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外出禁止・自粛で手持ち無沙汰の人増加
新型コロナショックで世界各地では依然、外出禁止・自粛が継続されている。社会人は在宅勤務、学生は自宅学習と、家から出られない状態が長く続いている。
アクティビティや行動範囲の制約が強まり、多くの人々は手持ち無沙汰になっている状態。「ずっと家にいてやることがない」や「退屈で時間をもてあましている」といった声が次第に増えてきている。
この制約と退屈は一見ネガティブなものだが、実際はクリエイティビティやイノベーションを促進させる可能性を秘める要素。うまくコントロールすることで、イノベーションやクリエイティブ活動につなげ、日々をエキサイティングなものにできるかもしれない。
外出できないという「制約」がクリエイティビティを高める?
制約と退屈によるクリエイティビティの事例として挙げられるのが、米国インスタグラムユーザーの間で流行っている「#PillowChallenge」。
寝室にあるアイテムだけでファッションコーディネートし、それをインスタで公開する、特に若い女性の間で拡散しているトレンドだ。枕やベッドシーツをドレスに見立て、上記ハッシュタグとともに発信。インフルエンサーの投稿には「いいね」が数万ついている。
「外出できない」「寝室のアイテムのみ」という制約、そして退屈がもたらしたソーシャルトレンドといえるだろう。
インスタでトレンドの#PillowChallenge(@stylebynelliより)
制約や退屈は、ソーシャルメディアだけでなく、ビジネスの文脈でも有益な効果をもたらす可能性がある。
ロンドン大学シティ校キャス・ビジネススクールのオグズ・アカル助教授らの論文「Creativity and Innovation Under Constraints(制約下のクリエイティビティとイノベーション)」がまさにそのことを示している。
2018年10月に学術誌Journal of Managementで発表された同論文。2019年11月には、アカル氏自らその内容についてハーバード・ビジネス・レビューで説明している。
ビジネスマネジメントの世界では、時間や予算にかかる「制約」は一般的にクリエイティビティやイノベーションを邪魔するため、避けるべき存在として考えられている。
しかし、アカル助教らが145の実証研究を分析したところ、その通説は間違っている可能性が示された。一定の制約が存在した方が、クリエイティビティやイノベーションにつながりやすいというのだ。
クリエイティブ・プロセスにおいて、制約がゼロの場合、人は自己満足状態に陥り、思考を巡らせたり深めたりせず、最も直感的で安易なアイデアに頼ってしまう傾向がある。これは心理学で「path-of-least-resistance」と呼ばれている。
一方、一定の制約がある場合、課題への集中力が高まるだけでなく、様々な分野の情報を繋げ、まったく新しいソリューションを生み出せる状態になりやすい。このことは、プロダクト、サービス、ビジネスプロセスに当てはまるとのこと。
アカル助教は、ハーバード・ビジネス・レビューで、同論文の研究結果を踏まえ、ビジネスマネジャーは、3つの制約をコントロールすることで、クリエイティビティとイノベーションを促進できると指摘。これら3つとは、インプット(時間や予算)、プロセス(リーン・スタートアップなど)、成果物仕様に対する制約のこと。
ただし、制約が過度になると、チームメンバーのモチベーションが下がってしまうリスクがあることに留意すべきとも指摘している。また、同じ制約条件であっても、個人間でその受け止めた方が異なることにも注意が必要だと述べている。
こうしたリスクを鑑みつつ、制約の「最適化」を実現できれば、チームメンバーのモチベーションを高め、クリエイティビティを促進できるかもしれないのだ。
退屈な状態からのクリエイティブ・タスクは効果あり?
制約だけでなく退屈という感情も、クリエイティビティを高めるソースになる。
「退屈」に関してよく知られている研究の1つに、ドイツ・コンスタンツ大学の研究者トーマス・ゲッツ氏らが実施したもの(2006年)がある。
同研究では、退屈の状態を「indifferent(無関心)」「calibrating(調整)」「searching(検索)」「reactant(反応)」の4つに分類(その後同じ研究者らによる2013年の論文で、この4つに「apathetic(無感動)」が加えられ、5つになった)。
上記の退屈分類で、退屈な状態を打破したいという反発レベル順に並べると、reactant、searching、calibrating、indifferentとなる。indifferentはある種のリラックス状態ともいわれている。一方、reactantは退屈な現状に対するネガティブ感情が高く、刺激を求めている状態。
性格や時・場合によって異なるという退屈のタイプだが、その中でもいくかのタイプは、クリエイティビティを高める可能性があるため、認識しておくとよいかもしれない。
世界各地で続く外出禁止・自粛の状態
英国セントラル・ランカシャー大学の研究者サンディ・マン氏が実施した、退屈とクリエイティビティに関する実験がある。
この実験では、被験者に電話帳の番号をコピーするという退屈な作業をさせ、その後クリエイティビティをはかるテストを実施。すると、退屈な作業をさせたグループのクリエイティビティは、そうではないグループのクリエイティビティを上回ったという。
退屈な状態によって脳が刺激を欲し、クリエイティブ・タスクにおける集中力が高まったことなどが考えられる。
パンデミックによるロックダウン、それに伴う制約と退屈。もしかすると、世界のどこかでとんでもないイノベーションが生まれているのかもしれない。
[文] 細谷元(Livit)