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オンライン診療は新型コロナ対策の切り札になるか?
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、パソコンやスマートフォンによるビデオ通話機能を使う「オンライン診療」への関心が高まっている。
2020年4月7日、日本政府は東京や大阪など7都府県を対象に緊急事態宣言を発令。感染者数の爆発的増大や医療崩壊を食い止めるために、現在、自宅待機要請がなされ、多くの人が外出を自粛したり、リモートワークに切り替えたりしている。同時に、約108兆円規模の経済対策なども政府から示された。
また、さらなる感染を防ぐために、厚生労働省は受診歴がない初診の患者に対しても、スマホなどのビデオ通過機能を使った「オンライン診療」を認めることを発表。現行の指針では、オンラインでの初診は原則認められていないため、これは新型コロナウイルスの流行期に限っての措置である。
オンライン診療は、インターネットが普及し始めた当初から注目されており、日本のみならず欧米やアジアでも著しく成長を続けている。
特に、高齢者など物理的に移動が困難な人でもスムーズに診察することができるうえ、僻地など病院や医師の数が絶対的に不足している地域では、オンライン診療を始めとした遠隔診療は非常に効果的だ。
LINEもオンラインで医師に相談できる「オンライン健康サービス『LINEヘルスケア』」を展開。新型コロナに関する相談件数が3月以降、増加している
そもそもオンライン診療とは遠隔診療の一種であり、スマートフォンやパソコンなどを使い、ちょうどテレビ電話のような形で診療を受けられる仕組だ。スマホに専用のアプリを入れて医師とつなぐ仕組みが多く、2015年に厚労省の通達により、オンライン診療が事実上の全面解禁になった。
だが、「オンライン診療は入院・外来・在宅につぐ4つ目の診療概念」として注目が高まっても、いまいち普及に歯止めがかかっていたのは医療現場からの慎重姿勢が大きかったことが関係している。
実際、オンライン診療の保険適用を申請している医療機関は、19年春時点で全体のわずか1%にとどまっていた。
オンライ診療のメリットには、「通院にかかる時間負担が軽減される」「院内感染や二次感染を防げる」「患者と医師のコミュニケーション増加により診療の質が向上する」などがあるが、今回、これまで以上にオンライン診療が注目を集めるようになったきっかけが、新型コロナウィルスの感染拡大の理由の一つである“院内感染”であったことは、大きな皮肉と言えるだろう。
新型コロナで変化する中国の医療環境
新型コロナウィルス感染拡大のきっかけとなった中国では、現在、オンライン診療が急速に普及しつつある。
政府が規制緩和に動き、各地の病院で導入する動きが加速しているのだ。中国EC大手である京東集団傘下のヘルスケア企業、京東健康(JDヘルス)の辛利軍最高経営責任者(CEO)は、新型コロナウィルスが流行して以来、同社の提供するプラットフォーム上での診療件数は、10倍の200万件に増えたと発言。また、「新型コロナウィルスの感染拡大がなければ消費者行動の変化にはあと5年ほどかかっただろう」とも述べている。
そもそも中国では2014年ごろからオンライン診療が始まり、投資家からも大きな期待が集まった。
ただ、保険適用外だったことに加え、対面診療への患者の根強い要望から利用が伸びず、オンライン診療のアプリなどを提供する業者の多くが経営難に陥った。
しかし今回、新型コロナウィルスの感染拡大により、オンライン診療は一気に成長。当初はオンライン診療に慎重な姿勢を見せていた中国当局も、流行のピークだった2月初旬、「オンラインによる遠隔医療を患者の診断や治療に対して十分に活用すべきだ」とする指示を出した。
また、これまでは公的医療保険もオンライン診療の費用は保険適用外であったが、新型コロナウィルスの蔓延を受けて、江蘇省の当局遠隔医療の保険適用を認めると発表。感染が最初に確認された湖北省の省都である武漢や、上海も同様に保険適用を認めている。
アリババやテンセント、IT企業がオンライン診療の後押しに
一方、中国でオンライン診療を提供する事業者にも、新型コロナウィルスの蔓延は大きな影響を及ぼした。
先述のJDヘルスを始め、多くの事業者は、新型コロナウィルスの流行が続く間は無料で診療すると発表。
また、電子商取引大手アリババ集団傘下にある阿里健康(アリヘルス)は、現在、封鎖状態にある湖北省の住民に対して、「オンライン診療所」を開設。住民は無料でこのサービスを受けられるとしたところ、受診者は5日間で10万人にのぼった。
