モノが売れない時代に成長したアニメ聖地巡礼

アニメ聖地巡礼とはアニメ作品の舞台となった地域を聖地と呼び、ファンたちがその地を目指し旅をすること。物語を旅する、ともいわれる。

世界市場を含め、2兆円産業となった日本産アニメは国内外に多くのファンを持つ。しかし、世界のファンの消費行動は動画配信利用への支払いが中心であり、DVDやBlu-rayの購入といった「モノ消費」は2013年の6,552億円をピークに、2017年は5,232億円と減少している(一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2018」より)。

2010年土師祭にて(埼玉県久喜市鷲宮)。「らき☆すた神輿」が盛大に担がれた。今は土師祭がなくなり、八坂祭のみで「らき☆すた神輿」が担がれるようになった。しかし、今年の八坂祭は新型コロナウィルスによって中止が決まった。(撮影:柿崎俊道)

そうしたなかで注目されているのが、ライブエンタテイメントに代表される体験の消費である。いわゆる「コト消費」だ。同レポートにライブエンタテイメント売上が登場したのは、2013年。初登場で245億円、その4年後の2017年には615億円へと急成長し、存在感を表している。

モノが売れなくなってきたので、コトを売る。アニメ聖地巡礼もここに含まれる。

また、アニメが2兆円産業と膨らんだ大きな要因は海外市場の開拓だ。Netflix、アマゾン・プライム、bilibiliといった動画配信サービスがこぞって日本のアニメ作品を買い付け、配信に向かった。

日本のアニメ作品は長らく海賊版や違法コピー、無断配信に悩まされてきた。そうした違法コピーによって世界中にファンは生まれたものの、利益に直結するものではなかった。しかし、動画配信サービスという正規の販売ルートができたおかげで、国内のアニメ業界にとっては海外市場をようやく確実な収入源とみなすことが可能となった。

・DVD、Blu-rayといったモノ消費の減少から、つぎの収益源として期待されるライブエンタテイメントなどのコト消費。

・動画配信サービスの飛躍により、世界にさらに広がるアニメファン。

このふたつの事情に、インバウンド、つまり訪日外国人旅行者の増加が絡んだ。

2018年、訪日外国人旅行者は3,000万人を突破した。

観光庁「訪日外国人消費動向調査」によると「映画・アニメ縁の地を訪問」した旅行者は4.6%。130万人以上の訪日外国人が映画やアニメの聖地巡礼に向かったことになる。また「次回したいこと」として、9.2%が「映画・アニメ縁の地を訪問」をあげている。つまり、今後、「映画・アニメ縁の地を訪問」する訪日外国人旅行者は2倍から3倍に伸びることが期待できる。

『らき☆すた』の聖地である鷲宮神社の鳥居前(埼玉県久喜市鷲宮)。(撮影:柿崎俊道)

13年前の『らき☆すた』から始まる

アニメ聖地巡礼ブームの嚆矢となったアニメ『らき☆すた』(2007年放送)が登場してから13年が経つ。『らき☆すた』以降、多くの聖地巡礼を引き起こすアニメが登場した。『けいおん!』『氷菓』『Free!』『響け!ユーフォニアム』『輪廻のラグランジェ』『たまゆら』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『ガールズ&パンツァー』『ヤマノススメ』『Wake Up, Girls!』『あの夏で待ってる』『ちはやふる』『ラブライブ!サンシャイン!!』『ゆるきゃん△』『天気の子』『ゾンビランドサガ』などなど。アニメ聖地巡礼のブームはこうしたヒット作に支えられている。

『らき☆すた』以前は、アニメ作品の権利を持つ企業と地域の連携はとても覚束かないものだった。アニメ制作会社による私有地の無断使用によるトラブル。地元企業による作品画像の無断使用によるトラブル。双方ともに相手への理解が乏しいがための無益な衝突が続いた。

僕は2005年に著書『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』を刊行して以来、地域をめぐり歩いてきた。土地や建造物を無断でアニメ作品に使われた憤り、また、二次利用を許諾しないアニメ企業への不信感について、地域の方々のお怒りとやるせない思いに耳を傾けてきた。聖地巡礼を今後も盛り上げるためには、そうした地域の方々へのケアは誰かがしなくてはいけない。その模索に奔走してきた。

2013年茨城県大洗町「あんこう祭り」。多くのガルパンファンが集った。(写真:柿崎俊道)

『ちはやふる』は次のステージを見せてくれた

振り返れば、昨今はずいぶんスムーズになった。地域とアニメ企業が協力し、放送期間中に地域イベントやグッズ展開を行う。ファンの心をしっかりと作品から地域へと繋ぐ流れができている。

