、「細かいスキルではなく、より大きい視点を持つこと」を唱える。さらにもう1つの優先事項として、「データを使用する意思決定をより快適にする」ことが挙げられる。データ主導の考え方は、担当者がどこの部署に属していたとしても、ほぼ全ての従業員にとって重要だからだ。

2.「全社員に進化しパーソナライズされた学習機会を与える」学習方法の変革

そして教育機会はリーダーだけではなく、全社員に広げるべきものである。従来の教室型の教育方法では、同じ時間、費用をかけて、全ての受講者が同じ内容を受けるなどの限界があった。

それを受け、アメリカのグローバル複合企業Chargillは、以前は15%程度の従業員にしか教育機会がなかったものを、「インパクトのある学習法を多くの学習者に届けられるよう、学習体験を設計、提供、および形成する方法を根本的に変革した」。

これが2点目の「組織の学習方法を変革し、より経験的で即時的なものにするために、各自に適したものを、必要なときに必要な場所で提供できるようコンテンツを細分化する」という変革のアプローチだ。

言い換えると、トランスフォーマーCLOは、従来の教室での指導から離れ、よりカスタマイズ、パーソナライズされた形で、より多くの従業員に学習を提供できるアプローチを採用する傾向がある。

オンラインコースやオーディオ・ビデオコースは想像がつくかと思うが、それにインタラクティブ・シミュレーションや、学んだ内容や発見を再考して導く個々人の内省の機会といった、オンラインとオフラインの融合も考えられる。

たとえばUBS銀行では、従業員をケーススタディに参加させ、利害関係者への影響や会社の製品を再考するなど主要な能力を「インタラクティブなケーススタディ」を通じて開発している。それは、彼らの知識や知的スキルだけでなく、状況が展開するにつれて、どのように他者と関わり合い、反応するかもチェックするというもの。同社のVilleneuve氏は「(これらの課題)すべてを一緒に考えて行う必要があり、そのすべてについて同時にフィードバックも得る」と言う。

さらに忙しい従業員に教育機会を再認識させるため、彼らのカレンダーで学習時間を確保するプログラムや、日中にマネージャーにリーダーシップの質問を投げかけるモバイルアプリなどのイノベーションを導入している。ここでもゲーミフィケーションやシミュレーションは積極的に活用されている。

さらに一部の企業では、人工知能を使用して個人や同僚の行動からその従業員に合わせた学習活動を提案する推奨エンジンを開発する可能性さえ探っているという。つまり、従業員がどのような場所、時間、知的なレベルに位置していても、その個人に魅力的で効果的な学習体験を提供するための機会を提供しようとしているのだ。

3.「体制を創り、効果を測って推進していく」学習部門の変革

最後の変革は、組織の学習部門を変革し、無駄のない俊敏性と戦略性を高めた部門にすること。

そのためにCLOは戦略立案家、UXデザイナー、キュレーター、ソフトウェア開発者なども採用する。彼らの目的は従業員同士が教師、ガイド、コーチになりうるための仕組みを構築し、支援すること。具体的な役割は、ピア・ティーチング(学習者同士の教え合い)を奨励し、有用な外部コンテンツをキュレーションし、トレーニングの影響を測定し、そして学習計画を個人に合わせて調整するためのツールを提供することだ。

チームメンバーは、キュレーターや共同クリエイターとして機能し、大学の授業内容からYouTubeのビデオまで、あらゆる外部の有効なソースを活用しながら内部コンテンツを作り上げる。例えば総合コンサルティング企業アクセンチュアでは、Pinterestのボードのように従業員が学習ボードを立ち上げる。従業員間でその得意分野や学びたい分野のボードを立ち上げ、ピア・ラーニングを促進する。2019年前半には、ボードの数は2,500にも上ったという。

そしてこれらの正式・非正式な学習機会のインパクトを、組織の全体戦略へどれだけ貢献しているかを測ることも学習部門の任務だ。測定の方法は企業や学習機会によって様々だが、顧客からのフィードバック、資格の獲得数、360度評価から引き出すなどの手法がある。

組織の学習の性質を根本的に変え、組織の能力と文化を再形成するCLO。トランスフォーマーCLOは、現在のビジネスを従業員の底上げを通じて繁栄させることに成功し、将来の変化にも適応するように従業員のマインドセットや習慣から変えていく。

「人財がビジネスの中核となっている」と認識したリーダー企業のCLOたちは、これからもさらにその手法を変革させていくだろう。

文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit