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ラジオやポッドキャストなど、「音のメディア」市場が急成長するなか、これらメディアを使ったブランディングが注目を集めている。特に近年成長が著しいポッドキャストについては、その特性から宣伝効果が他のデジタル広告の4倍に上ることが明らかになっており、消費者ブランドは相次いでポッドキャスト市場に参入している。
化粧品のセフォラが展開するポッドキャスト「#LIPSTORIES」は、女性のセルフイメージに対する悩みに寄り添う内容となっている
「セフォラ」や「ジョンソン・エンド・ジョンソン」も
化粧品小売りの「セフォラ」は「Girlboss Radio」が制作するポッドキャスト「#LIPSTORIES」を展開。「どうすれば自分に自信を持てるようになるの?」という女性に普遍的な問題をテーマとしており、同社セルフブランドの口紅コレクションの宣伝とイメージを結びつけている。カリスマ的な人気ホストのクリスティーナ・ジアスさんがゲストを迎える対談形式の番組で、各界で活躍する若い女性たちが、子供時代やセルフイメージなどについて自由に語るという内容だ。
ヘルスケア製品の「ジョンソン・エンド・ジョンソン」も2017年からポッドキャストで「Innovation」という番組を提供している。
同番組では、最新のヘルスケア動向とその背後にあるアイデアや組織について、社員や関係者が語るというもので、常に新しいヘルスケアソリューションを求める同社の姿勢や取り組みをリスナーと共有することで、企業イメージや消費者とのコミュニケーション向上に役立てている。
このほか、食材デリバリーの「ブルー・エプロン」は、「Why We Eat What We Eat」という番組で、「食」の背景にある歴史やトレンドなどを深堀りするコンテンツを提供。
また、「マスターカード」は「Fortune Favors the Bold」で消費者が話しにくいファイナンス問題について、オープンに話して解決法を提供するなど、いずれも消費者の関心事に寄り添う内容となっている。
無視できなくなったポッドキャスト市場
各社がポッドキャストをブランド戦略に活用する背景には、ポッドキャスト市場の拡大がある。
ポッドキャスター兼ポッドキャスト・コンサルタント、ダニエルJ.ルイスさんによる「My Podcast Reviews」によると、大手ポッドキャスト・プラットフォーム「アップル・ポッドキャスト」に登録されている番組数は、2020年4月現在で100万以上。エピソード数は2,800万以上に上るという。2018年に番組数が52万、エピソード数が1,850万程度だったことを振り返ると、過去2年でポッドキャスト制作数が急拡大していることが分かる。
12歳以上のアメリカ人で「ポッドキャストを聴取したことがある」と答えた人の割合。
(出典:Edison Research)
一方、消費者のポッドキャスト認知度も高まっている。「Edison Research」と「Trion Digital」の調査によると、12歳以上のアメリカ人のうち「ポッドキャストを知っている」と答えた人の割合は、2016年の55%から2019年には70%に拡大した。また、「ポッドキャストを聴取したことがある」と答えた人は36%から51%に増加。これは約1億4,400万人と推定される。さらに、「過去一カ月にポッドキャストを聞いた」人は、2019年に全体の32%を占めた(約9,000万人)。
12歳以上のアメリカ人で「過去1カ月にポッドキャストを聞いた」と答えた人の割合。
(出典:Edison Research)
目下、新型コロナウイルスの影響で自宅勤務が増加したことを背景に、通勤時間帯のポッドキャスト消費が減ったことで同市場の成長は減退しているが、年初比では依然としてリスニングやダウンロード数が伸びており、ポッドキャストは人々の生活に浸透しつつある。
「耳のメディア」の最大の利点は、「何かをしながら」消費できること。ブログ記事や動画だと、テキストやスクリーンに一定の時間、張り付いている必要があるが、耳のメディアは家事やウォーキング、単純作業などをこなしながら気軽に情報収集やエンターテイメントを楽しめる点が魅力的だ。
特にポッドキャストは、スマホとインターネットさえあればどこでも聴取可能という手軽さのほか、プロ・アマ問わずに発信されている多様なジャンルのコンテンツから選べる点が、消費者にウケている。
コロナの影響がみられるものの、メディア市場の中で存在感を増しているポッドキャストは、企業のブランド戦略で無視できない存在になってきている。
広告効果は他のデジタル媒体の4倍
ポッドキャストは市場の拡大のみならず、その広告効果についても注目を集めている。
まず、ポッドキャストはリスナーのエンゲージメントが高いという特性がある。
「Edison Research」と「Trion Digital」の調査によると、毎週ポッドキャストを聞いているリスナーが過去1週間で聴取した番組は、平均で7つ。エピソードを最後まで聞く人は52%、大部分を聞く人は41%を占めており、ほとんどの人がエピソードを最後まで聞いていることが明らかになった。
また、「ポッドキャストで宣伝を聞いたら、そのブランドについて考えますか?」という
質問に対して、「かなり可能性が高い」と答えた人は17%、「やや可能性が高い」は37%に上り、「やや可能性が低い」(3%)、「かなり可能性が低い」(4%)を大きく上回っている。
毎週5時間以上、ポッドキャストを聴取している「スーパーリスナー」も約7割がポッドキャストを聞いた後にその商品・サービスについて考えたことが明らかになっており、ポッドキャストの広告が消費者に届くのに効果的であることを示している。
一方、ポッドキャスト・プラットフォーム大手「Stitcher」の傘下にある広告会社「Midroll」がニールセンに依頼して行った調査によれば、ポッドキャスト広告による消費者のブランド認知は、他のデジタル広告を使った場合よりも4.4倍高くなることが判明した。
また、ソフトドリンクや小売り業者など、有名企業8社の新商品11種に関するポッドキャスト広告を聞いた消費者のうち61%が、「宣伝された商品・サービスを買う可能性がかなり高い」と答えている。
リスナーとの距離が近い
ポッドキャストの新規リスナーには女性が多い。(写真:Pinterest)
ポッドキャスト広告はなぜそこまで効果が高いのだろうか?声優のジョディ・クラングルさんは、ポッドキャスト「オーディオ・ブランディング」の中で、ビジュアルの「ノイズ」にあふれた現代社会では特に、音が個人的なレベルまで深くブランドイメージを浸透させてくれる効果を持つことを力説している。
「音は、私たちに直接響きます。まっすぐに私たちのハートに届くんです。人々は感情でモノを買い、論理で正当化するもの。だから、リスナーの感情に訴えれば、リスナーはあなたのことを覚えてくれます」(クラングルさん)。
ラジオ局で制作スタッフとして働いた経験があり、現在は言語聴覚士の資格取得を目指しながらポッドキャストを企画・制作する笠木就斗さんによれば、耳の感覚は人間の体でいちばんセンシティブ。
ラジオやポッドキャストでは、パーソナリティとリスナーの関係が「1対1の距離感」となるため、番組制作に当たっては「リスナーが内側で聴いてくれる感じ」を大切にしているという。
ラジオが基本的に一般大衆に広く届くことを目的としているのに対し、ポッドキャストでは非常にニッチな内容も提供されているため、ブランドがターゲットとする顧客層にピンポイントでメッセージを届けることができるのも、大きなメリットだ。
ポッドキャストの新規リスナーの割合。紫が男性、水色が女性を示す。過去7-12カ月(右から2番目)と過去6カ月(右端)の新規リスナーは女性が多い。(出典:Westwood One)
ニューヨーク拠点のラジオネットワーク「Westwood One」が「Maru/Matchbox」を使って2019年7-8月に18歳以上のポッドキャストリスナー約600人を対象に調査したところによると、過去6カ月間で新たにリスナーになったのは、主に若い層と女性。また、近年は毎週6時間以上ポッドキャストを聞く「ヘビーリスナー」が増加傾向にあるという。
これら新規リスナーと毎週6時間以上聴取する「ヘビーリスナー」は、特にオリジナルでエクスクルーシブなコンテンツにお金を払う傾向があることも明らかになっている。
ブランド側には、いかにターゲット層のパーソナルな関心や悩みに寄り添えるコンテンツを作れるかがカギとなりそうだ。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)