その流れの象徴的な作品が、『ちはやふる』だ。舞台となった滋賀県大津市、福井県あわら市、東京都府中市が広域連携をし、巡礼サイトを作るなどの展開を見せていた。

特筆すべきは『ちはやふる』単行本に地域を紹介したガイドマップを挟んだこと。『ちはやふる』は1巻につき、50万部を超える。つまり50万人の読者がそこにはいる。その読者に地域の情報を確実に届けるためには、彼らが必ず購入する原作の単行本に情報を入れ込むことが、もっとも近道である。

このような出版社と地域の積極的なコラボレーションはアニメ聖地巡礼の次のステージを垣間見せるものであった。

アニメやマンガは増えることはあっても減ることはない。しかも、毎年、必ずヒット作が登場する。単純に考えれば聖地巡礼は盛り上がる一方だ。世界から注目を集める日本の観光地。その高まりとともに、その存在感は増すばかりである。

……新型コロナウィルスが発生するまでは。

アニメ「君の名は」の舞台となった四谷須賀神社

イベントはコロナで軒並み中止に

2020年5月、アニメ、マンガなどのサブカル系イベントが軒並み中止となった。

東京ビッグサイトで行われる同人誌即売会「コミックマーケット98」をはじめとして東京流通センター「第三十回文学フリマ東京」、JR大崎駅のべデストリアンデッキを利用した「おもしろ同人誌バザール」、東京ビッグサイト「コミティア」、中止になったイベントを数え上げればきりがないほどだ。僕が主催をしている「第4回アニメ聖地巡礼“本”即売会」も5月30日に開催を予定していたが、3月末に中止を発表した。

また、地域を見渡せば、こちらもイベントは中止ばかりだ。アニメ「ガールズ&パンツァー」の聖地である大洗町では3月15日にイベント「海楽フェスタ」を予定していたが、中止。毎年6万人〜8万人の集客を誇っていただけに残念だ。北海道洞爺湖では今年11回目を迎えるはずだった6月開催の「TOYAKOマンガ・アニメフェスタ2020」も中止となった。

2010年の第1回は3,000人の集客からスタートした当イベントの成長は著しく、第3回には3万人、第5回には5万人を超えた。地元のアニメ・特撮好きが主催し、北海道を代表するアニメ、マンガイベントである。来年はぜひ開催してほしい。また、アニメ業界人が多数集まることで知られる徳島県「マチ☆アソビvol.24」はゴールデンウィークに開催を予定していたが、こちらも中止となった。

2020年の今後のイベントも軒並み中止が発表されている。

・7月に予定していた鷲宮八坂祭は中止。土師祭に代わり、アニメ『らき☆すた』ファンによる「らき☆すた神輿」が担がれるイベントだった。

・8月1日予定の長野県小諸市の市民まつり「ドカンショ」も中止。アニメ『あの夏で待ってる』のファンで賑わいを見せていた。

・10月17日予定の第10回湯涌ぼんぼり祭りも中止。アニメ『花咲くいろは』を出自とするアニメ聖地巡礼の象徴のようなお祭りであり、2017年には約1万5千人の集客を記録。全国から多くのファンが集まるイベントだった。

改めて振り返ると、アニメ聖地巡礼にまつわるイベントは全国各地域でじつに多い。こうしたイベントは5年、10年と続き、地域に根づきはじめた。それだけに新型コロナウィルスで中断していることが悔やまれるし、また、今後の展開も心配だ。

2013年茨城県大洗町「あんこう祭り」。多くのガルパンファンが集った。

コロナ禍で動きだした”聖地”

コロナ禍において、動き出した聖地もある。アニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台となった茨城県大洗町はクラウドファンディング「観光の町・大洗のお店を救え!『大洗「おかえり」ミッション』!」を開催中だ。

大洗町の店舗支援プロジェクトとして、新型コロナウィルスの脅威が去ったあとに各店舗で使えるチケットを事前購入するという仕組み。2020年5月24日時点で、目標金額2,000万円を遥かに超える3,200万円以上の支援金が集まっている。

新型コロナウィルスによって困っているのは地域だけではない。ウィルスの影響は、都会も地域もない。皆が満遍なく苦境に陥っている。この原稿を書いている5月下旬では非常事態宣言の解除がつぎつぎとはじまっているが、すぐに僕らの日常が以前のように戻るとは思えない。当分は恐る恐る生活を続けることになるだろう。

聖地巡礼を愛するファンの間でも大洗町の店舗以上に困難を抱えている人もいるはずだ。そうしたなかでも、このように聖地となった地域を支援をしようと動く人たちが大勢いる。僕は聖地巡礼ビジネスに関わる者として、このような動きの先に何があるのかを改めて考えていきたい。

文:柿崎俊道