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旅行できない状況、360度動画によるVRトラベルコンテンツの人気上昇
ゴールデンウィークに3カ月後の夏休み、本来なら旅行の計画で盛り上がっている時期だろう。しかし新型コロナの影響により、海外旅行はもとより国内旅行も難しい状況だ。
米ピュー・リサーチ・センターのまとめ(4月1日)によると、現時点で入国禁止措置を実施中の国に住んでいる人の割合は、世界91%、約71億人に上る。また、その中でも約30億人は、国境が完全に封鎖された国に住んでいるという。
世界的に感染者増加のピークは過ぎたように見えるが、海外旅行が解禁されるのはもう少し先になりそうだ。
旅行を趣味とする人にとってはストレスのたまる状況に違いない。さらには、外出自粛・禁止によるフラストレーションも相まって、外の世界に行きたいという欲求は大きくなるばかりだろう。
この海外旅行欲求の増大に伴い、注目度が高まっているのが「VRトラベル」や「ゲーミング・トラベル」の世界だ。
ナショナル・ジオグラフィック誌によると、VRトラベルコンテンツ制作会社Ascapeのアプリのダウンロード数は2020年4月、昨年12月比で60%も増加したという。通常、12月は同社の繁忙期だが、その繁忙期からの大幅アップとなった。1月比では2倍増とのこと。
Ascapeのバレリー・コンドルクCEOは、普段は航空会社や旅行代理店のライセンス契約が多いが現在はアカウントを一時停止、代わりに教育向けや介護施設での利用が増加中だと語っている。
Ascapeの過去のコンテンツ利用事例には、米LCCジェットブルーによる、キューバ・サンタクララの360度PR動画やロンリープラネットが実施したアフリカ・ボツワナを題材としたキャンペーンなどある。
Ascapeのほか、ウェブサイトやYouTubeなどで手軽に楽しめるVRトラベルコンテンツも多数あり、海外旅行欲求を少しでも満たしたいと考える人々に活用されているようだ。
「Machupicchu360VR」は、ユネスコ世界遺産の1つであるペルーのマチュピチュ遺跡の360度動画を楽しめるサイト。CGの3次元ガイドと実際の360度動画を組み合わせ、映像とともに遺跡関連情報も学習できるようになっている。
「Machupicchu360VR」ウェブサイト
YouTubeでも多数のVRトラベル動画がアップロードされており、世界の様々な場所をバーチャル旅行することができる。AirPano VRチャンネルが2020年4月8日に公開したヨルダン・ペトラ遺跡の360度空撮動画。
これまで360度の空撮動画は、揺れや低画質などの技術的な課題があり、没入感を得ることは難しかったが、上記動画は安定しかつ最大8Kでの高画質表示を可能にしており、非常に高い臨場感を味わうことができる。
ゲームに特化した旅行ガイドブックも登場、ゲームと観光の融合
VRコンテンツは、上記のように360度カメラでリアルの世界を撮影したものとゼロからコンピューターグラフィクス(CG)で制作した完全バーチャルなものの2種類に大別できる。
VRトラベルというと、これまでは前者のタイプが多かった印象があるが、今後は少し様相が変わるかもしれない。
NVIDIAのGPUやレイトレーシングなどコンピュータの映像クオリティを高める技術が目覚ましい発展を遂げており、完全バーチャルであっても360度カメラで撮影した本物の映像以上の臨場感や没入感をつくりだすことが可能になっているからだ。
そしてそれはゲームの世界で進化し「ゲーミング・ツーリズム」というコンセプトが生まれるまでに至っている。
英国の旅行系出版会社「Rough Guides(ラフガイド)」。同名のガイドブックで知られる1982年に創設された40年近い歴史を持つ企業だ。
このラフガイドがこのほど発表した新しいガイドブック「The Rough Guide to Xbox」、ゲーミング・ツーリズム時代の幕開けを告げるガイドブックとしていくつかのメディアで紹介され、注目を集めている。
「The Rough Guide to Xbox」(マイクロソフト・ウェブサイトより)
人気ゲーム「アサシンクリード」、おすすめ観光スポットはアルカディア
この本は、その名が示す通りXboxゲームのいくつかのシーンをピックアップし、そのシーンの探索ティップスを伝える旅行ガイドブックだ。フォーカスされる作品には「アサシンクリード」や「アンセム」など日本でもよく知られているゲームが含まれる。
この話を聞くと「ゲームのシーンで旅行気分?」と首をかしげる人は多いかもしれない。ゲームのグラフィクスが向上しているとはいえ、所詮CGであり、リアリティを感じることはないだろうと思ってしまうのも無理はない。
しかし、上記で述べたようにGPUやレイトレーシングといった技術の発展、そしてゲーム開発におけるリアリズムの追求によって、ゲームの世界は本物と見間違えてしまうほどのクオリティに進化を遂げているのだ。
ラフガイドは同社ブログで、ゲームプレイ中にこうした映像美に刺激され、そのシーンを切り取り、本物の旅行のようにインスタグラムでシェアする人は少なくないと指摘している。ちなみにラフガイドは「アサシンクリード(オデッセイ)」内の観光スポットとして、アルカディアとアテネをおすすめしている。
アサシンクリード・オデッセイのシーン(UBISOFTウェブサイトより)
映像クオリティの高さから平面ディスプレイでも十分な没入感を得ることはできるが、VRヘッドセットでプレイできるものもあり、一層高い没入感を味わうことが可能だ。
旅行体験とは、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚など総合的な感覚の刺激で成り立つもの。一方、VRトラベルは主に視覚と聴覚のみの刺激にとどまり、本物の旅行体験を得られるものではない。しかし、それでも映像・音の解像度と臨場感は、本物に近い感覚を体感させるまでに進化している。VRトラベルで非日常の世界に浸ってみるものよいのではないだろうか。
[文] 細谷元(Livit)