民泊やコワーキングオフィス、カーシェアリングなど、シェアリングエコノミーは世界中の多種多様な分野で広がり続けている。その中で、次に「シェア」のビッグウェーブが来るのではと予測されているのが、飲食業界だ。

ニューヨークやロンドンで、次々に飲食系スタートアップ向けシェアキッチン事業が立ち上がっており、Co-workingならぬCo-cookingに注目が集まり始めている。

コワーキングオフィスのメリットを飲食業界にも応用

米ワンダーマン・トンプソンのグローバルトレンド予測レポート『The Future 100』最新版では、2020年の注目トレンドとして「Co-cooking kitchens」を取り上げている。

これはコワーキングオフィスのキッチン版のようなもので、従来のワークスペースやミーティングスペースに加え、設備の整った広々とした共有キッチンが備わっている。さらにワークショップやメンター制度なども提供し、飲食系の起業家やスタートアップのネットワークづくりも支援する。

これまでコワーキングオフィスの特徴として言及されてきた、家賃の高騰が進む都心部でのスペースの有効活用、スタートアップには負担の大きい設備コストの削減、ビジネス関係者とのネットワーク構築といった機能を、飲食業界という特定の分野向けにカスタマイズしたような形だ。

WeWorkが飲食業界に特化して始めたWeWork Food Labs

「WeWorkがニューヨークに構えるFood Labsのフラッグシップキッチン」

シェアキッチン事業で一歩先行しているのが、シェアオフィス大手の米WeWork(ウィーワーク)だ。2019年4月に食や農業関連のスタートアップに特化したワークスペースWeWork Food Labsをニューヨークにローンチし、同年10月には初のアクセラレータプログラムも開始した。

R&Dキッチンや試食台、ストレージなどの設備に加え、教育プログラムやメンターシップなども提供されている。

WeWorkの2019年といえば、IPO撤回に創業者アダム・ニューマンのスキャンダルからのCEO辞任と散々な1年だったが、このFood Labs事業は順調に推移。現在拠点はニューヨーク、サンフランシスコ、オースティン、シアトルの4か所に拡大し、これまでに食関連ビジネスを手掛ける大小400以上の個人や団体が参加している。

2020年2月にはニューヨークにフラッグシップキッチンをオープン。ここを拠点にデリバリービジネスを開始するスタートアップも続々と誕生しているという。

ロンドン、ワシントン近郊にもシェアキッチン事業が誕生予定

「コワーキングスペースからの応用」という同様のコンセプトで今年ロンドンに2か所オープン予定なのが、Mission Kitchenが手掛けるシェアキッチンだ。

こちらも飲食系スタートアップに特化したシェアスペース事業だが、WeWorkと異なるのは、彼ら自身もスタートアップ企業ということ。

自分たちが飲食ビジネスを立ち上げようとしてぶつかった具体的な障壁―たとえばキッチンスペースや調理設備の確保、様々な許可証の取得、資金調達などーを解決する方策として目を付けたのが、「シェア」だったという。

他の業界の起業家たちがどのようにスペースやリソースをシェアしているのか研究し、それを飲食系スタートアップのニーズに落とし込んだのがMission Kitchenのシェアキッチンだ。

共有キッチンの他、個別の専用キッチンブースもあり、ケータリング用キットなども完備。さらに料理クラスや試食イベント、ファイナンス・リーガル・マーケティングといった専門分野でのサポートも提供予定となっている。

もうひとつ、地域コミュニティに密着したシェアキッチンというコンセプトを掲げているのが、飲食サービス企業Flavors Cuilnary Groupの手掛けるThe Cuinary Complexだ。

米ワシントン近郊で今夏オープン予定のこの施設では、飲食系スタートアップにキッチン設備を提供するだけでなく、地域のシェフやキッチン器具メーカーといった飲食関係者のコミュニティ作りにも注力する。シェアキッチンを中心にコラボレーションやイベントが生まれ、地域の活性化にも繋がることが期待されている。

仕入れ先農家などとのネットワーク作りにも強み

コワーキングオフィスのメインユーザーであるIT系サービス業と比べ、飲食事業には多くのモノが絡み、いくつもの取引先との関わりが必要になる。

たとえば食材はどの農家から仕入れるか、商品の容器やラベルはどこに発注するかといった具合で、知見やコネクションのないスタートアップには、ひとつひとつに大きな労力が掛かる。

シェアキッチンの場合、このサプライチェーン作りにサポートが受けられることも大きなメリットだ。コミュニティ内で食材の仕入れ先や商品開発のパートナー、販売管理用ソフトウェアなどを紹介し合ったりすることが可能になるからだ。

また、WeWork Food Labsでは、農業系スタートアップがワークスペース内で育てた野菜を、別のスタートアップが商品の食材として使うといったコラボレーションも起きているという。

シェアキッチンで様々な飲食ビジネスのチャレンジが可能に

飲食事業は身近な存在で個人でも始めやすいことから、毎年多くの新規開業がある。しかしMission Kitchenによると、新規レストランの33%がオープン1年目で閉店を余儀なくされ、飲食系スタートアップの54%が3年以内に、77%が5年以内に失敗に終わっているという。

小規模な飲食店であっても、店舗やキッチン設備への投資、調理に接客、PRなど多くの負荷があり、生き残るのは簡単なことではない。

その一方で、ITの普及やライフスタイルの変化によって、人々の飲食店利用の方法も大きく変わってきている。

特にアメリカやヨーロッパの都市部ではUber Eats、Delivery Heroなどアプリ経由でオーダーするフードデリバリーが盛況で、売り上げの多くをデリバリーで稼ぐレストランも増えている。(今回の新型コロナウイルスの影響で、レストランの営業がデリバリーやテイクアウトのみに制限される国も出てきており、この傾向はさらに加速するだろう)

もはやイートインスペース、実店舗すら持たなくても、飲食店として営業できる時代になっているのだ。

飲食ビジネスにシェアキッチンを活用することで、初期投資を抑え、事業を小さく始めることが可能になる。店舗を構える前にデリバリーのみで事業を立ち上げたり、新商品の開発・マーケティング拠点として使ったりと、様々な利用方法が考えられる。

また、コミュニティ内のコラボレーションで新たな飲食ビジネスやイノベーションが生まれるケースもあるだろう。コワーキングオフィスの飲食版、シェアキッチンの台頭は、飲食業界に様々な変化をもたらしそうだ。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit