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第四次産業革命、インダストリー4.0。IoTやAIを用いた自律的な生産システムが産業構造を変えていくという新しい概念で、2011年にドイツから発信された。数年後には世界経済フォーラムで議題として取り上げられ、現在は国も企業も、指針の中心に据え、本格的に準備にとりかかっている。
高度な工業化が進み、インフラも整っている豊かな先進国がイニシアティブをとっているのは間違いないが、発展途上にある国々もまた、この潮流を痛いほど認識している。
国をまるごとバーチャル化するシンガポール、製造業における安価な労働力から脱却をはからんとするインドネシア、東南アジアのハブとして頭ひとつ抜きん出ようとするマレーシア、既存路線からの脱却を図るタイ。
今回は欧米の影に隠れてなかなか見えないASEAN諸国にスポットをあててそれぞれの取り組みをみてみたい。
シンガポール…都市インフラをバーチャルで整備する
2019年デジタル競争力世界ランキングで米国について2位に位置するシンガポール(国際経営開発研究所IMD調べ)。IT技術に関してはASEANという枠を超え、世界を牽引するIT技術大国になっていることは自明である。
そんなシンガボールでは、シンガポール国立研究財団を中心に、土地管理局、政府技術庁などが参画し、国土をまるごと仮想空間に再現する壮大なプロジェクト「ヴァーチャル・シンガポール」が進行中である。
2020年中には完成すると言われているヴァーチャル・シンガポールは、建物、道路などの設計データ、道路を走る乗り物の稼働情報や環境情報、スマートフォンからの位置情報をリアルタイムで収集し、動的な3Dモデル化するもの。
あらゆる場所、モノからの画像や属性情報のデータを3Dマップに紐づけることで、現在、地面で起こっていることをより精密に仮想空間で可視化し、渋滞の緩和や、街をぬける風や建物の影のシミュレーション、建築物の立地や景観の検討など、都市開発の課題解決に役立てる。
将来は地下の有効利用、モバイルネットワークやエネルギー管理、防災や騒音シミュレーションなどのインフラ整備だけではなく、データを商業的に活用して、民間企業が利益を得られる仕組みも構築している。
インドネシア…強みを基盤にデジタルで活性化
2018年、インドネシア政府はロードマップ「Making Indonesia 4.0」を正式に発表した。
安い賃金低コスト生産ができる基地として製造業が経済を支えてきたが、サービス産業の成長、人件費の高騰などの影響を受けて2000年代から下降傾向にあった。その製造業にデジタル技術を導入して、来たる第四次産業革命に十分対応できる製造業へと改革していくというのがMaking Indonesia 4.0の狙いである。
優先分野として、食品と飲料、自動車、テキスタイルとアパレル、エレクトロニクス、化学が選ばれており、いずれも海外での高い需要が見込まれ、生産拠点もすでにあることから輸出増加も期待される。
インドネシアは世界第四位の人口大国、若い平均年齢、天然ガスや鉱物などの豊かな天然資源と今後の成長を担保する好条件も揃っている。イノベーティブ技術で先駆を走るというよりは、旺盛な内需、広い外需の両方に対応するスタイルが、インドネシアの進もうとしている道だろう。
政府はMaking Indonesia4.0を推進し、2030年には世界の10大経済国になる目標を掲げている。
マレーシア…東南アジアの流通ハブを目指す
2020年秋、クアラルンプール国際空港近くに巨大な物流ハブが操業開始する。中国のアリババグループの物流拠点で、マレーシアのデジタル経済促進局が推し進めるeコマース経済特区「デジタル自由貿易区(DFTZ)」の一部として機能する。
アリババは物流、ビックデータ解析、モバイル決済などのeコマースのインフラをマレーシアに提供し、マレーシアは中小企業に自由貿易区への参画を促してeコマースを活性化させ、雇用や輸出を拡大させていく計画だ。
ASEAN諸国の中でもEC市場の成長率は年24%(J.P Morgan 2019 Payments Trendsより)で、中国、シンガポールへの越境ECも強いのが特徴。
DHLがラストワンマイル事業(最終拠点からエンドユーザーへの物流サービス)を開始、イケア、ネスレ、テスコなどのグローバル企業がマレーシアの流通ハブに投資していることから、期待の高さがうかがえる。
イノベーションから少し話がずれるが、マレーシアでは、イスラム法において合法とされたものを扱う「ハラルハブ」としても今後大きな成長が見込める。
マレーシアは国として初めてハラル認証制度を導入、原材料、製造工程、倉庫、運送などの出荷工程のすべてにおいて審査されている。サウジアラビアに次いで厳しいとされており、認証を取得した商品はイスラム圏のほとんどの国に輸出することができるほど信用を得ている。
ハラル認証はISOのような国際基準がない分だけに、マレーシアは今後、ハラル市場に参入したい企業のハブとして機能すると予想されている。
タイ…4.0への険しい道のり
度重なる軍事クーデターによる政情不安などにより、ASEAN諸国に先駆けて経済発展しながらも成長率は低かったタイ。既存の成長路線への限界、近いうちにおとずれる高齢化社会などに危機感を抱いたタイ政府は、「タイランド4.0」という長期経済開発計画をビジョンを打ちたてた。
タイランド4.0は産業革命で変遷した産業構造になぞらえて、タイの社会発展を4つに区分したもの。
農村社会で工業化以前の社会が1.0、軽工業を中心に天然資源や安価な労働力で発展した2.0、重工業、輸出、外資の積極的な受け入れによって今のタイを形作ったの3.0。そして、4.0では、ターゲット産業を定め、イノベーション、サービス貿易、生産性に重点を置いて、付加価値を創造する社会へと移行し、先進国入りを果たすことを目指す。
ターゲット産業は次世代自動車、スマート・エレクトロニクス、医療・健康ツーリズム、農業・バイオテクノロジーなど10種。
このビジョンが示されたのが2015年で2036年には高所得国入りを果たしたいとしているが、人材育成に時間がかかること、そもそも理工系の人材が不足していること、タイ独自の方向性がなかなか見えてこないなど課題も多い。
そして、現状から未来を描くのではなく、目標から導かれたターゲット産業の基盤が整っておらず、険しい道のりになっているのではないかという見方もある。
4月3日、アジア開発銀行は「アジア経済見通し2020年」を発表した。その報告書で、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、ASEANを含む開発途上国の2020年の成長が減速するという見通しを立てた。
この新型コロナウィルスが終息し、経済活動が正常化すると仮定すると2021年には回復するとしているが、先行きは果てしなく不透明で、2019年の成長率5.7%から2020年2.4%は大きな痛手である。
さらにこの報告書では、医療、金融市場、教育への影響といった要素が考慮されていないという。変数が大きいかもしれないが、そのような社会的インフラの基盤への影響が考慮されていないなら、2021年には6.7%に回復するという見通しも絵に描いた餅ではないか。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)