阿里健康(アリヘルス)のHP
さらに、インターネット大手の騰訊控股(テンセント)が出資する遠隔医療のスタートアップ、微医集団(ウィードクター)は、新型コロナウィルスに関する相談に対し、24時間対応するオンライン問診を開始。4万人の医師がボランティアとして参加している。
また、中国の大手保険会社が運営する医療アプリ、平安好医生(平安グッドドクター)は、全国に無料でマスクを配布するために、ウイルス対策司令室を開設した。
平安好医生の董事長兼最高経営責任者(CEO)の王濤氏は、今回の件により、平安好医生の累計訪問人数はのべ11.1億人に達し、アプリの新規登録ユーザー数は従来の10倍に増加。新規登録ユーザーの1日平均アクセス数も従来の9倍に増加したと発表している。
オンライン診療で変わる医療保険、新型コロナに対する欧米各国の展開
世界中で感染が進むコロナウイルスだが、中国以外の国ではオンライン診療に対してどのような動きが見られるのだろうか。
アメリカではそもそもオバマ前大統領による医療保険制度改革(通称オバマケア)以後、インターネットを活用した医療提供が普及しつつあったが、今回の新型コロナにより、そのスピードがますます加速している。
2020年3月6日以後、一時的にオンライン診療の保険適用範囲を拡大。新型コロナだけでなく、慢性疾患の患者はスマートフォンなどを活用し、かかりつけ医以外の医師や看護師などによるオンライン診療を受けられるようになった。
また、非常実態宣言の期間中は、自己負担なしでオンラインによる一般診療やメンタルカウセリングなどの医療サービスを受けることができる。現在、1日あたり平均65,000回のオンライン診療が実施されている(2020年4月3日時点)。
一方、イギリスでは2020年3月5日、対面診療を減らすために、電話やビデオ通話を通じてトリアージを行うよう、NHS(公的医療保障制度)から医療従事者へ向けて通知。トリアージとは、患者の緊急度や重症度に応じて、診療の優先順位を決めることであり、この通知を受け、現在イギリスではオンライントリアージの導入が急ピッチで進んでいる。
従来、イギリスはオンライン診療の普及を計画していたが、これを機に、そのスピードがますます加速すると見られている。
カナダでは、新型コロナの感染拡大を懸念し、電話やビデオ通話を通じたオンライン診療を一時的に保険適用とする州や、1日あたりのオンライン診療の件数に上限を設ける州など、州ごとに対応が分かれている。
これは、医療提供の責任が各州に課されているためだが、2020年2月、オンライン診療を取り巻く課題に対応するための提言をまとめた報告書が公表。これにより、オンライン診療に対する課題解決と普及が一気に進むだろうと見る専門家もいる。
日本においてオンライン診療が普及する可能性は?
このように、オンライン診療が急激に普及する傾向は世界各地でも見られているが、果たして、日本もこうした流れに追随するのだろうか。
日本のオンライン診療が米国や欧州の主要国、中国、シンガポールなどに比べて、はるかに遅れを取っているのは既知の事実だ。日本のオンライン診療は限られた疾患を対象にするところから始まっているため、諸外国に比べて体制整備が遅れているのだ。
そもそも医師法20条には「対面診療の原則」が定められており、現時点では対面の方が安全で有効だと捉える医師が少なくない。
現在、一見すると新型コロナウィルス感染拡大により従来の規制が緩和され、オンライン診療が加速するかに思えるが、現実的にはまだ問題も山積している。そのひとつが、「診療報酬をどう計算するか?」という課題だ。
確かに今回、臨時の措置として「一定条件のもと、初診からオンライン診療を認める」という規制緩和が行われたが、その一方、オンライン診療をした場合の保険点数である「オンライン診療料」や「オンライン医学管理料」の算定要件が緩和されたわけではない。当然、これでは医療機関にとって不満が募る一方だろう。
また、オンライン診療のサービスを利用する側のリテラシーの問題もある。現在、オンライン診療の利用者はごく一部に限られており、いざ、このような非常時になっても、医療機関側にも、そして患者側にもオンライン診療の仕組みがあまり普及しておらず、せっかくのシステムを活用できていないのが実情ではないか。
しかし、オンライン診療に注目が集まっている現在は、ある意味、デジタル化を進めるチャンスとも言える。新型コロナウィルス感染拡大によるオンライン診療をめぐる動きは、感染拡大を防ぐ切り札となるだけでなく、もしかしたら、日本でオンライン診療が普及し、デジタル化が一気に加速するための起爆剤となるのかもしれない。
文:鈴木 博子